=== 随筆・その他 ===


シリーズ医療事故調査制度とその周辺(2)
東京都立広尾病院事件(2)-医師法第21条と東京高裁判決
中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治

 前回,東京都立広尾病院事件の経過を,主に第1審である東京地方裁判所判決に基づいて紹介した。今回は,控訴審である東京高裁判決について,医師法第21条との関係で,判決の意義について紹介することとしたい。
【事件番号】東京高等裁判所判決/
      平成13年(う)第2491号
      医師法違反,虚偽有印公文書作成,同行使被告事件
【判決日付】平成15年5月19日
【判示事項】医師法第21条の法意
【判決要旨】医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が,死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず,死因を判定するためにその死体の外表を検査することをいい,死亡した者が診療中の患者であって,死亡診断書を交付すべきであると判断した場合であっても,死体を検案して異状があると認めたときは,同条に定める届出義務が生じる。
(主文)
 原判決を破棄する。
 被告人を懲役1年および罰金2万円に処する。この裁判が確定した日から3年間その執行を猶予する。
(事実経過)
 医師法第21条に関連する部分の経過の概略のみ記すとともに,高裁判決に関連する部分はあらためて記載する。詳細については,前号の東京地裁判決部分を参照いただきたい。
 本事件は,慢性関節リウマチにて左中指滑膜切除手術を受けた患者D子が術後経過良好であったが,抗生剤投与用の,点滴ルートの血液凝固防止のためのヘパロックを行うために用意したヘパリン生食(ヘパ生)注射器と消毒液ヒビテングルコネート液(ヒビグル)注射器とを取り違えたため,誤って,ヒビグルを注射し,患者D子が死亡した事件である。
 抗生剤の点滴終了後,G看護師によりヘパロックされたが,誤ってヒビグル約1mlが患者D子の体内に注入され,残り9mlは点滴器具内に残留した状態であった。2月11日午前9時15分頃,患者D子は顔面蒼白となり,「胸が苦しい。息苦しい。両手がしびれる」などと訴えたことから,当直医H医師の指示で,血管確保のため維持液の点滴が開始された。これが,結果的に,点滴器具内に残留していたヒビグル約9mlを全量患者D子の体内に注入させることとなり,これが致死原因となった。連絡を受けて駆け付けた主治医C医師は,心臓マッサージ中にH医師より,経過および看護師が薬剤を間違えて注入したかもしれないと言っていることを聞かされた。主治医C医師は,2月11日午前10時44分に死亡を確認した。
 その後,複数の看護師らは,死後の処置をしている間に,患者D子の右腕血管部分に沿って,血管が紫色に浮き出ているという異常な状態に気づいていた。
 翌2月12日午後1時頃,病理のW子医師らにより,病理解剖が行われたが,この時,主治医C医師は,前腕の皮膚斑を見て,少し驚いている感じ,「わあ,すごいな」と思った様子があり,これまであまり確実な自覚を持っていたようには見えなかった。解剖所見としては,右手前腕静脈血栓症および急性肺血栓塞栓のほか,遺体の血液がさらさらしていること(溶血状態を意味し,薬物が体内に入った可能性を示唆する)が判明した。解剖の結果,「右前腕皮静脈内に,おそらく点滴と関係した何らかの原因で生じた急性赤色凝固血栓が両肺に急性肺血栓塞栓症をおこし,呼吸不全から心不全に至ったと考えたい」と結論された。
 3月5日,組織学的検査の結果が判明し,前腕皮静脈内および両肺動脈内に多数の新鮮凝固血栓の存在が確認された。
(医師法第21条に関する判旨)
 医師法第21条は,「医師は,死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定めている。
 本件においては,まず,C医師がD子の死体を検案して異状があると認めたと認定できるかが問題である。
 その前に,争点の一つである,医師法第21条に定める「検案」の意義につき,裁判所(東京高裁)の見解を示す。
①医師法第21条に定める「検案」の意義
ア. 医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が,死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず,死因を判定するためにその死体の外表を検査することをいい,医師が,死亡した者が診療中の患者であったことから,死亡診断書を交付すべき場合であると判断した場合であっても,死体を検案して異状があると認めたときは,医師法第21条に定める届出義務が生じるものと解すべきである。
