=== 随筆・その他 ===


シリーズ医療事故調査制度とその周辺(9)

-日本医療法人協会医療事故調ガイドライン(1)-
中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治

 日本医療法人協会が独自にとりまとめた「日本医療法人協会医療事故調ガイドライン(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告)」(以下,医法協案と言う)が,「医療事故調査制度の施行に係る検討会」(以下,「施行に係る検討会」と言う)の叩き台となった。医法協案に種々の修正が加えられて,医療事故調査制度は創設されるのであるが,根本精神は医法協案そのものである。また,現場の判断にあたっても医療事故調査制度成立の経緯を知るとともに,この医法協案を知っておくことが有意義である。「施行に係る検討会」の叩き台という意味で,医法協案を理解することは必須と思われるので,全文を2回に分けて記載する。巻頭資料及び図は省略してある。医法協案の著作権は,現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会メンバー及び日本医療法人協会にあるが,医療事故調査制度の理解のため,各委員が自由に使用する申し合わせとなっている。今回は,「2. 報告対象について」までを掲載することとした。医法協案の記載は「です・ます」調になっているので,そのまま,「です・ます」調で記載するが,解説を加える部分については,【 】をつけ,「である」調の記述としたい。

日本医療法人協会医療事故調ガイドライン
(現場からの医療事故調ガイドライン検討委員会最終報告書)
 このガイドラインは,改正医療法による医療事故調査制度につき,「改正医療法」の条文だけでは医療従事者には理解しにくい部分もあり,臨床現場の医療従事者が判断に迷わないようにするため,また,臨床現場に過剰な負担が生じないように,改正医療法の条文を原則論から解説するとともに,本制度の実施・運用の在り方について提言を行ったものである。
【この医法協案が叩き台となって,「施行に係る検討会」のとりまとめ(平成27年3月20日)が行われた。厚労省令・通知は,このとりまとめがそのまま採用されたものである。「施行に係る検討会」の席上,医法協案には修正が加えられたが,その根本は全く変わっていない。また,この「施行に係る検討会」での修正を加味して発表したものが,医法協「医療事故調運用ガイドライン」である。この経過から考えても,法令準拠の点から考えても,医法協「医療事故調運用ガイドライン」をおいて他に適切なものはない。医療事故調査制度の基となり,医法協「医療事故調運用ガイドライン」の原案でもある医法協案を以下に提示したい。】

