=== 新春随筆 ===

           海外渡航前に必要な予防接種
         −国内未承認輸入ワクチンの紹介−




 中央区・甲東支部
(済生会鹿児島病院)  久保園 高明

 本邦の海外渡航者は年間1,621万人に達し,また鹿児島県でも年間6万2千人が海外渡航を行っています(2015年)。しかしながら日本人の海外渡航者は外国人と比べて海外渡航に際しての健康管理が不十分であり,また国際的な水準と比べ,海外渡航者向けの予防接種(トラベラーズワクチン)の接種率が著しく低いのが現状です1)。2000年には国際的な渡航医学の専門誌Journal of Travel Medicineに,“The Japanese need travel vaccinations.”と題した屈辱的な論文2)がネパールの医師から発表され,旅行前の日本人のワクチン接種率の低さを世界中に暴露されてしまいました。
 長年,本県および隣接する宮崎県内には,海外渡航者に対して渡航地の感染症情報を提供し,腸チフスやコレラなどを含む十分なトラベラーズワクチンを提供できる医療施設が存在しなかったため,トラベラーズワクチンは福岡県や関東まで行かなければ接種できない状況が続いていました。そのような状況のなか,当院では海外航路の船員や航空会社の職員の健診受診者が多く,トラベラーズワクチンの要望が高まりました。2012年当時の中矢晴雄院長の英断により国内未承認の輸入ワクチンの導入を決定し,12月1日より,トラベラーズワクチンの接種を中心とした渡航外来(トラベルクリニック)を開始しました。今回はこの国内未承認輸入ワクチン(以下輸入ワクチンとします)を中心にトラベラーズワクチンについて紹介いたします。

輸入ワクチンについて
 トラベラーズワクチンに関して言うと,日本はまだまだワクチン後進国です。腸チフス,コレラ,Tdap(成人用の3種混合ワクチン)など比較的ニーズの高いワクチンでも国内では承認されているものがありません。また,国産のA型肝炎ワクチン,狂犬病ワクチンは供給量が不足していてすべての希望者には接種することが困難です。そこで,多くのトラベルクリニックでは輸入ワクチンを使用しています3)。
 輸入ワクチンは日本国内では未承認ですが,世界的には国産のワクチンよりはるかにシェアが高く,使用しやすいものが多くあります。当院でもA型肝炎ワクチン(HavrixR),A型B型肝炎混合ワクチン(TwinrixR),狂犬病ワクチン(RabipurR,VerorabR),髄膜炎菌ワクチン(MencevaxR),腸チフスワクチン(Typhim ViR)などを香港やスイスから輸入して使用しています。
 これらのワクチンについては,担当医が個人輸入し,九州厚生局を通じて厚生労働大臣に届けを出し,薬監証明を取得した上で医師個人の責任のもとで提供しています(図1)。
図1 国内未承認輸入ワクチンの接種方法


 当院の渡航外来では2012年12月から2016年11月までの4年間でのべ980人の受診者に対して,合計1,949本のトラベラーズワクチンを接種し,このうち970本が輸入ワクチンでした。その内訳はA型肝炎ワクチンHavrixR 279本,狂犬病ワクチンRabipurR 226本,VerorabR 195本,腸チフスワクチンTyphim ViR 81本などでした(表1)。また最近1年間の種類別の月別接種本数を図2に示しますが,2016年6,7,8月は海外へ転勤する人とその帯同者,夏休みに旅行する学生などが多く接種しています。

表1 輸入ワクチンの種類別接種本数     
   (済生会鹿児島病院:2012年12月〜2016年11月)


図2 月別種類別のワクチン接種本数
(済生会鹿児島病院:2015年12月〜2016年11月)


トラベラーズワクチンの接種にあたって
 地域別に推奨されるワクチンを大まかにまとめると表2のようになります。この中でA型肝炎と黄熱ワクチンとは短期間の旅行でも必要で,また狂犬病ワクチンは動物との接触が想定される場合に推奨されます。渡航地の感染症情報や推奨されるワクチンは,“The Travel and Tropical Medicine Manual”(Elsevier)や「海外渡航者のためのワクチンガイドライン2010」(協和企画)などの成書や,厚生労働省検疫所のホームページ“FORTH”や“TropimedR”,“TRAVAXR”などのWebsiteから得ることができます。さらに,渡航予定日までの期間,受診者の健康状態,年齢,過去のワクチン接種歴などを参考にして,ワクチンの接種計画をたてていきます。

