=== 新春随筆 ===

           不易流行(ふえきりゅうこう)




 南区・谷山支部
(鹿児島赤十字病院)  武冨 榮二

 新年を迎えるに当たり,平成28年を振り返ると,国内外で想定外の出来事が数多く起こったように思える。4月に発生した熊本地震は,地域の誰もが想定していなかった災害であったし,博多駅周辺での地盤崩落にも全国民が驚いたと思う。海外に目を転ずると,イギリスのEU(欧州連合)離脱可否国民投票も想定外の結果であったように思われるし,米国の大統領選でトランプ氏が勝利することは,多くのマスコミが予想していなかった結果であった。さらにトランプ新大統領の選出により,日本にどのような影響が及び,世界にどのような変化が起きるかについては,誰にも想定できないものと思われる。
 これらの例を挙げるまでもなく,人口減,高齢化の問題など日本の内部環境と日本を取り巻く国際状況(外部環境)が急速に変化しているなかで,社会保障制度の根本的改革,我が国の安全保障の見直しなどが,急激に進むものと予想される。
 2016年2月26日,総務省統計局は平成27年国勢調査の人口速報集計結果を発表した。日本の人口は,1920年の国勢調査開始以来,初めての減少となった。人口が増加したのは,沖縄県,東京都,愛知県,福岡県など8都県で,39道府県が減少となった。日本で最も人口が多かったのは,東京都で1,351万4千人と,全国の10.6%を占めた。また東京圏(東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県)の人口は3,612万6千人で,人口の首都圏一極集中が進んでおり,同時に地方の急激な人口減,つまり地方の過疎化が進んでいる実態が示された。
 政府,厚生労働省は,将来の人口減に備えた社会保障制度改革の推進を進めている。しかし,国勢調査の結果が示すように,人口動態等の内部環境は地域によって大きく異なり,地域ごとの実情にあった医療提供体制の構築が必要とされる。医療関係者は,主として政府や関連団体等より発信される様々な将来予測値に基づいて,短・中期計画を立てているものと思われるが,5−10年先の医療需要等の未来予測図については,不透明といわざるを得ないと思う。
 人間にとって最も深刻な思索は,世の中が急激に変わるということであろう。その変化に対して,ともに流れれば理想を失い個人の自覚は埋没する。流れに逆らって自分の価値観に固執すれば固陋といわれる。この難題を松尾芭蕉は「不易流行」で解決しようとした。「不易流行」とは,俳諧では,自然に四季の変化(流行)と実態の存続(不易)があるように,俳諧にも変わらない部分(不易)と一時的な形(流行)があり,両者を「風雅の誠」で統一,止揚することとある。不易とは変わらないこと,流行とは変化すること,不変なものと変化するものを一つにまとめあげることのようである。社会に当てはめれば,よき伝統を守りながら(不易)進歩に目を閉ざさない(流行)によって「理想」を創造するという考えといえる1)。
 一方,明治以降の日本人は,新しいもの「流行」を求め続け,古いものを顧みる知恵「不易」を失っていったという意見もある。その結果,「理想」が失われ,美味しいものを食べたい,便利に生活したいという物質的な「流行」はあっても,精神的に充足した真の生き方である理想(不易)に目を向けてこなかったという意見である。夏目漱石は「現代日本の開化」の講演のなかで,このことを「上滑りの開化」と指摘している。西洋の開化は内発的であるが,日本の現代の開化は外発的で,「鎖港排外の空気で二百年も麻酔したあげく突然西洋文化の刺激に跳ね上がって,外から無理押しに押されて否応なしにもたらされたものであった」と述べている。ではどうしてこの急場を切り抜けるかと質問され,「申した通り私には名案もなにもない。ただ神経衰弱に罹らない程度において,内発的に変化して行くが好かろうというような体裁の好いことを言うよりほかに仕方がない」と答えたとある2)。
 鹿児島県においては,既に,少子化・過疎化が進み市町村合併等で活力を失った地域では,効率化の名のもとに,多くの小・中学校で統廃合が進められているが,医療と教育は地域づくりの核ともいえる。鹿児島の温かい気候と共助の精神で,現在地方・田舎で暮らしている世代は,その地で何とか持ちこたえるかもしれない。しかし,次の世代に地方で暮らす価値観や必要性がなくなれば,子供の教育や仕事を求めて,都会に出て行くのはある意味必然ともいえる。
 日本,鹿児島がそれぞれの外部環境の変化に目を向けながらも,自らの理想を忘れることなく,どうあるべきかを自ら考える,いわば自立・自興(鎌田要人元知事の言葉)の精神で内発的に改革が進む事を期待する今日この頃である。

参考文献
1)森本哲郎:不易流行,サムライ・マインド−日本人の生き方を問う(PHP文庫):1993
2)夏目漱石:現代日本の開化−明治四十四年八月和歌山において述−(筑摩書房):1988




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