1. 当ガイドラインの原則
1)原則①:遺族への対応が第一であること
 患者さんが死亡した時に,迅速にすべきことは,遺族への対応・遺族に対する説明で,センターへの報告ではありません。
 遺族への対応・説明は,医療安全の確保を目的とする本制度の外にあるものですが,医療の一環として非常に大事な事柄であること,遺族とのコミュニケーション不足が予想外の紛争化を招き,遺族にとっても医療従事者にとっても不幸な事態となることから,当ガイドラインにおいてもその重要性を強調します。
2)原則②:法律にのっとった内容であること
 『地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律』 が前回の国会で成立し,これにより医療法が改正され,新たに事故調査についての制度ができました。
 国会で成立した法律は,国民が投票により選んだ国会の議決を経ていますので,法律の文言には非常に重みがあり,文言をはずれた解釈をすべきではありません。特に,国民に負担を課す規定ですので,安易な拡大解釈は許されないことは言うまでもありません。
 特に本制度は,10年以上もの長い期間をかけて議論され,さまざまな意見を踏まえ,法律案にも再三の修正がくわえられた経緯がありますので,修正の経緯を踏まえて条文を理解することが不可欠です。この点は,後述する報告対象の項で重要になります。
3)原則③:本制度は医療安全の確保を目的とし,紛争解決・責任追及を目的としない
 本制度は,医療法の第3章「医療の安全の確保」の中に「第1節 医療の安全の確保のための措置」を設けていることから,医療安全確保を目的とするものであることは明らかです。
 医療安全の確保のためには失敗から学ぶことが最も重要です。そのため,医療事故が発生した場合,当事者からの聞き取りを含め,どのような事実があったのか可能な限り広く情報を収集して分析することが肝要ですが,収集した情報が当事者等の責任追及に使われるのであれば,十分な情報収集はできません。また,責任追及につながる情報の提供を強要することは人権侵害にもなりかねません。そこで医療安全の確保を目的とする制度では,WHOドラフトガイドラインが求めるように,非懲罰性と秘匿性が不可欠となります。
 紛争解決と責任追及は,医療安全の目的と共存できないことは医療安全の専門家の間で共有されています。当然,改正医療法上も紛争解決と責任追及は目的とされていません。
 医療の内(医療安全・再発防止)と医療の外(紛争)は明確に切り分けるべきものです(本シリーズ(5)図2参照)。医療安全確保のための仕組みであるならば,そのための「原因分析」のみを行うべきです。「原因究明」は責任追及と結びつくため,医療安全の確保と並列かつ同時に行う仕組みは機能しません。本制度の解釈と運用は,医療安全目的であることを踏まえて行わなければなりません。
4)原則④:WHOドラフトガイドラインに準拠すべきこと(非懲罰性・秘匿性を守るべきこと)
 医療安全の分野,特に有害事象等の報告システムについては,いわゆるWHOドラフトガイドライン(WHO Draft Guidelines for Adverse Event Reporting and Learning Systems,以下「WHOドラフトガイドライン」という)があり,報告システムについての基本的な考え方について述べるとともに,WHO加盟国に対する提言を行っています。
http://www.who.int/patientsafety/implementation/reporting_and_learning/en/,現在このサイトは使われておらず,以下のサイトからダウンロード可能です。https://www.jeder-fehler-zaehlt.de /lit /further/ Reporting-Guidelines.pdf#search=%27who+draft+guidelines+for+adverse+event+reporting +and+learning+systems%27
中島和江(2011)『有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン』 へるす出版

 WHOドラフトガイドラインは,医療安全分野での文献の調査,報告システムが存在する国での調査などを踏まえて作成されたもので,その内容については医療従事者の多くが賛同するところです。わが国の各病院団体もWHOドラフトガイドラインを支持しています。
 このWHOドラフトガイドラインにおいては,報告した医療者を懲罰しないことを求めるとともに,報告された情報の秘匿性が重要であることを述べています。
医療安全における最大の目標は現在と将来における患者の安全の確保です。そして,組織事故に対する研究により,ヒューマンエラーによる事故に対しては,有害事象に対して処罰をもって対応しても効果はなく,むしろヒヤリ・ハット事例の情報も含めて多数の事例を収集し,原因分析を行い,再発防止策をとることが重要であるとのコンセンサスが専門家の間で得られています。このため,医療安全目的の情報収集では,できるだけ幅広い情報と意見を集めることが肝要で,かつ,医療安全目的で収集した情報が,責任追及に用いられないよう担保することが非常に重要です。

多くの実践を通じて,非懲罰性・秘匿性の遵守が報告システムの成功する必須条件だと分かってきたからです。
 本制度は医療安全目的での有害事象の報告システムですので,専門家の間でコンセンサスの得られたWHOドラフトガイドラインに準拠すべきで,特に非懲罰性・秘匿性を守る必要があります。
5)原則⑤:院内調査が中心で,かつ,地域ごと・病院ごとの特性に合わせて行うべきであること
 ア 現場に即した院内調査が中心

