=== 随筆・その他 ===
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医師法第21条(異状死体等の届出義務)判定基準は外表異状である
-反対論の根拠とされる東京地裁八王子支部判決と医師法第21条を考える- |
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医師法第21条(異状死体等の届出義務)は,都立広尾病院事件最高裁判決,田村憲久厚労大臣発言,平成27年度版死亡診断書記入マニュアルにより,司法・行政ともに「外表異状」として決着していると考えられるが,未だに「過誤は届け出なければならない」,「異状死は届け出なければならない」との誤った説明を行っている人々がいる。また,「外表異状」を認めながらも,「経過の異状」も対象になるとの意見に固執している人々がいる。自民党「医療事故調査制度の見直し等に関するワーキングチーム」のヒアリングのなかでも筆者の見解を述べたにもかかわらず,「経過の異状」にこだわり,医師法第21条が無害化しつつあるこの時期に「医師法第21条単独改正」を主張している人々がいる。この「経過の異状」に固執している人々に引用されるのが,昭和44年3月27日の東京地裁八王子支部判決である。今回,これらの意見の誤りを正し,現時点で医師法第21条単独改正が不適切な主張であることを述べたいと思う。
1.事件
昭和44年3月27日判決,東京地裁八王子支部判決[昭和42年(わ)第4号],医師法違反,虚偽診断書作成,同行使,医療法違反
2.判示事項
医師法第21条にいう「死体を検案して異状があると認めたとき」の意義
3.判決理由要旨
(罪となるべき事実)
被告人は,病院(精神科,外科,内科)を経営管理していた医師。昭和41年1月25日,入院患者A女(63歳)が屋外療法実施中行方不明となり,所在を捜索。2日後の27日午前7時頃,同病院から500メートル離れた国有林の沢の中で死体となって発見。同病院に搬入後,午前11時頃,死体を検案。死体に異状があると認めたのに警察に届け出をしなかった。同28日,A女は,国有林で死亡したのに,死亡場所を同病院とする死亡診断書を作成,行使した。
(医療法違反部分については省略)
(裁判所の判断)
供述調書によれば,患者A女は行方不明になる前は別に異状なく,4-5日前に軽い脳出血の症状,前日に尿毒症のような症状をみせたがとくに原因は判らなかった。1月27日午前10時頃A女が裏山の沢の中で死んでいたとの報告を受け,同院に搬入して検案した。検案の結果,特に異状を認めなかったので,尿毒症による心臓麻痺と判断,病死であり異状死ではないと認め警察へは届け出なかった。
上記供述書に基づき,裁判所は以下の判断を行った。
医師法第21条は,医師が死体を検案して異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署に届け出なければならないとしている。また,変死者または変死の疑いのある死体がある時は警察署長は警察本部長に報告し,検察官が検視することと定められている。
医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきである。したがって,死体自体から認識できる何らかの異状な症状ないし痕跡が存する場合だけでなく,死体が発見されるに至ったいきさつ,死体発見場所,状況,身許,性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異状を認めた場合を含む。なぜなら,医師法が医師に対し,所轄警察署への届出義務を課したのは,当該死体が純然たる病死(自然死)であり,かつ死亡に至る経過についても何ら異状が認められない場合は別として,死体の発見(存在)は往々にして犯罪と結びつく場合があるからである。これは,医師が自ら診療中である患者の死体を検案した場合であっても同様である。医師法第20条によれば,24時間を超えて医師の管理を離脱して死亡した場合には,診療中の患者とは言い難く,したがってかかる場合には,当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている。
ところで,関係証拠によれば,患者A女は被告人の経営管理する病院の入院患者で,自ら診療していたが,2日間病院を脱走して所在不明であったこと,生前死亡する病因はなかったこと,死体発見場所は500メートル離れた山中の沢のなかで,付近に人家,人通りなく,丸木橋の近くであったこと,相当老齢であることを考えれば,検案した死体に異状があったことは明白である。
上記判旨にて,被告人の主張は採用できないとして有罪とした。
4.判旨についての考察
(1)医師法第20条について
医師法第20条については,「医師は,自ら診察しないで治療をし,若しくは処方せんを交付し,・・・・又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し,診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については,この限りでない」としている。このただし書について同趣旨の二つの通知が出されている。平成24年通知が解りやすいので,同通知を中心に考察する。判旨は,医師法第20条によれば,24時間を超えて医師の管理を離脱して死亡した場合には,診療中の患者とは言い難く,当該医師による死亡診断書の作成は禁じられていると述べている。しかし,厚労省通知においては,医師が死亡の際に立ち会っておらず,生前の診察後24時間を経過した場合であっても,死亡後改めて診察を行い,生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には,死亡診断書を交付することが認められている。医師法第20条に関する本判旨は誤りというべきであろう。論点は「24時間を経過しているから死亡診断書の交付ができるか否か」ではなく,「生前に診療していた傷病に関連した死亡であるか否か」なのである。生前に診療していた傷病に関連した死亡であると判定できない場合には,死体の検案を行うこととなる。死体の検案を行って,死体に異状があると認められた場合に,この時点で,初めて警察への届出義務が発生するのである。