イ. 従来,医師法第19条2項,第20条に定める,死亡診断書を交付すべき場合と死体検案書を交付すべき場合の区別が論じられてきた。この点につき,昭和24年4月14日厚生省医務局長通知(医発第385号。以下「昭和24年通知」という)は,以下のように述べている。
1)死亡診断書は,診療中の患者が死亡した場合に交付されるものであるから,苟いやしくもその者が診療中の患者であった場合は,死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができる。ただし,この場合においては法第20条の本文の規定により,原則として死亡後改めて診察をしなければならない。
  法第20条但し書は,右の原則に対する例外として,診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に限り,改めて死後診断しなくても死亡診断書を交付し得ることを認めたものである。
2)診療中の患者であっても,それが他の全然別個の原因例えば交通事故等により死亡した場合は,死体検案書を交付すべきである。
3)死体検案書は,診療中の患者以外の者が死亡した場合に,死後その死体を検案して交付されるものである。
  このような医師法第19条2項,第20条に関する解釈の影響を受けて,医師法第21条にいう「検案」とは,死体検案書を交付すべき場合に死体を検案した場合に限られるとする趣旨の見解が見られた。原判決(東京地裁判決)も,「診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるときは,死体を検案した医師は医師法第21条の届け出をしなければならない」と説示しているところからすると,このような見解の流れに立つものと思われる。これによれば,当該事例が,死亡診断書を交付すべき場合か,あるいは,死体検案書を交付すべき場合かをまず決すべきことになるが,実際問題として,その死亡の時点でこれが必ずしも客観的に明らかでないこともあり,また,医師がその判断に迷うこともあると思われる。
ウ. 翻って,死亡診断書を交付すべき場合であっても,死亡診断のために死体の検案をすることはあり得る。昭和24年通知が,死亡の際に立ち会っていなかった場合につき,死亡後の診察という表現にしたのは,医師法第20条本文が規定する,診察したときは診断書を,検案したときは検案書を交付するとの区分けに忠実に考えたからと思われる。しかし,そもそも,検案それ自体の,医学上の定義は,医師が死因を判定するために死体の外表検査を行うことを言うとされてきたものであり,そこには,診療中の患者であったか否かによる限定はない。実質的にも,近似,DOA(医療機関搬入時に心停止・呼吸停止状態)の場合でも,医師がまだ死亡していないと判断し,診療を行ったときは,死亡診断書を交付すべきであると説明されてきたが,そこには境界的事例があり得るし,また,本件のような医療過誤の場合,昭和24年通知の解釈として,診療中の疾病と「全然別個の原因」と言えるかにつき,医師が判断に迷う場合もあり得る。そうしてみると,医師が死亡診断書を交付すべき場合であると判断したとのいわば形式的理由により,死体を検案して異状を認めておきながら,医師法第21条に定める届出義務が生じないとすることは相当でない。つまり,医師法第21条にいう「検案」を死体検案書を交付すべき場合に死体を検案した場合に限定することは相当でない。したがって,医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が,死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず,死因を判定するためにその死体の外表を検査することを言うものと解すべきであり,医師が,死亡した者が診療中の患者であったことから,死亡診断書を交付すべき場合であると判断した場合であっても,死体を検案して異状があると認めたときは,医師法第21条に定める届出義務が生じるものと解すべきである。
(東京高裁が認定した東京地裁判決の判旨)