  改正医療法は,院内調査を中心とし,報告をするか否かも病院等の管理者の判断に委ねています。医療事故調査・支援センターは,これを支援・補充する役割となっていますので,本制度は医療機関の自立性と自律性に基づいたものであることが分かります。第三者機関である医療事故調査・支援センターは院内調査に優越するものではありません。
  院内調査は,医療安全の確保のために行うものですので,医療現場に密着し,各医療現場に即した調査をしなければなりません。そこで,医療機関は,自立性と自律性に基づき,原則として自力で調査を行うべきで,「中立性」の題目のもと,安易に外部に調査を丸ごと任せることがあってはなりません。従来からも,第三者機関とされるモデル事業などで,適切とはいい難い調査が行われてきた経緯を踏まえて,外部に調査を委託すれば解決が得られるという幻想は捨てるべきです。
  医療は,各医療機関の中でそれぞれの医療従事者が現場に合わせ,さまざまな調整をしながら実施しているものです。このため,院内調査を行うにも,院内医療安全委員会で再発防止を行うにも,それぞれの現場での調整の状況を踏まえながら行うことにこそ意味があるのです。
 イ 現場を見ない一般化・標準化をすべきでないこと
  医療機関ごとに規模や性質はさまざまなものがあり,調査にかけられる人員や時間,費用に差があり,とりうる対策もそれぞれです。このため,調査対象や調査方法については,各医療機関の現状を踏まえて行うべきで,一般化・標準化は不要です。もちろん,調査の手法も含めてそれぞれの医療機関に委ねられており,委員会の設置や外部の専門家の支援の要否も含めて個々のケースごとに医療機関がそれぞれ判断すべきです。
 ウ 非懲罰性・秘匿性
  院内調査の結果は,遺族に十分説明すべきですが,報告書そのものは開示すべきではありません。医療安全確保の目的で作成された報告書は,本来は,医療の改善のため,内部的に使用する目的で作られたものです。また,医療安全確保のためには,ベストの医療を目指す観点から,調査の結果,問題点を指摘して改善策を立てることが求められます。しかし,遺族や社会の視点からはこれらの「問題点・改善策」が法的な過失を示すものだと誤解され,医療安全確保のための報告書が,責任追及の目的で使用されることが残念ながら想定され,実際にそのような使用をされた実例もあります。たとえ少数でも,そのような事態となれば医療安全確保と再発防止の仕組みは機能せず,むしろ医療の萎縮を招きます。前述のWHOドラフトガイドラインにあるように,非懲罰性・秘匿性の原則は必須で,関係した医療従事者の責任追及の結果をもたらさないよう秘密保持に留意しなければなりません。
  院内規則についても,WHOドラフトガイドラインにのっとった内容にする必要があります。
 エ 第三者機関の位置づけと守秘義務
  前述のように第三者機関である医療事故調査・支援センターは院内調査に優越するものではありません。個々の医療機関ごとの事情を踏まえ,現場にそった形で調査をすることにこそ意味があるからです。それぞれの医療機関の現場の状況を体感していない第三者機関には,謙抑的に補助的な役割を担わせるべきです。
  医学と同様,医療安全も科学であり,複数の異なる分析や見解があることこそが健全な状態です。また,本制度は,今までのモデル事業の経緯や,様々な事故調査報告書の実態を見ると,ややもすれば第三者機関が医療安全の視点を逸脱し,一方的な見解の押しつけや医療従事者の責任追及を行うリスクがあることからも,第三者機関は複数の民間機関とすべきです。
  医療事故調査・支援センターの職員らには改正医療法第6条の21で守秘義務が課されていますが,これは上記の秘匿性を示すものというべきです。さらに,個別事例につき,警察その他行政機関への報告を行ってはならないと考えます。(ちなみに,医師法21条の解釈に関しては,最高裁判決(平成16年4月13日判決,刑集58巻4号247頁)により確定しています。詳細は4頁コラム(省略)を参照ください。最高裁判決に基づき,厚労省は誤解の解消に努め,死亡診断書記入マニュアルの法医学会ガイドライン参照文言を削除すべきです。)
当然のことですが,厚生労働省も最高裁判決と同様の解釈です(田村憲久厚生労働大臣答弁,原德壽医政局長答弁,田原克志医事課長発言,大坪寛子医療安全推進室長発言)。

