緑陰随筆特集

鹿児島が生んだ国際的生理学者 有村 章先生を偲んで
― PACAP発見20周年を記念する国際VIP/PACAPシンポジウムのご案内 ―

鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
先進治療科学専攻生体機能制御学講座生体情報薬理学分野教授
                          宮田 篤郎

有村  章 先生
 鹿児島市ご出身のチューレン大学名誉教授である有村 章先生が一昨年(平成19年)12月10日に逝去されました(享年83歳)。今年10月初旬に、鹿児島サンロイヤルホテルにおいて、有村 章先生が発見された生理活性ペプチドである下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ペプチド(PACAP)に関する国際シンポジウムが開催されることから、鹿児島から世界へ、国際的に医科学研究に大きな貢献をなされた有村先生の足跡をご紹介したいと思います。
 有村先生は1923年12月26日に神戸市で出生されましたが、幼少から、御尊父の故郷である鹿児島で過ごされ、旧制七高を卒業された後、名古屋大学医学部に進学され、1951年同大学を卒業されました。その後名古屋大学医学部生理学教室に入局され、1957年に下垂体後葉ホルモンの研究で学位を取得されました。その後、戦後第1回のフルブライト留学生として、米国エール大学医学部の生理学教室に留学されました。その後一度帰国され、北海道大学医学部生理学教室の助手となられましたが、エール大学からチューレン大学教授になられたシャリー先生からの共同研究の熱心な誘いもあり、1965年に再度渡米され、1970年には同大学医学部内科学教授となられました。その当時シャリー先生のラボは、ゴナドトロピン放出因子(LHRH)の発見をめぐって、ソーク研究所のギルマンのグループと熾烈な競争を繰り広げており、有村先生など3人の日本人研究者の多大な貢献により、シャリーのグループが世界に先駆けて、LHRHの構造を明らかにしました。なお、この2つのグループを中心とする激しい競争により、LHRH以外に、ソマトスタチン、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)など一連の視床下部ホルモンが次々発見され、その業績が評価され、両グループは1974年ノーベル医学生理学賞を受賞したことは,「ノーベル賞の決闘」というノンフィクション小説に詳しく描写されております。当時の視床下部研究における有村先生の貢献度の大きさは、1961〜1975年の世界で最も引用された生理学者の第13位であったことや、1965〜1972年の世界で最も引用された日本人科学者であったことから推察できるかと思います。
 有村先生は、その後シャリーのグループから独立されて、未知の視床下部因子探索の研究を続けられ、1985年には日本国内の企業から支援を受け、米日生物医学研究所を設立して、その初代所長となられました。日米両国間の大戦という不幸な過去を乗り越え、両国の科学研究交流の大きな架け橋となることを目的としてサンシャインプロジェクトと名付けられ、米国側からもチューレン大学の支援を受けて進めておられました。この研究所には、米国及び日本の研究者以外に、ハンガリー、中国、メキシコなど世界各国から研究者が集い、国際的協力関係を広く築く場となっておりました。
 私が有村先生と初めてお会いしたのは、1987年夏に私がチューレン大学に留学した時でした。当時私は宮崎医科大学の大学院に在籍し、松尾壽之前教授(生化学第二講座)の指導の下で医学博士号を取得し、日本学術振興会特別研究員として、ナトリウム利尿ペプチドの研究を進めておりました。松尾先生は、シャリーとのLHRH研究以来、有村先生と親交を続けておられた関係から、当時生化学第二講座に在籍されていた寒川賢治先生(現国立循環器病センター研究所長)、南野直人先生(現国立循環器病センター研究所薬理部長)が有村先生の下に次々と留学され、3番手として私が留学することになった次第です。当時有村先生はすでに60歳を越えておられましたが、自ら精力的に動物実験などをこなしておられ、またご自身の専門以外の新たな領域にも積極的に取り組まれておられたことが大変印象的でした。
 留学中私は、ヒツジ視床下部抽出物から新規向下垂体性因子の探索とブタ卵胞液から新規生理活性物質の探索という2つのプロジェクトにおける生化学部門を担当し、幸運にも留学中に下垂体アデニル酸シクラーゼ活性化ペプチド(PACAP)の発見に立ち会うことが出来ました。いずれにしろ、留学前に松尾先生の指導の下で、アドレノルフィンなど神経ペプチドの単離構造解析を行っていましたが、独力で進めるのは初めての経験であり、有村先生もさぞかし心もとなく思われていたことだろうと思います。自分なりに模索しながら、逆相HPLC(高速液体クロマトグラフィー)等により生物活性の精製を進める中、有村先生から毎日のように実験の進捗状況を尋ねられました。それは口頭試問を連続的に受けるようなものでしたが、辛抱強く私の意見を聞き、そして尊重していただきました。