 原判決(東京地裁判決)は,C医師は,D子の主治医であり,D子は術前検査では心電図などにも特に異常は認められず,手術は無事に終了し,術後経過も良好で,主治医として病状が急変するような疾患等の心当たりが全くなかったので,H医師から,看護師がヘパロックした直後,D子の容態が急変した状況の説明を受けるとともに,看護師がヘパロックする際にヘパ生とヒビグルを間違えて注入したかもしれないと言っている旨聞かされて,薬物を間違えて注入したことによりD子の病状が急変したのではないかとも思うとともに,心臓マッサージ中に,D子の右腕には色素沈着のような状態があることに気付いており,そして,D子の死亡を確認し,死亡原因が不明であると判断していることが認められるのであるから,C医師がD子の死亡を確認した際,その死体を検案して異状があるものとして認識していたものと認めるのが相当である,としている。
 また,原判決(東京地裁判決)は,D子はC医師が主治医として診療してきた入院患者であり,C医師はD子の容態が急変して死亡し,その死亡について誤薬投与の可能性があり,診療中の傷病等とは別の原因で死亡した疑いがあった状況のもとで,それまでの診療経過により把握していた情報,急変の経過についてH医師から説明を受けた内容,自身が蘇生措置の際などに目にしたD子の右腕の色素沈着などの事情を知った上で,心筋梗塞や薬物死の可能性も考え,死亡原因は不明であるとの判断をして,遺族に病理解剖の申し出をしているのであるから,D子の死体検案をしたものと言うべきであるとする。
②(東京地裁判決に対する東京高裁の見解)
 しかしながら,死体の検案とは,すでに述べたとおり,死因を判定するために死体の外表検査をすることであるところ,事実関係(本誌前号参照)によれば,平成11年2月11日午前10時44分頃,C医師が行った死体の検案すなわち外表検査は,D子の死亡を確認すると同時に,D子の死体の着衣に覆われていない外表を見たことにとどまる。異状性の認識については,誤薬の可能性につきH医師から説明を受けたことは,上記事実関係のとおりであるが,心臓マッサージ中にD子の右腕の色素沈着にC医師が気付いていたとの点については,以下に述べるとおり証明が十分であるとは言えない。C医師が心臓マッサージを施している際,D子の右腕には色素沈着のような状態が見られた旨供述する検察官調書が存在するが,それほど具体性のある供述ではなく,同時に,それをじっくり見て確認まではしなかった旨も供述していること,警察官調書においては,右手静脈の色素沈着については,病理解剖の外表検査のとき初めて気付いた旨供述し,原審公判および当審公判においても同旨の供述をしていること,これに沿う証言があることなどに照らすと,C医師は,当時,右腕の異状に明確に気づいていなかったのではないかとの疑いが残る。以上によれば,同日午前10時44分頃の時点のみで,C医師がD子の死体を検案して異状を認めたものと認定することはできず,この点において原判決には事実誤認がある。
③(医師法第21条違反についての東京高裁の判断)
 以下において,当審において予備的に変更された訴因(控訴審で検察が検案日時を予備的に病理解剖時点とする旨,訴因変更している)が認定できることを,説明する。すなわち,C医師はH医師から誤薬の可能性の説明を受けていたほか,平成11年2月11日午前10時44分頃D子の死体を検案し,次いで,予備的訴因で追加されたところの同月12日午後1時頃,病理解剖に立ち会った際,D子の死体の外表を検査して検案を行い,D子の死体の右腕の静脈に沿って赤い色素沈着がある異状を認めたことが明らかである。
④所轄警察署の届け出については,C医師は甲病院としての判断に委ねており,被告人(院長)は,ポラロイド写真を見せられて死体に異状があるとする報告等を受けるなどしながら,届け出しないとの判断を変えなかったことが認められ,以上によれば,被告人(院長)は,医師法第21条に定める所轄警察署への届け出をしないことにつき,C医師らと共謀を遂げたことが明らかである。
⑤(憲法違反についての東京高裁の見解)
 診療中の患者の死亡の場合に医師法第21条を適用することは,罪刑法定主義(憲法31条)に反し,また,不利益供述の拒否特権(憲法38条1項)に反するとの主張につき判断する。
 まず,医師法第21条に定める届出義務が発生する場合については,前記のとおり解釈すべきものである。このように解釈して同条を適用することが憲法第31条に違反することもない。次に,医師法第21条が要求しているのは,異状死体等があったことのみの届け出であり,それ以上の報告を求めるものではないから,診療中の患者が死亡した場合であっても,何ら自己に不利益な供述を強要するものでなく,その届出義務を課することが憲法第38条1項に違反することにはならない。
(虚偽有印公文書作成,同行使について)
 虚偽有印公文書作成,同行使の罪については,東京地裁判決をそのまま認めているので省略する。
(破棄自判)
 原判決は,医師法違反被告事件に関する部分につき破棄を免れないが,原判決全部を破棄した上,自判する。医師法違反被告事件については,控訴審で予備的に変更された訴因に基づき,次のとおり判決する。