6)原則⑥:本制度により医療崩壊を加速してはならないこと(範囲を限定すべきこと)
 ア 医療事故調査にかかるマンパワーと費用

  医療事故調査制度として,平成17年度より『診療行為に関する死因究明のためのモデル事業』(以下「モデル事業」といいます)が実施されています。年20件ほどの取り扱いで,報告書が出るまでに1件平均10カ月,1件当たり9人の医師と95万円の費用がかかっています。現在もこの事業は日本医療安全調査機構に引き継がれていますが,年1億8千万円もの予算をかけて,年間20例から30例の事例に対応しているに過ぎません。
「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業これまでの総括と今後に向けての提言」

一方で,医療安全における具体的な効果は不明と言わざるを得ません。
  本格的な事故調査を行う場合,一般的に①事実関係の確認,②問題点の抽出,③問題点についての議論と対策などが必要になります。場合によっては,①について解剖,関係したすべての医療従事者からの聞き取りと事実経過のまとめが必要になります。②と③につき院内・院外の各専門家を集め,2時間程度の会議を何度も行う必要があります。そして,結論をまとめた報告書案を作成の上,誤ったところがないか,一方的な内容となっていないか,各医療従事者を含めて確認しなければなりません。各医療従事者を長時間拘束することが必要になり,多額の費用もかかり,これらの事務作業には専属の職員が複数名必要となります。院内死亡が年間99万人(平成25年)とも言われる現状で,このような調査を幅広く行うことは非現実的です。
  特に,医療従事者の負担という意味では,ハイリスクな手術・検査・処置を行う診療科や院内死亡の確率の高い診療科(救命救急・ICU,外科,小児科,産婦人科,循環器内科,消化器内科,呼吸器内科,血液内科等)においては,医師数不足が著しく,過剰業務による医療崩壊がすでに起きています。もし本制度が漫然と広範に適用されれば,これらの診療科は,頻繁に医療事故調査の対象になることが考えられます。それは医療現場の負担をさらに増し,本来の業務である診療への悪影響は不可避で,患者さんへのリスクが増大します。また,そのような状況を見て,当該診療科を志望する医師が減少し,さらに医療崩壊が進むとの悪循環に陥る懸念も現実のものとして存在します。医療安全を目的とする制度で,このような結果は本末転倒だと言わざるを得ません。
  このことからも,本制度の対象は,範囲をごく限られたケースに限定し,膨大なマンパワーと費用をかけて行うべき事案に絞り込んで行うべきことは明らかです。
 イ 既存の制度との重複
 ⅰ 院内医療安全委員会

  医療安全確保のための既存の制度として,改正前医療法第6条の10(改正医療法においても第6条の12として,本制度とは別個のものとして維持されています。)を受けた医療法施行規則第1条の11第1項が医療機関の責務を定めています。
  具体的には,①『医療に係る安全管理のための委員会を開催すること』(医療法施行規則第1条の11第1項第2号。いわゆる院内医療安全委員会です。無床診療所は除きます),②『医療機関内における事故報告等の医療に係る安全の確保を目的とした改善のための方策を講ずること』(医療法施行規則第1条の11第1項4号)が求められています。
  さらに詳細には,厚労省の通知5)において,①につき『重大な問題が発生した場合は,速やかに発生の原因を分析し,改善策の立案及び実施ならびに従業者への周知を図ること』 とされ,②につき,効果的な再発防止策等を含む改善策の企画立案を行うこととされています。
  本制度は,これら既存のものとは別のものとして創設されました(条文上,改正医療法第6条の12は「前二条に規定するもののほか」としています)。
  以上から,再発防止策は,個々のケースから短絡的に行うべきではなく,死亡に至らないケースや,ヒヤリハット事案も含めて,従来通り院内医療安全委員会で検討すべきです。
 ⅱ ヒヤリハット・医療事故情報収集等事業
  医療事故の情報を含めて広く収集し,再発防止に役立てようとする取り組みに関しては,既に医療法施行規則第12条が特定機能病院等について定めています。
  そして,日本医療機能評価機構が,医療事故情報収集等事業をおこなっており,「医療機関等から幅広く事故等事案に関する情報を収集し,これらを総合的に分析した上で,その結果を医療機関等に広く情報提供していく」としています(ヒヤリハット事例についての情報収集も含みます)。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/i-anzen/jiko/

