=== 随筆・その他 ===
|
医療事故調と医療法務研究協会
(一般社団法人医療法務研究協会設立にあたって) |
|
|
本年1月31日,一般社団法人医療法務研究協会を設立し,理事長に就任した。2月25日には,東京・秋葉原で,設立記念講演会を盛会裏に開催することができた。筆者は,ここ数年,医療事故調査制度への対応に奔走したが,その最中に痛感したことがあったのである。われわれ医療者は,法律とほぼ無縁に,性善説で生きてきた。ところが,近年急速に,従来通り生きていけなくなってきている。
医療者と法律家の価値基準と思考過程は全く異なる
法律家から医療への介入が急速に増大しているのだが,価値基準,思考過程がわれわれ医療者と法律家と全く違うのである。その対応は,当然に,医療者の価値基準,思考過程を説明し理解を求め,そのうえで,新しい時代の考え方を確立するとともに,次の世代にしっかりと法的側面も含めて伝えていくことであろうと思う。ところが,これまでの医療者の対応は,外部の意見を鵜呑みにし,迎合し,医療内部に押し付けようとの姿勢が目立ったのではないかと思われる。医療者が医療者の立場を説明せずして,だれが医療を守るというのであろう。
医療事故調査制度がまさに,その典型であった。当初の制度が実施に移されることになれば,医療崩壊は明白であった。「医療の内」の制度,「医療安全」の制度として,良い制度に仕上がったのは,筆者らが,「医療の内」と「医療の外」を切り分ける考え方を提示し,これが,厚生労働省その他に理解されたことにあると思う。ところが,いまだに,「医療の内」と「医療の外」を認めながらも,両者を混同して論ずる人々がいる。一般人はやむを得ないとしても,医療関係者にこのような意見を公言する人がいることは残念としか言いようがない。
医療と法律の接点で起きている混乱
もとより,医師の本来の使命は,「人の生命や健康に資すること」である。ところが,医師の本来の使命とは別の「刑事司法」への協力,「行政手続き上の義務」等さまざまな義務が課されている。本来は協力規定であったはずのもので,ボランティア的要素のものが,今,「義務違反」として取りあげられるようになっている。
また,種々の場面で,それぞれの都合で「診断書」を要求されることもある(これはある意味,要求する側の責任回避の道具に使われているとさえ言えよう)。深く考えずに患者のことを思って発行した書類によって自分が罪に問われる事態は,とてもではないが受け入れがたい。これらの仕事が本当に必要なものか,場合によっては,責任を持って発行するだけの情報が与えられているのか,それ相応のコストが設定されているのか,一つひとつを考え直す時期に来ているのかもしれない。
もちろん,これらの個々の業務の見直しは大きな仕事であり,それなりの医療団体が考えるべきことで,これらの問題に直接,この研究協会で手をつけようとするものではない。しかしながら,現場で起こっている法律との接点について,情報を発信し,あるいは,情報を共有することにより,医療現場に貢献することは,ささやかなりとも意味のあることと思う。
「医療の外」から境界帯について検討する
医師法第21条問題と渾然一体となり,出口の見えなかった医療事故調査制度は,われわれが「医療の内」と「医療の外」を切り分ける提案をし,病院団体の合意を得,さらには厚生労働省の理解を得るところとなった。これがきっかけで,医師法第21条問題は「医療の外」の問題として「外表異状」で決着,医療事故調査制度は「医療の内」の制度として,わが国の医療安全の底上げに寄与する良き制度として仕上がったのである。
「医療の内」と「医療の外」について,四病協・日病協合意時の概要図(図)について説明すると,「医療の内」と「医療の外」の境界は一つの線ではない。帯状の「境界帯」である。敢えて,当時の筆者の著述(安全医学Vol.9(2):33-40,2013)から引用する。「もちろん,『医療の内』 と 『医療の外』 は明確に線引きされるわけではない。『医療の内』 の解決過程で紛争化する場合もあり,紛争解決への過程で相互理解を得て,『医療の内』 として解決に至る場合もあろう。これらのグレーゾーンを,図では 『医療の内』 と 『医療の外』 の帯状の境界で示している」。

図 基本的な考え方(四病協・日病協合意に基づく概要図)
病院団体合意の当初から,帯状の境界帯としてコンセンサスを得ていたものである。
医療事故調査制度は,「医療の内」の制度としてできあがった。着実に医療安全に寄与している。ところが,いまだに「医療の内」の報告書を「医療の外」に持ち出す。あるいは,「医療の外」から「医療の内」を攪乱しようとする動きが絶えない。
筆者は,これまで,「医療の内」の立場で,制度構築に関与してきたが,今回,立ち位置を変えて,「医療の外」の立場から,この「医療の内」と「医療の外」の間の「境界帯」についての検討を行おうと考えたのが「一般社団法人医療法務研究協会」設立の一つの動機である。言い方を変えれば,死因究明2法が制定されたときに,医療関連死は別の課題として整備することとされた。これが,整備解決されたのが「医療事故調査制度」である。今回,「医療の外」の死因究明制度の内,刑事司法から遠い部分,言わば,図の境界帯に近い部分を整理することにより,「医療安全」すなわち「医療の内」の制度を安定的な制度とできるのではないかということである。もちろんこの部分も一つの帯である。明確に線引きはできなくとも,「医療の内」の制度を安定化する「緩衝帯」としての役目を果たし得るのではないかと考えている。
以上,二つの視点について述べたが,医療と法律の接点は,その他,いろいろと存在するであろう。 医療事故調査制度の延長として,「医療の外」から,同制度の安定化を目指せないか。あるいは,不毛な紛争の解決の一助が見いだせないか。現場目線で情報発信あるいは情報共有を行うこと。これが,今回,「一般社団法人医療法務研究協会」を設立した一つの大きな理由である。本協会の活動が,今後の医療へのささやかな貢献となればうれしいと思っている次第である。
この論考の要旨は,本年2月25日開催された「一般社団法人医療法務研究協会設立記念講演会」において,理事長挨拶として述べたものであり,日本医療法人協会ニュース第393号に掲載したものです。

|
|
このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2017 |