最近、いわゆるメタボリック症候群の結果、さらに糖尿病による腎症、透析患者の増加、失明、高血圧、脂質異常症等々糖尿病に関する医学トピックスに事欠かない日々である。WHOによると世界中の糖尿病患者は約1億7千百万人(2007年現在)でその数は2030年までに2倍に達すると発表している。著名人にも糖尿病の人が多い。丸々と太ったアラブ諸国の王様から隣のおじさん、おばさんまで毎日患者は増えている。映画監督のジョージ・ルーカスも然り。このような状態だと近い将来小児科、産科医と同様に糖尿病専門医の不足も問題となりそうである。血管の病変の結果心臓病や脳梗塞等の患者も増加するであろう。ここまでたどりつくと何を今更騒ぐのかと言われるかも知れないがT型だのU型だのの議論は別として何がどうして糖尿病を引きおこしたのかをインスリンやインスリン抗体等から離れてその不思議さを知りたくなるのが人間の好奇心である。基本的にはどうやら遺伝、感染、食事、環境などの要因が複雑に絡み合っているようであり、糖尿病の「引き金」となる他の要因も分かっている。例えばT型ではウイルスの感染であったりU型の場合は片寄った食生活や運動不足による肥満だったりするのは広く知られている。しかしこのような説明では現在の医学の領域では当り前すぎて面白くない。もっと人類の環境と糖尿病の歴史をさかのぼって考えるのも興味深い。U型は遺伝的な要因が強く関係しているので何らかの進化に関した興味ある要因がありそうである。例えばアメリカ南西部に住んでいる先住民のピマ族は成人の約半数がU型糖尿病になっているが彼らは最近まで狩猟型の生活をしてきているので彼らの代謝構造は炭水化物や糖分の多い西洋人タイプの食生活ではなく高蛋白、高脂質、低糖、低炭水化物の食生活を長い間続けていたであろう。いわゆるアトキンス・ダイエットである。一方T型は北ヨーロッパ(フィンランド、スウェーデン、イギリス、ノルウェー)の人々に極端に多いという事実がある。ヨーロッパを南下するにつれてT型の患者は減少し、アフリカ系やアジア系、ヒスパニック系の人々ではT型は稀である。そこで考えられるのは遺伝子が関係していると思われる糖尿病がある特定の集団に多いという事は遺伝子の自然淘汰、別の言葉で表現すると「進化」の現象であろう。それでは例えば北ヨーロッパ人の祖先はT型糖尿病と引き替えにどのような遺伝上のメリットを得たのであろうか。この事を知るには気候変動、しかも氷河期までさかのぼる必要があるとの事である。氷河期には人間は寒さにふるえるがその動きによって筋肉に備蓄してある糖を燃焼して熱を発生させるのである。糖もアルコールと同じく不凍剤の一種であるので液体(この場合血液)の糖分が多い程氷点は下がる。そこでこの目的のため(寒さに対抗するため)寒くなると水分を外部に出し(尿量が増える)糖の体内濃度を高めたのであろうと推測されている。血液中の糖分を高めて氷点をさげ氷河期を乗り切った我々の祖先と同じである。要するに極寒(時にマイナス160度以下)に対応するために、血液が凍結しないように糖分を蓄積して氷点を下げたのであろう。従って1万3千年程前に突然始まった氷河期における人類の適応又は進化が現在は糖尿病として我々の遺伝子に残ってしまったのであろう。T型、U型糖尿病の発端は人間の氷河期における寒さに対する適応の結果ではないかと考えられる所以である。つまり糖尿病は進化上の氷河期における適応の遺産物と言える。現代の地球の温暖化した環境では高血糖の使いみちがないので行き場を失った血糖は血液中にどんどんたまってゆき、重症の糖尿病になる、そして糖尿病患者の数が益々増加すると考えるのもある面科学的でないかも知れないが一つのトピックスとしては興味深い。この考え方から極寒の環境に適応している植物や微生物を研究する事により画期的な糖尿病の新薬が発見されるかも知れない。糖尿病と寒冷との関係も追求すると興味ある結論が得られるかも知れない。今氷河期に突然地球がなってしまうと糖尿病の患者さんは生きのびて、逆に温暖化すると糖尿病の患者が増えるのでは?と想像される。そして現実的な問題として糖尿病の人は寒い地方(例えば北海道)に居住したほうが健康に良いのかも知れない。寒さにふるえて運動しなくても体内のエネルギーを消費してくれるのでは?と考えるのだが果して如何?複雑なインスリン強化療法、注射やタイミング、持続時間の異なる種々のインスリンや内服薬、合併症、栄養指導等から離れて疫学的な面から糖尿病を考える事も意義がありそうである。糖尿病性腎症で透析導入の患者さんも近年増加の状態でありBanting(バンテイング)、Best(ベスト)、Mcleod(マックレオード)らのカナダのトロント大学における業績は認めつつも……。

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