=== 新春随筆 ===

たかがニガウリ、されどニガウリ

KTS鹿児島テレビ 社長

     山元  強
 ニガウリ(ニガゴイ)ほど鹿児島に馴染んでいる夏の野菜はあるまい。料理も簡単、値段もお手ごろ、栄養豊富。スーパーなどの野菜コーナーに行けば、必ず置いてある。縦に半分に割り、スプーンでタネやワタの部分を取り出し、外側の緑の部分をスライスし、鰹節を載せて醤油をかけたらひと品出来上がりだ。生のままでもいいが、湯通しすると一層うまい。晩酌の立派なつまみとなる。中でも「ニガゴイの味噌炒め」は、大抵の家庭では「おふくろの味」そのものだ。それなのに余りに地域性が強いせいか、6冊ほど持っている私の料理の本にもこのメニューは出ていない。
 私はこのニガウリがどうも「気になる」のである。だから、5年ほど前に月刊民放に随筆「ニガウリの変身」を書いたことがある。
 同じころ、地域経済情報誌に「食・酎・泉で観光トップランナーに」を提案した折りにもちょっとだけ触れておいた。私の頭の中では、今回は、その統合編になる。読者対象が違うので少々ダブっても仕方ないと勝手に決め込んで(言い訳をして)いる。ご容赦願いたい。

ニガゴイとゴーヤは別のもの
 そもそものきっかけは、45〜46年も前、東京・永田町で仕事に励んでいるころ、鹿児島県出身の政治家から「ニガゴイが銀座千疋屋 (せんびきや)で1本千円で売ってるそうだ」と聞かされたことにある。当時は仕事が余りに忙しく、銀座千疋屋まで出かけて確認しなかった。鹿児島出身の私でなかったら、この話は耳を通り抜けて消え去ったはずだが、当時「えっ」と驚いたまま今に引きずってしまった。
 7年ほど前に東京から鹿児島に帰って来た時にもまた、ある体験をした。地元の経済界の方々への挨拶回りの際に、ニガウリとゴーヤ (ゴーヤー)の話題になった。私は全く同じものだと思っていたので「ニガゴイもゴーヤブームのおかげで全国的に脚光を浴びて、良かったですね」と話しかけると「あんた何を言うんだ。ニガゴイとゴーヤは別のものだよ。同じにしないでくれ」と叱られたのである。「ニガゴイはゴーヤと形も違うし、もっと苦い」と追い打ちをかけられた。その時は「なんと頑固な方だろう」ぐらいに思ったのである。

稲盛さんの「ニガゴイの味噌炒め」!
 まだある。10年ほど前、京都のカウンターだけの小料理屋で稲盛和夫さん(京セラ名誉会長)と再会を楽しんだ時のことである。その店の女将も同郷だった。もちろん稲盛さんは、それを知っていたからこそ訪れたのである。案の定、その女将は彼を見るなり「ワーッ」と驚き、「私がここで店を頑張って来たのは、郷土の大先輩がいつかやって来ると信じていたからよ」と大喜びした。そして「何が食べたいですか」と畳み込んだ。彼はおうむ返しに「ニガゴイの味噌炒め」と一言。彼女は「ニガゴイは自分の家で作っていつも店に持って来るけど、豆腐がない。すぐ手に入れて来るから待ってて」と言って、他に若い男女の客がいたにもかかわらず、ザルを抱えて飛び出してしまった。「しまった。言わんければよかった」と大先輩は後悔していた。しかし、5分ほど経つとどこからか豆腐を仕入れてニコニコ顔の彼女が帰ってきたのでホッとしたものである。女将は、手早く大盛りの一皿を作ってくれた。ところが、彼は、女将が奥に引っ込んだ隙に「おふくろのは、もちょっと甘かったな」とつぶやいた。思わず私は、「せっかく一生懸命作ってくれたのに」とたしなめてしまった。さすがに稲盛さんは「そうだよなあ」と肯き、傍らの若い男女にお詫びをしながら、そのおふくろの味を勧めた。
 今度は昨年8月。鹿児島市内の居酒屋風の店で稲盛さんを囲んでの数人の懇談会(ある会の二次会)に同席させて頂いた。このときも彼はメニューから「ニガゴイの味噌炒め」を注文した。京都の一件があるので、私は、今度はどんな風なものが出て来るのか、興味をそそられた。少々記憶はおぼつかないが、それは、「ニガゴイとへちまと豚肉の味噌炒め」だった。お酒のつまみ風に小皿に少量盛ってあった。これを見るなり稲盛さんは「こいはニガゴイの味噌炒めじゃなかど」とまた文句を付けた。でもちゃんと旨そうには食べていた。彼のイメージとは違うものだったのだ。
 この「へちま入り味噌炒め」の出来事と同じころ、今度は県外から鹿児島に着任している企業のある支店長から「自宅にゴーヤを植えたら農薬も肥料も使わないのにどんどん成長し、立派な日よけにはなるし、実も立派なものが沢山とれる」と聞かされた。私はゴーヤには害虫や病気を寄せ付けない成分があるのでないかと思った。やはり「気になった」のである。