有村先生との日々の討論を通して、何が最重要であるかを合理的に考えていくことや、つねに核心に迫る研究をと言った考え方とともに、医科学とは何か、医科学研究に対する姿勢を教えていただいたと思います。約2年半に及ぶ留学の後、私は帰国しましたが、その後も共同研究を続けさせていただきました。常に研究の本質を考えるように、また研究成果が人類の健康福祉に役立つことを目指す医科学研究を意識するように、ことある毎に教え諭していただいたように思います。このような一連の神経内分泌学の分野における国際的貢献が評価され、1995年に勲三等旭日中綬賞を叙勲されました。ところが、2005年夏に、もともと学生時代に結核を患われ、ほとんど片肺の万全な体力ではない有村先生に、多発性骨髄腫がみつかり、ほどなく腎不全のため腎透析を欠かせなくなられました。それでもサリドマイドを服用しながら、実験を自ら行い、特筆すべきことに、ご自身の病気をヒントに、それまで脳保護因子として注目されていたPACAPの新たな作用としてのM蛋白に対する腎保護作用を見いだし、Bloodという一流雑誌に自ら筆頭著者として発表されました(Blood 107: 661-668, 2008)。また2005年秋にカトリーナという巨大ハリケーンが、アメリカ南部、特にニューオリンズ市を襲いました。有村先生は、直撃前にご子息の元に避難され、ご無事でしたが、有村先生のラボは損壊や浸水こそ免れましたが、長期の停電のため壊滅的ダメージを受けました。私ども有村先生にお世話になった研究者約60名は全国で募金活動を行い、少しでもお役に立てばとお送りしたことがございます。
 このように有村先生は研究には厳しい一方で、人との出会いを大切にされ、誰に対しても親切に、そして恩義を重んじておられたと思います。あたかも古武士を思わせる凛としたお姿は、アメリカにいながら、日本的精神風土を醸し出されており、アメリカ的合理主義とサムライ・スピリットを持ち合わせたサイエンティストというのが有村先生にもっともぴったりくる形容ではないかと思われます。またどんなに苦境に立たれても、つねに前向きに考えていかれるからこそ、ご自身の病気とハリケーン被災という2重苦にあっても頑張ってこられたのだと思います。晩年にいたるまで常にラボベンチにて自ら実験に携わられ、生涯現役のMedical Scientistとしての姿勢を貫かれたことに関してただ脱帽するばかりです。
 有村先生が40年以上住まわれたニューオリンズの緯度は、ちょうど日本では鹿児島県の佐多岬になります。すなわちアメリカの中でも鹿児島と似た気候風土であることが、有村先生がニューオリンズを拠点に研究活動された要因の一つかと思われます。その鹿児島で、今年秋に第9回VIP/PACAP関連ペプチド国際シンポジウムが開催される予定です。本シンポジウムは、1993年第1回がフランスのストラスブルグで開催されて以来2年おきにヨーロッパとアメリカにおいて交互に開催されていましたが、2003年からはアジアでも開催されることになり、今回の第9回は、第6回以来2度目の日本開催となります。毎回米国、ヨーロッパ、日本を含む世界各国から200名近くの研究者が参加し、研究発表と情報交換など国際交流の場となっています。有村先生が世界に先駆けPACAPを発見してから今年がちょうど20年目にあたることから、2007年米国バーモントにおける第8回シンポジウムで、有村先生ゆかりの地である鹿児島で、当時発見に立ち会った私が組織委員長ということで開催が決定された次第です。私としても、有村先生に、また日本の土を踏むことを心の励みとして、少しでも長生きしていただければと思っておりましたところ、その年の暮れに残念ながら逝去されました。是非とも国際シンポジウムを成功させ、有村先生の功績を後進に伝承していくことが、有村先生からの最後の課題と考えている次第です。私自身は東京生まれですが、宮崎医大の大学院まで宮崎で過ごし、鹿児島に全く縁もゆかりもありませんが、鹿児島に参りまして、鹿児島の風土の中に有村先生のスピリットのルーツをいろいろと発見するにつれ、このように有村先生の功績の伝承者の一人となることは、ある意味運命づけられていたのかもしれないと思う次第です。
 最後に、今回の国際シンポジウムはすべて英語で行われますが、10月5日の会期第1日目の夜に、通常の学術発表とは別に、有村メモリアルシンポジウムを開催致します。ご興味がございましたら、ご連絡いただきますと、通常の参加登録なしに出席できますように招待状をお送りいたしたいと思います。また、関連ペプチドの中でも、最近糖尿病治療薬として国内で盛んに臨床研究されておりますGLP-1(グルカゴン様ペプチド−1)やインクレチンの発表もありますので、下記のウェブサイトから参加登録いただき、学術プログラムにも是非出席いただければと思います。医師会皆様のふるってのご参加をお待ち申し上げております。
 有村メモリアルシンポジウム問い合わせ先: VPAC2009@gmail.com
 学会ホームページアドレス:
 http://entry2.jtb.ne.jp/mel/web/VIP-PACAP2009/index.html




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