[緑陰随筆特集]

「平成29年度の鹿児島県看護協会の動向」

公益社団法人鹿児島県看護協会 会長 田畑千穂子

【2年目を迎え】
 平成29年5月20日(土)にかごしま県民交流センターで,500人(委任状を含めると9,450人)の参加の下,平成29年鹿児島県看護協会通常総会を開催しました。藤本徳昭県保健福祉部長,県医師会池田■哉会長のご祝辞をいただき,無事に終了することができました。この一年間の活動と平成29年度の事業への取り組みに対する「通信簿」のような緊張感をもって臨みまして,2年目がスタートしております。
 本年度の重点事項は,@地域包括ケアシステムの推進,A看護職が働きやすい環境づくりの推進,B看護の質向上および看護職の役割拡大の推進,C会員サービスの強化と会員増,の4点です。新規の取り組みとして,若手看護職の就業支援,看護教員の研修支援,訪問看護事業者の実態調査,訪問看護理解・連携促進事業,子どもと子育て世代包括ケア推進事業,認知症対策・連携体制整備事業などを計画しました。
 2025年問題を見据え,新たな鹿児島県医療計画に基づいて,県全体と2次医療圏毎に地域医療構想の策定が提示され,医療の機能分化や医療連携体制の構築,地域包括ケアシステムの整備など様々な施策が進められております。また,地域包括ケアシステムを実効性のあるものとするためには,医療の専門職の機能が各地域において広く十分に確保されることが不可欠で,訪問看護職の人材確保と提供体制の拡充,特定行為に係る看護師の研修制度の推進,看護職の勤務環境の改善とナースセンター事業の強化,子育て支援と虐待予防体制の強化にも努めて参ります。中でも,本県は離島・へき地など地域格差が大きく,看護職も鹿児島市内に集中する傾向があり,離島・へき地における人材確保は喫緊の課題となっております。これまで,離島における助産師不足問題に対し,産科医療施設の協力,行政,関係団体との連携・支援で何とか危機を脱することができた事例がありました。刻々と迫る課題をしっかり受け止めながら,県民の医療・看護・介護のニーズに応えられる最大の専門職能団体として,医師会や他の専門職能団体の皆様とともに,人材確保等に取り組んでまいりたいと思います。
 また,総会要項の挨拶では,この4月に,「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」からの最終報告を取り上げました。医療提供体制に係る改革に向けたこの報告書は「医療・介護従事者が将来展望を描くための拠りどころ」になると言われております。看護に関する主要な3点として,一つ目に,患者の複雑化や在宅領域の教育の追加など看護基礎教育年限を4年間へ拡充。二つ目は今後の看護師の新たな活動(ナースプラクショナー等)への期待,三つ目は,看護師の働き方として,夜勤交代制勤務の負担軽減は急務であり,夜勤時間数や回数,インターバル等の確保など働きやすい環境の整備でした。今後は,看護師の需給推計の議論や働き方ビジョンを踏まえた教育内容の検討へと移ります。このように地域包括ケアシステムの構築が進む中,医療の専門家である看護職員の確保と看護の質の向上は喫緊の課題であり,当会も積極的に取り組みを進めていきたいと考えます。