表2 地域別に推奨されるワクチンの種類ワクチン


 個人の旅行でも,企業での出張や転勤でも,初回受診日から渡航予定日までに1カ月ほどの期間しかない場合が多く,この間に複数のワクチンを1〜3回接種しなければならないことが稀ではありません。日本の規則では,ワクチン同士の接種間隔は,不活化ワクチンあるいはトキソイドを接種した後は6日間,生ワクチンを接種した後は27日間以上空けなければいけないことになっています(国際的なスタンダードでは,生ワクチン同士は4週間以上空けなければなりませんが,その他に制約はなく,いつでも接種できます)。
 ただし同時接種は認められていますので,各ワクチンの接種方法に従って,同時接種を十分に念頭において接種計画をたてていきます。渡航外来のように一定期間内に接種すべきワクチンが多数ある場合は,同時に複数のワクチンを接種しなければ,必要なワクチンを接種することはできないため,複数のワクチンの同時接種は当たり前に行われています。当院でも,同時接種が半数以上で,3本以上接種することも稀ではありません。

国内承認ワクチンと輸入ワクチンの比較
 多くのトラベルクリニックでは,使い勝手がよいためにわざわざ手間をかけて,国内未承認のワクチンを輸入して接種しています。その利点について,代表的なトラベラーズワクチンであるA型肝炎ワクチン,B型肝炎ワクチン,狂犬病ワクチンについて述べていきます。
(1)A型肝炎ワクチン
 国内で承認されているのはエイムゲンRですが,このワクチンの接種方法(日程)は0日目(初回接種日),2〜4週後,6カ月後の3回ですので,渡航までに6カ月以上ないと3回目が接種できず,長期間の十分な免疫をつけることはできません。またエイムゲンRは日本のワクチンですので,外国で3回目を接種することは不可能です。
 一方,世界的にシェアの高いHavrixRという輸入ワクチンは1回の接種で1年間は効果があり,また6〜12カ月後に2回目の接種をすると20年間ほど免疫が持続すると言われています。世界で広く販売されているワクチンで外国でも2回目の接種ができます。
 またA型肝炎B型肝炎混合ワクチンであるTwinrixRは,通常は0日,4週後,6カ月後に接種しますが,迅速接種法として0日,1週後,3週後に接種することができ,さらに1年後に追加接種すると効果は約20年とされています。
図3 輸入したA型B型肝炎混合ワクチン
TwinrixR(Prefilled syringe)

 TwinrixRの写真を図3に示しますが,輸入ワクチンはこのようにPrefilled syringeが多く,業務の効率化,薬剤の取り違え・誤投与などの医療事故防止,異物混入・細菌汚染のリスクの軽減が期待できます。
(2)B型肝炎ワクチン
 国内承認ワクチンは,鹿児島県内の医療機関で多く採用されているビームゲンRと,もう1つヘプタバックス-URという製剤があります。いずれも0日目,4週後,6カ月後に接種するため,これも6カ月以上前からの接種が必要です。
 ビームゲンRは日本に多い遺伝子型C(血清型adr)のウイルスを抗原としている一方,ヘプタバックス-URは欧米に多い遺伝子型A(血清型adw)のウイルスに対して作られたワクチンですが,遺伝子型Cについても効果があることが確かめられています4)。
 また,ヘプタバックス-URとほぼ同じ製剤であるRecombivax HBR,および互換性のあるEngerix BR 5)は外国でも接種できるため,トラベラーズワクチンとしては,ヘプタバックス-URを使用しているトラベルクリニックが多いと聞いています。
 もちろん,ビームゲンRの遺伝子型Aのウイルスに対しての有効性,および他のB型肝炎ワクチンとの互換性が否定されているわけではありませんので,海外渡航者にビームゲンRを接種することも可能です。
 なお輸入ワクチンのEngerix BRは,通常は0日,4週後,6カ月後に接種しますが,迅速接種法として0日,1週後,3週後に接種することができ,さらに1年後に追加接種すると効果は約20年とされています。
(3)狂犬病ワクチン
 国産のワクチン(組織培養不活化狂犬病ワクチンR)の接種方法は,0日目,4週後,6〜12カ月後ですので,これも短期間では,中途半端な免疫しか獲得できません。またこのワクチンも日本にしかありませんので,3回目を現地で接種することはできません。
 狂犬病ワクチンは世界的にはRabipurRとVerorabRが高いシェアを占めており,これらを使用すれば,0日目,1週後,3または4週後の3回の接種[WHO(世界保健機関)方式6)]で免疫をつけることができます。また1年後に追加接種すれば,5年間効果が持続します。
 以上,代表的な3種類のワクチンで示しましたように,輸入ワクチンの最大の利点は3〜4週間で免疫をつけることができるという点です。

