[緑陰随筆特集]

海外旅行での忘れえぬ人との出会い
- ベルリン森鷗外記念館と鹿児島日独協会 -

西区・武岡支部 松下 敏夫

 「人生は出会いである」といわれるが,これまでの人生を振り返ると,私の現在を決定付けた忘れえぬ人々との出会いが多数あった。海外旅行で経験した一例は,ベルリンを訪れた際に出会ったベアーテ・ヴォンデ(Beate Wonde)さんであった。

≪ベアーテさんとの出会い≫
 その出会いは,1998年,ヘルシンキでの国際会議出席後の帰国の途であった。1989年にベルリンの壁が崩壊して東西ドイツの統一を成し遂げた後のベルリンを是非見たいと思い,極めて窮屈な日程ではあったがベルリンを訪れた。折から,2000年の首都機能のベルリン移転を目指し,旧東ベルリンのアレキサンダー広場,ポツダム広場などの主要な場所や建造物は,壮大なスケールで工事中であった。
 ブランデンブルク門を貫くウンター・デン・リンデン通りに面したフンボルト大学ベルリン(旧東ベルリン)は,ロベルト・コッホの下で学んだ北里柴三郎や森鷗外のほか近代日本の礎を築いた多くの日本人留学生が学び,カール・マルクス,フリードリッヒ・へーゲル,アルベルト・アインシュタイン,ヤーコブ・グリムなどが教授を務めたりした大学で,20余人のノーベル賞受賞者を輩出している。この大学での見学は,私にとってまさに興奮の連続であった。
 ここでの見学を終え,「明日帰国だが,ここまで来たら,やはり森鷗外記念館へ行こう」と地図を頼りに辿り着いた時,既に閉館時刻の14時を過ぎてドアに鍵が掛っていた。
 入館できないものの去りがたく,入口の辺りをうろうろして写真を撮っていると,「鷗外記念館にいらっしゃいましたか。どうぞお入りください。鍵を開けましょう」と流ちょうな日本語で声をかけてくれた40歳前後の女性がこの記念館の副館長のベアーテさんであった。閉館後にフンボルト大学日本学科へ帰り仕事をしていたが,急用を思い出して記念館へ戻られ,私たちと偶然会われることになったとのことであった。
写真 1 森鷗外記念館訪問

 「私は少し仕事をしますから,どうぞご自由に参観ください」との言葉に促され,館内をくまなく見学した(写真1)。
 見学を終え,ベアーテさんから日独文化交流の懸け橋になりたいと熱っぽく語られたさまざまな話の中で,北里大学とフンボルト大学との交流が,東西両ドイツの分断や,両大学の世代交代などがあって途切れているので是非復活させたいとの話が出た。そこで,北里大学には友人がいるので,帰国後ご意向を彼に伝えましょうと約束した。
 帰国後北里大学の友人に連絡をとり,幸い,その後両大学の交流は再開されたようで,思わぬ出会いから国際交流の一助に繋がった縁を実感し,大変嬉しいことであった。
 ともあれ,この偶然の出会いは,私の人生にとって忘れえぬ出来事であった。

≪独の鷗外記念館改修費用ピンチ,日本からの支援に期待≫
 上記は,昨年12月26日付の朝日新聞掲載のベルリン森鷗外記念館のベアーテ副館長の訴えの見出しである。
 森鷗外記念館は,1965年,当時日本ペンクラブ会長であった川端康成らが,ドイツ文学を日本に紹介して日独文化交流に尽力した鷗外の功績を称える記念銘板を彼がベルリンで最初に下宿した建物に取り付けてくれるように当時の東ベルリン市長へ要請したのを契機にこれが取り付けられ,鷗外のドイツ留学から100年となる1984年には「森鷗外記念室」が創設された。1989年には「森鷗外記念館」となり,現在,フンボルト大学ベルリンの日本学科の付属施設となり,ドイツ人に日本文化を紹介する「センター」と位置付けられている。
 この記念館を,老朽化に伴い30年ぶりに改修工事を行うことになったが,資金不足で困っているとのことであった。折しも,ロンドンの夏目漱石記念館が資金不足のため閉館するとのニュースが伝えられていた。
写真 2 ベアーテ副館長講演会

 ベアーテさんと私の交流は1998年以後も続けられ,2009年には,後述の鹿児島日独協会が主催して県医師会館で文化講演会の講師を務めていただいたりした(写真2)。
 こうしたご縁もあって,後述の鹿児島日独協会の有志らによって「鹿児島 『ベルリン森鷗外記念館』 協力募金会」(佐藤榮一会長)を結成し,私が事務局役を担当して活動を行うことになった(県会報2017年4月号)。
 その結果,まさに「人生意気に感ず」の様相で,全国各地の様々な領域の130人を上回る方々から多大な協力が得られ,その芳志を先方へ送金することができた。
 ベアーテ副館長からは,「このような多大なご援助をいただけるとは思ってもみませんでした。天にも昇る気持ちです。皆様の寛大なご支援に大変感激しております。このご恩にどう感謝していいか分かりません。どうか皆さまによろしくお伝えください。リニューアルした弊館への皆さまのお越しを心からお待ち申し上げます」というようなメッセージが寄せられた。