なお,医療事故情報収集等事業には,希望する医療機関は参加可能です(事業要綱第8条第1項第5号)。
http://www.med-safe.jp/pdf/youkou_h22.pdf

  このように,幅広い情報を集め,再発防止に生かそうとする試みは,既存の制度があるので,むしろこれらを活用すべきであり,今回成立した本制度については,その対象を,人的物的資源を投入した調査が必要な事例に絞るべきです。なお,医療事故情報収集等事業がすでに収集した膨大な情報が,活かされてこなかったのは事実であり,現場への予算化を含め,早急な再検討が必要です。
 ウ 報告対象が不明瞭で,広範囲の報告のおそれがあること
  後述のように,本制度の報告の対象は,「予期しなかった」という抽象的な文言から,医療従事者の誤解を招くおそれがあり,「念のため」幅広い報告が行われる可能性があります。
  院内死亡が年間99万人(平成25年)とも言われる現状で,このような幅広い報告がなされれば,各医療機関の業務は莫大なものとなり,医療従事者の本来業務に支障を来すことは明白です。最高裁判例が十分理解されていなかった経緯があるとはいえ,異状死体の届出件数を見れば,この懸念が現実のものであることは明らかです。
  このことからも,本制度の報告対象は範囲を絞り込む必要があります。
 エ 結論
  医療機関にとっては通常の診療を継続する中で本制度に対応することは,人的・物的に新たな負担が生じ,当然費用面での負担が生じる一方,特に費用的な側面でのサポートは全く予定されていません。医療機関,特に病院ではただでさえマンパワーが少なく,まずは本来業務である診療を最優先とすべきことから,本制度の対象は人的・物的コストをかけて分析すべき事案に限定すべきです。
  それ以外の事案については,本制度の外で,改正医療法第6条の12(改正前の医療法第6条の10)及びそれを受けた医療法施行規則第12条が求める「医療の安全を確保するための措置」も踏まえ,既存制度である医療事故情報収集等事業などを利用して対応すべきです。

【*日本医療法人協会は,6つの原則を述べているが,原則①遺族への対応は大原則であり,医療事故調査制度と関係なく,常に,最重要課題として取り組まなければならない問題である。本ガイドラインは,原則①の遺族への対応を適切に行うことを前提として,医療事故調査制度の解釈を行っているということは理解しておいていただきたい。
 この医法協案に,「施行に係る検討会」での修正事項を加味して出来上がったのが,医法協「医療事故調運用ガイドライン」である。この医法協「医療事故調運用ガイドライン」は医療法に完全に準拠したものであり,法令にない部分は,「施行に係る検討会」議論の内容に基づき適切に解釈を行ったものである。この医法協「医療事故調運用ガイドライン」に至る経過として,今回掲載した,医法協案は重要な位置を占めている。因みに,原則⑤の項目で,死亡診断書記入マニュアルの改正を求めたが,この改正は,平成27年度版において実現した。】