スケジュール作成の具体例
 それでは,約1カ月後にベトナムのホーチミン市に渡航し,3年間現地の大学で獣医学の研究をする予定の27歳の男性がトラベラーズワクチンの接種を希望して渡航外来を受診したと仮定して話を進めます。
 既往歴,アレルギー歴などに特記すべきものはなく,また麻疹やDPT(ジフテリア・百日咳・破傷風3種混合ワクチン)などの定期のワクチンはきちんと接種してあります。
 前述の成書やインターネットからの情報によると,ベトナムに渡航する際は,A型肝炎ワクチン,B型肝炎ワクチン,狂犬病ワクチン,破傷風トキソイドが推奨されていますので,ご本人と相談してこの4種類のワクチンを接種することとします。
 A型肝炎ワクチン,B型肝炎ワクチン,狂犬病ワクチンは国内承認のワクチンですと,3回目が6カ月後ですので,間に合いません。なお破傷風トキソイドは,0日目,3〜8週後,(6〜)12カ月〜18カ月後の3回接種となっていますが,きちんとDPTとDT(ジフテリア・破傷風2種混合ワクチン)を接種されていますので,1回の接種で大丈夫です。
 このような場合には輸入ワクチンのA型B型混合ワクチンのTwinrixRおよび狂犬病ワクチンのRabipurRまたはVerorabRを,0日目,1週後,3週後に同時接種し,そのいずれかの1日に破傷風トキソイドを接種すれば,当分の間は十分な免疫が持続するので,出発までに間に合います。そして1年後にTwinrixRとRabipurRまたはVerorabRを追加接種すれば長期間の効果が得られます。

国内承認の製剤がないワクチン
 腸チフスワクチン,コレラワクチン,ダニ媒介性脳炎ワクチンといった,世界的には広く接種されているワクチンも国内承認のものはありません。これらは,輸入ワクチンを使用するしかなく,当院ではそれぞれTyphim ViR,DukoralR,EncepurRというワクチンを準備しています。
 また先進国に留学したり,病院にお見舞いに行ったりする際には,Tdapという成人用の3種混合(ジフテリア・百日咳・破傷風)ワクチンを要求されることがありますが,これも国内承認のワクチンはなく,輸入ワクチンのBoostrixRを使っています。

輸入ワクチンの問題点
 輸入ワクチンの最大の問題点は,副反応によって健康被害が生じた場合に,国の予防接種健康被害救済制度の適応にならないことです。この場合ワクチンの輸入代行業者が加入している輸入ワクチン副作用被害救済制度による救済措置に頼ることになりますが,それが十分なものであるかどうかはわかりません。
 その他,ワクチンを入手するまでに時間がかかるため在庫管理に苦労する。ワクチンのシリンジ,箱などが個性的で,外国語で記載されているのでリスク管理に気を遣う。価格設定が難しいなどの問題があります。

最後に
 海外渡航前に必要な予防接種について,国内未承認輸入ワクチンを中心に書かせていただきました。多くのトラベルクリニックでは国内承認ワクチンだけでは海外渡航者のニーズに十分に応えることができずに輸入ワクチンも使用しています。輸入ワクチンはトラベラーズワクチンの種類と数をそろえるためだけではなく,免疫をつけるうえで有利なこともあり,当院でも4年間で多くの需要がありました。海外渡航される方々が感染症対策を適切に行い,健康で安全な旅行や滞在ができるように,現在は国内未承認の輸入ワクチンが一刻も早く国内で承認され,広く普及して接種しやすくなることが望まれます。

参考文献
1)尾内一信. 話題の既成ワクチンの最新動向と展望. トラベラーズワクチン. 日本臨牀2011; 69: 1599-1603.
2)Basnyat B, Pokhrel G, Cohen Y. The Japanese need travel vaccinations. J Travel Med 2000; 7: 37.
3)渡邊 浩. トラベラーズワクチン−現状と日本にないワクチンを今後どうするか. 臨床検査2010; 54: 1279-1283.
4)Chang MH. Breakthrough HBV infection in vaccinated children in Taiwan: surveillance for HBV mutants. Antivir Ther 2010; 15: 463-469.
5)Seto D, West D, Gilliam R, et al. Antibody responses of healthy neonates to two mixed regimens of hepatitis B vaccine. Pediatr Infect Dis J 1999; 18: 840-842.
6)WHO. WHO Expert Consultation on rabies. World Health Organ Tech Rep Ser 2005; 931: 1-88,back cover.




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