【フローレンス・ナイチンゲール記章】
写真 1

写真 2

 5月12日は看護の日,フローレンス・ナイチンゲールの生誕であります。本県は,鹿児島県,県医師会,県看護協会の共催による「看護の日記念行事」が開催されました。今年は413人の参加があり,その内,看護学生が350人で8割を占めていました。また,看護の日の記念行事として,毎年,鹿児島県看護業務功労賞の授与式が行われます。藤本徳昭県保健福祉部長より看護職10人に授与されました。皆様の看護職としての人生は平坦なものではなかったと推察され,長きに渡り奉仕の精神で務めて来られたことをご家族の皆様とともに心からお祝い申し上げます。
 記念講演に,第45回フローレンス・ナイチンゲール記章を授与された惣万佳代子氏を講師に迎え,テーマは「看護の原点」として「あったか地域の大家族」でした(写真1)。講演は,ナイチンゲール記章の記念式典の動画から始まりました。皇后美智子妃殿下より記章が授与され,惣万先生がお礼の言葉を述べられた様子が5分間に渡って流れました(写真2)。講演を終えて惣万先生を囲む食事会で,後日談として,美智子妃のささやくような「ご苦労様でした」という言葉で,「ぐっ」と胸に込み上げる感動に,涙があふれてきたと語られました。
 フローレンス・ナイチンゲール記章は世界で最高峰の記章ともいわれ,2年に一度の赤十字国際会議で決定されます。これまで世界では1,000人,日本では150人が授与されています。鹿児島県でも過去に,名誉ある二人の先輩があられます。一人は,昭和48年に授与された矢野シマ氏です。矢野氏は大正12年9月の関東大震災に日本赤十字社救護活動に七ヶ月間従事し,その責務を全うされた業績でした。もう一人は,昭和52年に長塩シヅ氏が受賞されました。長塩氏は戦時下の病院で活躍され,戦後に甲種看護婦養成所の開設に尽力され,教科書や教材が何もない時代に看護学生と寝食をともにされたことが語り継がれております。
 さて,惣万先生は,富山生まれで,デイサービス「このゆびとーまれ」の創設者です。平成5年に20年間勤務した富山赤十字病院を退職し,高齢者だけでなく,子どもや障がい者などの誰もが利用できるデイケアハウス「このゆびとーまれ」を開設されました。同施設は,当時の国の法律に基づいた郊外の大規模収容施設とは異なる,従来存在しなかった「地域密着,小規模,多機能」をコンセプトとした共生型福祉施設であり,これが後の「富山型」デイサービスとして発展し,今では全国1,400カ所以上に増えています。開設当時,公的な補助金の交付対象施設ではなかったことから,厳しい経営状況が続いていましたが,年齢や障がいの有無に関わらず,誰もが利用できるという施設の方針への共感と理解が広まったことにより,その後,補助金の交付対象となり,「富山型」デイサービスが全国に広がるきっかけとなりました。
 講演の中で,開設した当日「高齢者の利用を待っていたのに,初めての利用者は障がい児を持つ母親で,その日,母親は数年ぶりに美容室に行くことができた」と。それほど,障がい児を取り巻く環境は厳しく,365日,24時間,介護が母親一人の力で支えられていたと語られる。そして,入浴サービスを導入しようとすると「公衆浴場法」が,昼の食事を提供しようとすると「食品衛生法」が,利用者の送り迎えを支援しようとすると「道路運送法(いわゆる白タク)」の問題が次々のしかかってきて,市や県,厚生労働省までも通い続け,訴え続けられたそうです。制度の壁との戦いがあって,今では当たり前となった入浴サービス,利用者の移送,食事の提供などが実現していったと。看護の力で,法制度を動かしたとさらりと語り,改めて飾らないその人柄や「目の前の利用者のためという」一心の思いが会場の多くの学生の心を震わせていました。
 講演後,富山弁で惣万先生が「鹿児島の看護学生はいいですね」「みんな笑顔で挨拶してくれるのよ」と,鹿児島の看護学生たちがすれ違うたび声をかけられたことを話され,私自身も我がことのように嬉しいことでした。

【一日まちの保健室の開催】
写真 3

写真 4

 本会は「1日まちの保健室」を5月27日(土)に開催しました。買い物を利用してのイベントで総数2,044人の参加がありました。専門家が対応するとした,このイベントを担当された看護師たちは県内の各施設より“協力委員”として総勢60人でした(写真3)。ご協力いただいた施設の皆様に心から感謝申し上げます。
 開設した13のコーナーは,一般の健康管理としての@血圧測定,A血管年齢,B骨密度測定,C体組成,DBLS講習,E貯金運動(鹿屋体育大学で開発され全国へ普及),Fたばこ相談,G乳がん認定看護師が担当する乳がんセルフチェック,また,一昨年からの企画で,県栄養士会と県薬剤師会の協力を得て,H栄養相談,Iお薬相談コーナーを開設しました。この2つのコーナーは,気になることをゆっくり相談でき,一人平均30分前後もの時間をかけて相談する姿がありました。J進路相談,K未来の看護師を期待しての“プチナース”で白のエプロンにキャップ姿は母親や幼児には好評でした。会場に彩を添えてもらったのが,ぐりぶー・さくら(中央看護学校の看護学生のボランティア)と,Lバルーンコーナーでした。赤・黄・青・緑等のカラフルな花々や剣を手にした子供たちの笑顔があふれていました。ピエロ2人とバルーン作成の2人は驚いたことに看護師(今給黎総合病院・垂水中央病院)でした(写真4)。ポケットから風船を取り出し,次々とバルーンを膨らませ・ねじり・からませる,その器用さはプロ並みでした。「凄いね。どうして,そんなに作れるの」と尋ねると,「想像力でしょうか?」と答えていました。そして,ピエロの化粧と衣装は自分たちで準備したもので,そんなことは気にもせず,自らも楽しんでいました。ただ,ただ,その心意気に感銘しながら,感謝するばかりでした。