2. 報告対象について
 改正医療法第6条の10第1項は,「医療事故」として,『当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し,又は起因すると疑われる死亡又は死産であって,当該管理者が当該死亡または死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるものをいう』 としており,「医療事故」を医療事故調査・支援センターに報告する義務を課し,かつ同第6条の11第1項で「医療事故」につき必要な調査を行う義務を課していますが,報告・調査義務の対象はいかなるものでしょうか。
 『1. 当ガイドラインの原則』 で述べたように,報告の対象を適切に限定しなければ,医療崩壊を進行させ,医療安全がさらに脅かされる結果になりかねません。報告対象についてのポイントは,①「過誤」類型が対象でなくなったこと,②「管理」に起因するものも対象でないことです。特に前者は,誤解されやすいので注意が必要です。当ガイドラインでは,改正医療法の文言について解説するとともに,以下のように提言します。
1)法律文言の推移(「過誤」類型・「管理」類型は削除されたこと)
 ア 「過誤」類型は削除されたこと
  改正医療法の旧案である「大綱案」の条文では,報告の類型として,①「誤った医療行為による死亡」と,②「予期しなかった死亡」の2つを挙げていました。
  しかし,「過誤」を報告の要件とすることは法曹界・医療界からの批判が根強く,医療安全の確保を目的とする改正医療法では,①の類型の文言は明確に削除され,②の類型である「予期しなかった死亡」類型のみになりました。改正医療法の文言では,「過誤」「過失」に触れた文言は全くありません。
  つまり,①の類型は本制度の対象から除かれ,②類型のみが本制度の対象となったことが法律文言の推移から明らかです。


 イ 「管理」類型は削除されたこと
  当初,社会保障審議会資料に記載されているように,②類型につき,「医療行為」に起因するもののほかに,「管理」に起因するものも対象とされていましたが,最終的に成立した法律では,「管理」に起因するとの文言は除かれています。
第35回社会保障審議会資料,議事録参照
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/ 0000028974.pdf
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000038800.html

また,医療法施行規則第9条の23第1項第2号イ及びロでは「行つた医療又は管理に起因し」た死亡との文言で規定されていることと対比すると,明白に異なります。
  このように,法律文言の推移と他の法文との対比から,「管理」に起因する死亡は本制度の対象から除かれ,「医療行為」に起因する死亡のみが本制度の対象となったことが明らかです。


 管理と医療行為の分類については,平成16年9月21日付け医政発第0921001号の厚労省医政局長通知「医療法施行規則の一部を改正する省令の一部の施行について」において,医療事故情報収集における医療法施行規則上の「管理」の具体例につき,明示されており,これが参考になります。
 ここでの対象事例は①医療行為にかかる事例,②医薬品・医療用具の取り扱いにかかる事例,③管理上の問題にかかる事例,④犯罪,その他に分かれ,それぞれ以下のような具体例が挙げられています。
 ②として投薬にかかる事故,機器の間違いまたは誤用による事故,医療機器等の取扱い等による重大な事故,チューブ・カテーテル等の取り扱いによる重大な事故
 ③として入院中の転倒・転落,感電,熱傷等,入院中の身体抑制に伴う事故,重度な褥瘡,熟練度の低い者が適切な指導なく行った医療行為による事故,間違った保護者の元への新生児の引き渡し,説明不足により患者が危険な行為をおかした事例,入院中の自殺または自殺企図,その他原因不明で重篤な結果が生じた事例(なお,「管理には,医療行為を行わなかったことに起因するもの等も含まれる」とされています。)
 ④として,院内で発生した暴行,誘拐等の犯罪,無資格者・資格消失者による医療行為による医療行為,盗難
 本制度においては,①のみが報告対象ですので,②~④は対象外です。