≪リニューアル・オープンの森鷗外記念館≫
写真 3 新装森鷗外記念館

 設立以来30年,老朽化していた記念館は,ベルリン大学の創設者ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの生誕250年に当る今年3月20日に新装開館した。
 ベアーテさんからの情報によると,新装の記念館は,従来のドイツ語中心だったパネルの説明に日本語が加えられた(写真3)。白木や和紙が使用されている展示物は,岩倉使節団やフンボルト大学の教育理念「自国や外国で学んだことは,全世界に還元すべきである」の紹介に始まり,入口付近の廊下には,1870年から1914年にかけてベルリン大学で学んだ747人の日本人留学生の名前がリストアップされている。次いで,文学者,翻訳家,軍医,衛生学者,ジャーナリストなど多面的に活躍した鷗外の足跡と「舞姫」などの作品,文化的功績,日独二国間の交流とその影響など時代背景も加えて詳細に解説している。別室の「記念室」には,鷗外のデスマスク,ベッド,机,洗面道具,タンスなどの調度品が置かれ,留学当時の下宿を再現しており,彼の生活ぶりを窺うことができる。
 新装開館以来,来館者からは,明るくなった,非常に見やすくなった,こんなに多くの資料があるのには驚いたなどの声が寄せられ,大変好評で,来館者数や滞在時間は大幅に増加したとのことである。
 この記念館には,図書室などもあり,お茶や生け花,書道,文学作品など日本文化の紹介・研究に関する展示や講演会なども行っており,鷗外の足跡・業績の研究・顕彰のみならず,日本とドイツの文化の相互理解,交流に重要な役割を果たしてきている。
 今回のリニューアル・オープンを契機に,この記念館が日独文化交流の拠点として益々発展することを期待している。また,できれば訪れて,ベアーテ副館長とも久し振りに歓談したいものである。

≪鹿児島日独協会のあゆみと活動≫
 ところで,前記の鹿児島日独協会であるが,
私がこの会へ入会したのは,正確な時期は失念したが,私より1年先に鹿大に赴任された佐藤榮一先生の勧誘であった。佐藤先生ご夫妻とは,中国医科大学および湖南医科大学(現・中南大学)と鹿大との学術交流協定締結のためご一緒に訪中したことなどもあり,公私ともに大変世話になっていたことから,早速入会した。ドイツに関しては,学生時代にドイツ医学を学び,国際会議出席などの機会に訪れたミュンヘンには,近代衛生学の始祖マックス・フォン・ペッテンコーフェルの研究所や墓石などもあり,予てから深い思い入れもあった。
 さて,この鹿児島日独協会は,1971年5月,当時鹿大医学部教授であった久保隆一・城哲男・私の前任者の北原経太先生らによる南九州日独医学協会を母体にして設立された。初代会長は上村行徳鹿大名誉教授,初代事務局長は城哲男教授であった。
 その後,今日まで,年数回の各種の例会開催を始め,駐日ドイツやオーストリアの大使や総領事などの来鹿・講演,ドイツ語圏からの文化人・研究者などとの交流・ドイツ語講座の開催など様々な活動を行い,節目の年には,種々の記念行事を行ってきた(写真4)。

写真 4 鹿児島日独協会30周年記念祝賀会


 現在,鹿児島日独協会は,会則で「世界の平和を希求し,学術・経済および諸文化面における日独両国およびドイツ語圏の国々との友好関係を助長し,併せて国民の相互理解の促進と親善に寄与すること」を目的にしている。
 因みに,ドイツ語を公用語としている国は,ドイツ,オーストリア,スイス(ドイツ語圏),リヒテンシュタイン,ルクセンブルグなどで,世界の母語人口では,ドイツ語は日本語に次いで第10位だという。
 本会は,現在,会長は佐藤榮一鹿大名誉教授,事務局長は中島大輔鹿大法文学部教授を中心に運営されている。
写真 5 鹿児島日独協会サロン・コンサート

 具体的には,定期的なものとして,年2回(春季・秋季)の例会講演会,クリスマス例会(年1回),サロン・コンサート例会(年1回)(写真5)の開催。日独の文化交流等に関する学習会「さつま・ドイツサロン」(原則奇数月の第3土曜日)開催。外国人留学生の日本語弁論大会,クラシック・コンサート・リサイタルの後援等を行っている。
 その他,不定期なものとして,最近は,大阪・神戸ドイツ連邦共和国オルブリッヒ総領事記念講演 [日独交流150周年],鹿大との共催による写真展「アンネ・フランク 『希望の未来』」展や「ドイツ統一25周年写真パネル展」を開催している。
 また,ドイツ語圏との文化・学術等の交流・関連団体等との共催・協力などを主たる活動にしている。
 例会講演会などいずれの会も会員以外の方の参加を歓迎している。
 なお,年会費は,一般会員3,000円(但し,同一世帯の2人目は1,000円,3人目からは無料),学生会員1,000円,外国人留学生無料,維持会員一口1万円以上であり,会員の紹介により入会できる。
 例会等への参加希望申込みや問合わせ,あるいは入会申込みなどは,事務局宛にメール(nakajima@leh.kagoshima-u.ac.jp)またはFAX(099-285-8882)でご連絡下さい。
 ともあれ,今年7回目の年男となった身ではあるが,これからも,鹿児島日独協会などを介して,海外の忘れえぬ人々との出会いを楽しみたいものである。





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