【日本看護協会版クリニカルラダー】
 医療提供体制の変化と働く場・働き方の多様化に伴い,あらゆる施設や場で活動可能な看護師が必要とされています。現在,看護師の能力やキャリアを開発する指標として,クリニカルラダーやキャリアラダーを導入している施設は多くありますが,ラダーの内容やレベルの基準は施設ごとに異なります。また,特に中小規模病院や高齢者介護施設,訪問看護ステーション等では教育に携わる人材の確保が困難であり,教育支援体制の強化を必要としている施設も多くあります。そのため,個々の看護師が所属する施設の枠にとどまらず,全国レベルで活用可能な指標を用いた看護実践能力の育成が不可欠となります。
 日本看護協会では,2014年度から重点事業として標準化を目指した「看護師のクリニカルラダー」の開発へ。2015年度には,意見収集やパブリックコメントを実施し,2016年5月20日に「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」を公表いたしました。本県においても,このクリカルラダーの導入を多くの施設が導入に向けた検討を始めております。
1. クリニカルラダー開発の目的
 「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)(以下,本クリニカルラダーと略す)」は,主に 以下の3点を目的に開発されました。@看護実践の場や看護師の背景に関わらず,すべての看護師に共通する看護実践能力の指標の開発と支援,A看護実践能力の適切な評価による担保および保証,B患者や利用者等への安全で安心な看護ケアの提供そして,将来的には全国的な標準ラダーによる看護実践能力の担保および保証,あらゆる場で働く看護師の能力評価への活用,ラダーに応じた役割や適切な処遇への活用等に結びつくことをねらいとしています。
2.「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」の位置づけ
図 1 クリニカルラダー(1)

図 2 クリニカルラダー(2)

 クリニカルラダーは看護師の能力開発・評価のシステムの1つです。「クリニカル」は看護実践を,「ラダー」ははしごを意味し,看護師の看護実践能力を段階的に表しています。各段階において期待される能力を示し,到達度によって看護師の能力が示されるシステムです。クリニカルラダーの活用により,看護師は能力段階を確認しながら自己研鑽や人材育成を目指すことが可能であり,人材育成にとっても有用なツールとして活用されています(図1・2)。
 「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」は,あらゆる場で働く看護師に共通して求められる看護の核となる実践能力を示しているため,具体的すぎず,看護師像が想像できる範囲の表現にしています。そのため,施設で活用される際には,行動目標を満たす具体的な看護実践を表現することが必要になると思われます。看護師の働く場の一例として,病院,高齢者介護施設,訪問看護ステーションを想定し,それぞれの場における教育や管理の専門家によるワーキンググループを設置し,行動目標に相当する具体的な看護実践の例を「看護師のクリニカルラダー(日本看護協会版)」の実践例として作成されました。施設において本クリニカルラダーを活用される際,施設の看護に合わせて,本クリニカルラダーの行動目標を達成するための看護実践の基準を作成される際に,この実践例を参考にしていただければ幸いです。

【おわりに】
 平成29年度のスタートにあたり,鹿児島市医師会報にこのような機会をいただき,心から感謝申し上げます。この原稿をすすめながらも,次々と多くの課題が飛び込んで参ります。特に,へき地における看護師確保のことは深刻な問題となっております。この混沌とした時代の中で,諦める気持ちを抱えつつも,英雄的な存在が救ってくれることを願ってしまいます。ただ,何かを動かし,何かが変わる時には, 行動力のある人物の「粘り強く,求め続けている存在」があります。差し伸べられた「手」はしっかりと握り返し,限られた資源の中で,できない事柄を並べることはせず,英知を集め,出来ることを一つでも増やしていければ幸いです。




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