2)「過誤」「過失」は報告要件ではない
 ア 条文上「予期しなかった」のみが要件

  前述したように,法律制定の経緯で,「過誤」類型は法律文言から削除され,予期しなかった死亡のみが報告の対象となっています。改正医療法の文言上,「過誤」「過失」に触れた部分はどこにもありません。
  そこで,条文に忠実に,「予期しなかった」かどうかのみを検討すべきです。
 イ 予期した「過誤・過失」とは
  予期したかどうかと,過誤・過失は全く別で,過誤・過失がある事例でも立場により,状況により予期していたことは十分あります。
  たとえば,修学旅行に行く場合(仮に1学年200人の高校で,4日間の日程とします),それぞれの学生にとっては,修学旅行の4日の間に自分自身が忘れ物をしたり,迷子になったり,ケガをしたりすること(ある意味「過誤」です)は「予期しなかった」ことかもしれません。しかし,引率する教員にとってはどうでしょうか。200人×4日間の延べ800人・日あれば,忘れ物やケガをしたりする生徒が4日間に何人か出てしまうことは当然「予期した」ことといえます。
  医療事故についても,同様のことが言えます。いかに医療安全のための対策をとっても,医療事故をゼロにできないことは医療安全の専門家の間で周知の事実です。ハインリッヒの法則からも,ヒヤリハット事例を含めて,一定数の報告があれば,医療事故が起きることは予期されます。本制度で予期の主体は管理者ですが,特に組織としての医療機関を見る立場にある管理者は,一定の確率で起こる過誤,比較的頻回に報告されている過誤(ヒヤリ・ハットを含む)により医療事故が発生することは予期しています。
 ウ 単純過誤事例は,本制度外で対応すべき
  管理者の予期した過誤の典型例は,薬剤の取り違えなどの単純過誤事例です。これら単純過誤は,法律の文言から,本制度での報告対象には当たりません。
  実質的にもこれらの事例は,本制度の対象とするべきではなく,医療事故情報収集等事業のような既存の制度を活用し,医療機関自身が対応すべき問題です。
  これら単純過誤事例については,残念ながら昔から多くの医療機関で一定の頻度で発生しています。このため,ヒヤリハット事例を含めて,既存の医療事故情報収集等事業において既に多数の情報収集がされていますが,十分に再発防止ができているとは言えません。
  このため,これらの単純過誤事例は,本制度の対象とするよりも,既存の医療事故情報収集等事業においてこれまで収集された膨大な情報を医療安全・ヒューマンファクター工学の専門家を含めて分析し,新たな再発防止のための取組を行うべきで,人的物的資源を投入しての本格的な調査が必要な類型ではありません。
  なお,過誤による死亡を報告しないのは隠蔽ではないかとの疑問もあると思いますが,当ガイドラインでは,原則①で述べたように,本制度外で遺族への説明をしっかり行うべきとしており,隠蔽ではありません。
3)「予期しなかった」とは
 条文上,『管理者が当該死亡を予期しなかったもの』 と明示されていますので,①管理者を基準に,②死亡することを,③予期しなかったことが必要です。①につき,遺族の要請は管理者が判断する参考にはなりますが,報告の有無を左右するものではありません。
 ②については,死亡という結果そのものを予期しなかったかどうかが問題で,死因を予期しなかったかどうかは問題ではありません。
 予期という言葉は,現行法や法律用語として頻繁に用いられる用語ではありませんので,明確な定義は困難ですが,緩やかな言葉ですので,具体的に予期する必要はなく,抽象的に予期していればよいものだと考えます。逆に言うと,本制度でいう「予期しなかった」とは,「まさか亡くなるとは思わなかった」という状況だといえます。
 ①については,管理者を基準とすることが原則なのは当然ですが,通常,管理者自身は直接患者さんの診療にあたるわけではなく,その意味で個別の患者さんの死亡を具体的に予期することは,管理者自身が医療を行った場合を除いて,通常不可能です。しかも,管理者には各診療科の専門的知識が常にあるわけではありません。本制度の報告対象は,人的物的資源を投入して調査を行うべき事案に限るべきであることからも,管理者と現場の医療従事者の双方が予期しなかった死亡についてのみ報告対象とすべきです。
4)報告対象についての提言
 以下のように,報告対象を標準化することは困難で,かつ弊害もありますが,報告対象が不明瞭なため,過度に広範な報告となるおそれもあります。臨床現場の参考として,以下の提言を行います。
 ア 安易な標準化は困難で弊害もあること
  まず,安易な標準化は困難で弊害もあることに注意が必要で,大原則は個々の医療現場に即して判断することが重要です。
  なぜなら個別患者の症状,医療従事者の知識・技術・経験,医療従事者と管理者の位置関係,病院の規模・経営主体・体制など状況が異なります。医療安全は,個々の現場の実情に応じて推進することが肝要で,標準化すると現場との間に齟齬が生じてしまいます。
  対象事案を決定する手続についても,当該管理者や病院等の自律的な運営に任せるべきであり,医療事故調査・支援センターは,事案決定プロセスに対しては不介入の立場をとるべきです。
 イ 対象についての参考
  各施設ごとに判断するとはいえ,抽象的な法律文言であるため,以下の考え方を参考に各施設ごとに判断してください。
 ① 医療行為直後の死亡・心肺停止
  a 手術・処置・検査・投薬等の積極的医療行為から短時間での死亡もしくは心肺停止(おおむね1日以内)
   かつ
  b 死亡のリスクが想定されず,事前にそのリスクが説明されていなかった場合
 ② 原因不明かつ急激な死亡・心肺停止
  a 発症から短時間での死亡もしくは心肺停止(おおむね1日以内)
   かつ    
  b 原因が全く不明で,調査の必要を認める場合
 ③ 院内突然死・心肺停止
  a 院内での突然の心肺停止もしくは死亡状態での発見
   かつ
  b 死亡のリスクが想定されず,事前にそのリスクが説明されていなかった場合

