=== 随筆・その他 ===


糖尿病性腎症重症化予防プログラムについて
鹿児島県糖尿病対策推進会議 鎌田 哲郎・西尾 善彦
鹿児島市CKD予防ネットワーク 堀内 正久

■糖尿病性腎症の重症化予防プログラム
 2016年3月に,厚生労働省,日本医師会,日本糖尿病対策推進会議の3者は連携協定を結び,糖尿病性腎症重症化予防のためのプログラムを策定し,全国展開することを宣言しました1)。これを受けて鹿児島県でも,2017年4月からこのプログラムを実施することになり,各医療圏ごとに取り組みが始まっています。このことは既に文書やFaxで各医療施設に通知されているのですが,充分な周知がなされていないようです。

■我が国における透析患者
 2015年の透析学会の報告では,我が国における透析患者数は約32.5万人で,透析にかかる費用は年間約1.5兆円,総医療費の4%を占めます。この中で糖尿病性腎症は原因疾患の第1位で38.4%を占め,新規導入は43.7%と,他の原因疾患を大きく引き離しています2)。糖尿病性腎症の重症化を予防することは,患者さんの命やQOLを守るだけでなく,医療費の大きな節減という面からも重要事項と考えられ,行政も国策として取り組む事になったのです。

■プログラムの要点(図1)
 今回の糖尿病性腎症重症化予防プログラムのモデルとなったのは,広島県呉市や埼玉県の取り組みで,その要点は,下図にあるように,健診データと国保のレセプトを組み合わせることにより,①糖尿病の未治療者や治療中断者を抽出し,受診勧奨を行う,②糖尿病性腎症のハイリスク患者を抽出して,保健指導を連続的に行っていく事,そして③その取り組みとアウトカムに対して,国が各保険者にインセンティブをつけるというものです。
 すでに鹿児島県でもいくつかの2次医療圏では,プログラムが開始され,保健指導まで実施しているところもあります。鹿児島市では,特定健診受診者の中で医療機関未受診者や治療中断者,腎症ハイリスク患者の抽出を行い,保健師・看護師が未治療者へ戸別訪問して受診勧奨・保健指導を行っています(図2)。

図 1 糖尿病性腎症重症化予防プログラム→各県→各2次医療圏ごと実際の取り組み


図 2 鹿児島市糖尿病性腎症重症化予防プログラム


■鹿児島市における重症化予防プログラム
 図2は,鹿児島市における対象者の抽出基準とそれぞれの対象者のフロー図を示しています。対象者は,①HbA1c≧7.0%で未治療者,②HbA1c≧7.0%でeGFR<50ml/min/1.73m2,③HbA1c≧7.0%で尿蛋白(+)以上のいずれかに属するもので,抽出された対象者は841人でした。その中で服薬なしが590人,服薬有りが251人でした。そこから,さらに尿蛋白の有無,年齢,性別と分け,リスクの高い方を優先的に指導していこうと考えています。

■腎症ハイリスク患者への保健指導
 腎症ハイリスク患者に対する保健指導も今後予定されています。ここで重要なことは,このプログラムで国が求めていることは,かかりつけ医がおられる患者さんでも,腎症進行のハイリスク患者であれば,保健指導の対象になる事です(図1の②)。したがって,かかりつけ医と保健指導を行う保健師との連携が非常に重要です。また保健師の指導やかかりつけ医へのレポートの質が担保されたものである必要があります。そのために,今回腎専門医と糖尿病専門医,および保健師で集まってプロジェクトチームを作り,鹿児島市独自のプログラムを作成し,指導の標準化とスキルアップを行おうとしています。糖尿病や糖尿病性腎症の治療では,患者さんの教育や指導,心理的サポートは治療の根幹をなすといっても良いほど重要なものです。保健師のサポート体制は,かかりつけ医の治療の効果をあげるのに大いに役立つものと期待されます。

■保健指導の実際
 腎症ハイリスクの患者の保健指導は,まず抽出された対象者に,書類送付や直接訪問で,保健指導受け入れの意志確認を行い,同意を得ます。かかりつけ医にも,その旨あらかじめ連絡が届きます。両者の同意が得られた後に,保健指導として,初回は直接訪問,2回目以降は訪問あるいは電話等での指導を行います。毎回の保健指導の内容と患者さんの自己管理状況などの情報をかかりつけ医に情報提供し,指示があれば次の指導に活かします。指導は,約3カ月おきに実施予定です。

■鹿児島市CKD予防ネットワーク
 2014年より鹿児島市ではCKD予防ネットワークが稼動しています。CKD予防ネットワークでは,国保・協会けんぽの加入者を対象に健診データから尿蛋白2+以上,69歳以下ではeGFR値<50ml/min/1.73m2,70歳以上では<40ml/min/1.73m2のCKD対象者を抽出してCKD登録医に紹介し,登録医はかかりつけ医として,腎診療医と連携をとりながら診ていこうというものです。
 今回の重症化予防プログラムはレセプトの関係で国保の加入者のみを対象としていますが,CKD予防ネットワークとかぶる部分があります。一方,糖尿病があってCKDでも糖尿病性腎症ではない場合や,糖尿病性腎症であっても,HbA1c<7.0%で,今回の抽出にもれる場合もあります。従って両者が充分に機能していくことが重要であり,協力体制の構築が非常に重要です。その手始めとして,保健指導の標準化の作業の成果が期待されます。

■最後に
 糖尿病性腎症はかつて,「顕性蛋白尿が出始めたら進行性であり元に戻らない」と言われていました。しかしRAAS阻害薬の出現から以降,糖尿病性腎症の治療は進歩してきています。早期介入,血圧管理,食事療法の維持,脂質管理など統合的治療を継続できれば,顕性蛋白尿の時期からでも,寛解にできるという臨床データが数多く報告されてきています3)。しかし残念なことに,鹿児島では,長期放置や治療中断の末,腎不全が進行してから受診するケースがまだまだ多くあります。
 糖尿病性腎症は,検査データで診断する疾患であることを念頭に置き,さらに放置や治療中断症例を少しでも減らすために,今回の事業の保健指導を取り入れて下さるよう,ご理解とご協力をお願い申しあげます。

文献
1)厚生労働省 糖尿病性腎症重症化予防プログラムの策定について
  http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000121935.html
2)わが国の慢性透析医療の現況,日本透析学会ホームページ
  http://docs.jsdt.or.jp/overview/
3)古屋大祐他,日本内科学会誌, vol.101, No.5, 1278~1285, 2012




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