一昨年,病院旅行で台湾に行きました。現地旅行会社のガイドさんに赤十字病院職員が私の職業が整形外科医であることを教えたらしく,ガイドさんが私に「先生,お金持ちあるね!」と話しかけてきました。中国・台湾では整形外科は日本の形成外科の事を意味し,日本の整形外科は中国では骨科と呼ばれる事を既に知っており,日本と同じく台湾でも美容整形は自由診療であることを知っていましたので,すぐにピンと来て私の専門が骨科であることを説明すると,「今,台湾は美容整形ブームで,整形外科(中国の)医は皆お金持ちだが,交通事故が多くて骨科(日本の整形外科)は大変で若い医師に人気がない。」と教えてくれました。そのようなこともきっかけで,中国,日本,欧米の病院の歴史を,少し調べてみました。 
 中国では,病院のことを醫院と言います。台湾の東大にあたる台湾大学の付属病院は,現地では台大醫院と表記されています。日本でも,医院と言われた時代がありましたが,明治維新後に,欧米式の医療を提供する施設が入るに及んで,病院という言葉がつくられたということです。 
 医院とは「医者の家」ということで,日本では医者が自宅を改造して診療所をつくり,家族に手伝わせる医者の家が次第に病院へと成長していったという歴史があるとのことです。 
 それに対し,欧米では,診療所と病院は最初から別個のものとして作られてきたとのことです。中世封建時代に欧米では,病院は領主や貴族など富裕層により設立され,宗教の慈善活動の一環として運営されていた歴史があるようです。このような欧米における病院は公的な性格が強く,規模も日本より大きなものでした。今日でも,ヨーロッパの地方都市には,その中核に教会や学校とならんで必ず病院があるようです。 
 一方,明治維新以前の日本には,病院という概念はありませんでした。江戸時代の医療は漢方が中心であり,漢方医が自宅で療養している病人を往診する形が一般的でした。 
 しかし明治維新以降,西洋医学が全面的に取り入れられた後から診療所がつくられ,その診療所が大きくなって個人経営の比較的小規模な病院が全国各地に設立されたという歴史があります1),2),3)。 
 今日の日本では,病院は病床数が20床以上の医療施設と定義され,20床未満の病床を有する医療施設は診療所と定義されています。 
 病院はドイツ語ではKrankenhausで,英語ではHospitalです。Hospitalの語源を調べてみると,ラテン語の「hospes」という単語があり,“客”という意味で,この言葉から英語の「host(客)」という言葉が派生したということです。「hospes」から「hospital」が生まれましたが,これは元々“客をもてなすところ”つまり“宿泊所”でした。中世では巡礼が流行しましたが,巡礼者の宿泊所が「hospital」と呼ばれたということです。そしてそのような宿泊所では,長旅や病や怪我に苦しむ人々が長逗留することが多くあり,16世紀のころから,「hospital」は“病院”を意味するようになったということです。 
 「host」の名詞形は「hospitality」で“お客を適切にもてなす,歓待すること”を意味します。つまり病院【Hospital】は,“お客「患者」をおもてなしする施設”を意味する事になります。「host」と似た言葉に「hostile(敵対的)」がありますが,これはラテン語の「hostem(軍隊)」からきており,「hostility」は「hospitality」と全く逆の“敵意,反感”を意味する言葉で興味深いと思います。 
 このように,病院【Hospital】の歴史は,日本と欧米で大きく異なっています。平成25年8月に発表された「社会保障制度国民会議報告書-確かな社会保障を将来世代に伝えるための道筋-」のなかでは,「医療提供体制について,実のところ日本ほど規制緩和された市場依存型の先進国はなく,日本の場合,国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%病床数で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが,日本ではなかなかできなかったのである。」と述べられ,超高齢化社会を迎えて,世界に冠たる国民皆保険制度を守るためにも,2025年を見据えた社会保障制度改革の必要性が謳われています。確かに現在の医療提供体制は,民間に多くを委ねています。 
 しかし,戦後の日本の医療提供体制は,国のさまざまな制度改革や法整備によって誘導されてきているのも事実だと思います。 
 来年度は,医療・介護の診療報酬同時改定が予定されていますが,ぜひ国民的議論のもとにすすめられる事を,切望したいと思います。 
 
      参考文献 
 1)厚生労働白書(19)第1章 我が国の保健医療をめぐるこれまでの軌跡 
 2)福永 肇「日本病院史」 2014年 ピラールプレス 
 3)日本赤十字社 ホームページ 
       
       
       
       
        
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