おわりに
 「どのような事例が報告対象になるのか」というのは,最重要項目である。筆者らは,報告対象は限定すべきだと主張した。反対に広く報告すべきだという人々も存在しているのである。この論議は,「施行に係る検討会」でも最大の争点となった。医療事故調査制度の報告対象が,筆者らが主張した内容で確定したにもかかわらず,未だに,広く報告を求めるべきと述べている人々が存在している。常に,揺り戻しの圧力がかかっているのである。医療事故調査制度成立の経緯を知るとともに,幾度にもわたる論戦の結果,でき上がったのが現在の医療事故調査制度であることを理解して,制度のしっかりとした運用を心掛けなければならない。
 医法協案は,一部マスコミやネット上で,キャンペーン的に誹謗中傷された。このことは,逆に,医法協案が如何に強力なものであったかを証明したことになる。
 「『過誤』『過失』 は報告要件ではない」の項目は,多くの人のブログで攻撃の的となった。しかし,その批判は,内容を読んでおらず,表題にのみ飛びついて煽ったことが明白である。同じく,「予期した『過誤・過失』 とは」の項目の修学旅行のたとえ話はキャンペーンの矢面に立った。いかに,彼らに都合が悪かったかということである。あらためて記載するつもりであるが,この修学旅行のたとえ話は,「予期」の概念を考える上で頭に入れておいてほしい。「施行に係る検討会」で「予期」については,省令で規定されることとなり,3要件が定められた。1号要件は,患者説明,2号要件は,カルテ等への記載である。3号要件は包括規定であり,管理者が予期していたものである。この3号要件の予期を考える時に,医法協案の修学旅行のたとえ話を思い出しながら判断することが有用であろう。因みに,医法協「医療事故調運用ガイドライン」では,この修学旅行のたとえ話は削除したが,この考え方が間違っているために削除したのではない。本旨を外し,この部分のみを曲解して,反対キャンペーンを打つ人々がいると考えたからである。「施行に係る検討会」の時期に合わせて,場外戦のように,このたとえ話とともに医法協案を,とんでもない考え方とネット上で煽った法律家たちがいたことを考えると,逆説的に,修学旅行のたとえ話がいかに重要かということであろう。
 次回は,医法協案の後半部分,「3. 院内調査の方法」以下についてご紹介したいと思う。




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