本判旨は,生前に診療していた傷病に関連した死亡であるか否かの検討を行っておらず,ただ単に24時間を経過したことのみをもって医師法第20条違反と断じているが,これは誤判と言うべきであろう。この判決は昭和44年に出されたものである。当然,平成24年通知は出されていない。平成24年通知に基づき考察を行ったが,当時広く知られていた昭和24年通知においても,「・・・診療中の患者であった場合は,死亡の際に立ち会っていなかった場合でもこれを交付することができる。但し,この場合においては法第20条の本文の規定により,原則として死亡後改めて診察をしなければならない」と記載されており,誤判の結論に変わりはない。
また,判決は,「医師が自ら診療中である患者の死体を検案した場合であっても同様である」と断じている。死亡診断書と死体検案書の明確な定義も示さず,ここで交付すべきものが死亡診断書か死体検案書かも明示せず,死亡診断書交付についての誤判断の下に,唐突に「医師が自ら診療中である患者の死体を検案した場合であっても同様である」との結論は有為の判決とは言えないであろう。
(2)医師法第21条について
本判決は,供述調書の内容も含め,死亡診断書と死体検案書との区別なく論述されている。また,検案についても明確な定義がなされていない。本判決は,医師法第21条につき,「医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきである」と述べ,「死体が発見されるに至ったいきさつ,死体発見場所,状況,身許,性別等諸般の事情を考慮」とも述べている。この法医学的な異状というのは,本判旨に照らせば,死体発見のいきさつ,死体発見場所等のことであり,いわゆる不審死体のことである。病院内死亡のいわゆる診療関連死を対象としたものではないと解すべきであろう。法医学的異状の言葉が拡大解釈・流布されて一人歩きした結果,その後の問題を引き起こすこととなったという別の意味で注目すべき判決である。
また,「死亡に至る経過についても何ら異状が認められない場合は別として・・・」との記載があり,これが,「経過の異状」説として流布された。しかし,この文脈は「経過の異状」を届出基準としたものではなく,「死亡に至る経過についても何ら異状が認められない場合は別として・・・」という記載内容である。「経過の異状もない場合」は,届出対象外であることに全く問題がないとして,当然の届出対象外事例を述べたものに過ぎない。この文脈を「経過の異状」が対象と読むのは誤読であろう。
(3)検視について
本判決は,変死者または変死の疑いのある死体がある時は警察署長は警察本部長に報告し,検察官が検視をすることと述べている。刑事訴訟法は,行政検視の結果,変死体と判明すれば司法検視が行われる旨規定しているが,これは捜査機関による捜査の端緒であり,医師に課せられた義務ではない。
(4)本事案について
本判決は,死体の外表の異状について明示してはいない。しかし,死体発見のいきさつ,死体発見場所と状況について詳述しており,その結果,検案した死体に異状があったことは明白であると結論づけ,被告人の主張は採用できないとしている。文脈からすれば,何らかの外表異状の存在を強く疑う論調とも思われる。隠された外表異状と言えなくもない。
また,本事案は,病院内で起こったものでもなく,病院敷地内で起こったことでもない。国有林の中で,死体で発見されたものであり,診療関連死に分類するのが不適当な事案である。単に,国有林内で発見された不審死体の取り扱いに関する見解と言えよう。
5.本判決と医師法第21条の関係
本判決は,異状死体の判断に際して,「経過の異状」を取り入れていると言われている。しかし,前述したように,「死亡に至る経過についても何ら異状が認められない場合」は,問題外とした論旨であり,「経過の異状」を判断根拠としているとは言い難い。また法医学的異状に関しても,単に死体の発見場所・状況を考慮するように述べたものに過ぎず,不審死体についての判断根拠である。診療関連死に妥当するものとは言い難い。
また,「経過の異状」は,東京都立広尾病院事件1審判決で取り入れられたが,これは控訴審である東京高裁により破棄自判された。東京高裁は,医師法第21条を限定解釈し,「外表異状」としている。控訴審で異状の判定時点について訴因追加がなされたことを考えれば,外表異状で判断すべきことは,検察も,この時点で既に認識していたことは明白である。高裁判決の判旨はそのまま最高裁で踏襲されている。周知のとおり,医師法第21条は外表異状で決着したものと言えよう。昭和44年東京地裁八王子支部判決が,外表異状否定根拠とはなりえないのである。
6.おわりに
医師法第21条については,外表異状を根拠とすることは,最高裁判決により確定している。外表異状の考えが現場に浸透するのに時間を要したが,医療事故調の議論の過程において,田村憲久厚労大臣答弁,厚労省による死亡診断書記入マニュアル改訂等により行政的にも確立した。また,医療関係者にも外表異状が浸透したことは有意義なことであった。現在の論調で外表異状を全否定するものは少なくなってきたが,外表異状だけではなく,経過の異状もあるとの意見が未だに存在している。その根拠として,東京地裁八王子支部判決が取り上げられるので,本判決は根拠とはなりえないことを論述した。八王子支部判決の内容はともかく,経過の異状を論点とする考えは東京都立広尾病院事件東京地裁判決に受け継がれたが,同判決は控訴審裁判で破棄され,医師法第21条にいう異状死体は外表異状として自判されたことが,経過の異状を否定する最大の根拠である。本事案のように,山中で発見された不審死体等は,元々が警察領域の話であり,それ相応の対応が必要であり,医療関連死についての前例とはなりえない。医療関連死については,医師法第21条にいう異状死体の判断は外表異状によるものと言うべきである。
本論考は,日本医療法人協会ニュース10月号に掲載したものを,一部修正したものです。医師法第21条の正しい理解を促すために鹿児島市医報に掲載することとしました。

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