アンケートで知る自分の非常識
 そこでこの際、これらの「気になる」ことを自分なりに解明してみようと思い立った。インターネットで調べたり、ニガウリに深い関係のあるJA鹿児島県経済連野菜振興課を訪ねたり、鹿児島県農産物加工研究指導センターの専門家にお目にかかったりして、にわか勉強をした。その上、県内の一般の家庭では、「ニガゴイの味噌炒め」をどのようにして作っているのか。社内外の友人・知人・親戚にアンケートをとってみた。総勢12名の方にご協力を頂いた。
 その結果、幾つかの発見をした。まず味噌炒めである。アンケートの結果、全員が調味料として味噌に砂糖を入れていた。炒め物に使う味噌に砂糖を入れるのは、「当たり前でないか」と言われそうだが、見よう見まねで作る山元流は砂糖なしだった。冷静に考えると、私の方が非常識だった。アンケートの答えの中には、三温糖やザラメなど一味違うこだわりを持つケースもあったし、みりんを追加する方もいた。稲盛さんの「おふくろの味」は、砂糖がやや多く使われたのではないだろうか。祖母やお姑直伝の場合は、苦味を取るのに一度、湯通しするケースも散見された。ただ、これもだんだん苦味の薄いニガウリが出回るにつれ、生のまま直接炒めるようになったようだ。
 「ニガゴイの味噌炒め」の内容は家庭によって少しずつ違うことも判った。まず、材料は、ニガゴイに豚肉・豆腐は基本だが、へちま・ナス・ニンジン・ピーマン・もやし・玉ねぎ・キノコ類・卵と実に多彩だ。へちまとナスが比較的多かった。野菜をたくさん食べる最近の健康志向を感じさせられた。調味料も味噌の他に醤油・焼酎・地酒・鰹節などさまざまだった。どの家庭にも定番料理としてしっかり入り込んでいる証拠でないだろうか。

県外ではニガウリの呼称は消滅へ
 専門家によると、鹿児島のニガゴイと沖縄のゴーヤも厳密にいうと本来は別のものであった。それを主張する方を頑固者ぐらいに片付けていた私が勉強不足だったし、不明を恥じた。御免なさい。ニガウリも何種類もあるし、主流になった沖縄のゴーヤは太くて丸くて緑色もしっかりしており、苦味も薄い。もともと鹿児島にあったのは、ひょろ長くて、色も薄く、苦味も強かったそうだ。
 しかし、都会のマーケットでは、見栄えもよく、苦味も薄いゴーヤがもてはやされた。匂いの薄い、個性を殺した品質の芋焼酎が東京で流行したのと似ているような気がする。当然、栽培する農家は、売れる品種に力を注ぐ。総元締めのJA鹿児島県経済連では、もう4〜5年前から、県外に出荷するニガウリの販売名称を「ゴーヤー」に統一している。それどころではない。JA宮崎経済連、JA熊本経済連、JAグループ佐賀、JA全農ながさき、JA全農ふくれん(福岡)がこれに同調している。ほぼ全九州のJAグループである。もはや県外ではニガウリという呼称は消滅しつつあるようだ。しかも統一ポスター(写真はJA鹿児島県経済連提供)を作り、販路拡大に懸命である。蛇足だが、このポスターは少々変である。肝心の本家本元JAおきなわが抜けているのである。もともと自分たちの呼称だから、わざわざ予算を組んで別に宣伝しなくてもよい、ということだろうか。沖縄の自信がポスターから透けて見える。

苦味成分も注目浴びる
 いよいよ「気になっている」ことの終章だが、確かに病虫害には強いようだ。エコ問題への関心から日よけを兼ねて栽培されるケースも増えつつある。インターネットを覗くと都会のマンションのベランダでも盛んに育てられている。
 感銘を受けたのは、ニガウリのあの苦い成分が日本だけでなくアジア・中南米などで科学的・医学的に注目を浴びていることだ。学術論文を読みこなす力はなかったが、ビタミン・ミネラルも豊富で、特にビタミンCはレモンやイチゴより多い。ニガウリに含まれるチャランチンや苦味の成分モモルデシンは、「血糖値を下げる効果がある」とされ、近年になってさまざまな研究が行われている。また、ニガウリの抽出物がガンの抑制効果を持っていると推測されるようになった。しかし、こうした最先端の分析は、これからのことであり、科学的知識のない私がこの随筆で判定を下す訳にはいくまい。

ワタや種子の有効利用がテーマ
 それでも、捨てるだけだったニガウリの種子やワタの部分にγ(ガンマ)−アミノ酪酸(GABA)が多く含まれていることが判ったという事実は紹介しておきたい。鹿児島県農産物加工研究指導センター・主任研究員の鮫島陽人氏の実験報告(「農業かごしま」平成20年5・6月号)である。GABAとは、天然に存在するアミノ酸の一種であり、血圧降下作用や精神安定作用などがあるとされている。ニガウリを種子やワタごと乾燥粉末にした実験では、生の果実に比べ約10倍のGABA量が含まれていた。GABA量が多いことで知られている発芽玄米の約5倍から10倍も多いのである。当然有効利用されるべきだ。他の研究者のレポートには、ニガウリの抽出物は、ガンの抑制効果につながるという内容のものもある。
 昨年4月から、メタボ検診がスタートした。生活習慣病の予防を目的とするものだが、糖尿病につながる高血糖もより警戒されるようになった。ご自分の血糖値を眺めながらため息をついている方もいるはず。食生活を改善してもそう簡単に下がらない。そうなると、血糖値を下げる成分を持つニガウリをこれまで以上に食べたくなりませんか。しかももっと研究が進むと苦い方が体によい、ということも考えられる。「良薬は口に苦し」である。そうなると名称の消え去りつつあるニガゴイの復活があるかもしれない。どう展開しようと「ニガウリ万歳!」である。




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