 原判決(東京地裁判決)の罪となるべき事実中,「平成11年2月11日午前10時44分頃」とあるのを,「平成11年2月11日午前10時44分頃及び同月12日午後1時頃から」と改め,「右異状を認めたときから」を「右異状を認めた同月12日午後1時頃から」と改めるほかは,原判示と同一である(検案して異状を認めた日時が平成11年2月12日午後1時頃に変更されたが,所轄警察署へ届け出た時点では,すでに24時間を経過していた)。

まとめ
 長くなったが,重要判決なので重要箇所はできるだけそのまま記載した。この判決の大きな意味は,第1審の東京地裁判決を破棄したことであり,東京高裁が,自ら,医師法第21条および検案の解釈につき,見解を示したことである。被告人(院長)は,医師法違反,虚偽有印公文書作成・行使の罪で処罰されたが,高裁判決文の内容は医師法第21条の解釈上重要な点を含んでいる。第1審である東京地裁判決と控訴審の東京高裁判決の大きな違いは,「異状」を認識した時点,すなわち,医師法第21条の規定の24時間の判定起点が異なることである。その前提として,東京高裁は,①医師法第21条が定める死体の「検案」とは,「医師が死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず,死因を判定するためにその死体の外表を検査すること」と定義している。その上で,第1審の東京地裁判旨に触れ,②東京地裁が,死体の「検案」と認定した死亡確認時刻(平成11年2月11日午前10時44分頃)の外表検査は,死体の着衣に覆われていない外表を見たにとどまるとした。心臓マッサージ中に右腕の色素沈着に気付いていたとの検察官調書も具体的記述ではなく,「じっくり確認まではしていなかった」としている。警察官調書その他の証言と照らしても,死亡確認時刻にC医師は「右腕の異状に明確に気づいていなかったのではないかとの疑念が残る」とし,第1審判決に事実誤認があるとした。前号でも述べたように,東京地裁は,経過の異状を主な根拠としながらも,外表異状も根拠の一部として挙げている。高裁判決は,この地裁判決の「外表異状」の判定を明確に否定した。「じっくり確認」し,「明確に気づいて」いなければならないとし,東京地裁の認定時点では,「外表異状」を認めたとは言えないと述べている。この高裁判決は,「経過の異状」を否定し,「外表異状」の明確な「認識」が必要であるとしたところに大きな意味があると思われる。
 ③東京高裁は①,②を踏まえ,死体の「検案」時点を病理解剖時の平成11年2月12日午後1時頃であると認定している。「異状死体」の判断は「外表異状」によることを明示した判決であるが,控訴審においては,検察も「異状死体」の認定は,「外表異状」と認識していたようであり,「異状死体」の認識時点を病理解剖時点とすることを前提として訴因変更を行っているのである。
 ④院長の共謀については,病理解剖時のポラロイド写真を見,なおかつ,死体に「外表異状」があるとの報告を受けながら,「届け出しない」とのそれまでの方針を転換しなかったことが共謀の根拠とされている。「外表異状」に根拠を置き,病理解剖時点が起点であるとする論旨と整合する論旨で,病理解剖時点での「外表異状」を認識した後の院長の対応を問題としたのであろう。
 ⑤また,医師法第21条は,「検案」(死体の外表を検査)して,異状があれば届出義務が発生するものである。死亡した者が診療中の患者であったか否かを問わず,死体の外表に異状があったものを届け出るとすれば,憲法第31条の罪刑法定主義に違反することもない。また,医師法第21条が要求しているのは「異状死体」があったことのみの届け出であり,それ以上の報告を求めるものではないから,「診療中の患者死亡の場合であっても,自己に不利益な供述を強要するものではなく,届出義務を課すことが憲法第38条1項(不利益供述の拒否特権)に違反することにならない」と判示している。医師法第21条につき,合憲限定解釈を行ったものである。医師法第21条は,そもそも憲法違反ではないかとの疑念が提示されている。東京高裁判決が示す「外表異状」の合憲限定解釈の理論を厳密に行使することが違憲を避ける道である。未だに,「外表異状」ではなく,「経過の異状」を論ずる人がいるが,「経過の異状」で医師に届出義務を課すということは,医師法第21条は適用違憲ということになろう。最高裁は,この高裁判決を支持したが,最高裁判決については次号で説明したい。




このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2017