[緑陰随筆特集]

『看護を求める人のもとへ必要な看護が届けられるように』

     鹿児島県看護協会 会長 田畑千穂子

【自己紹介に代えて】
 鹿児島県看護協会は,公益社団法人として5年目を迎え,会員が11,705人(平成28年4月現在)となりました。日ごろから本協会へのご支援,ご協力をいただき心から感謝申し上げます。
 私は,副会長2年間務め,5月21日に開催されました平成28年度鹿児島県看護協会通常総会でこの会長職に就任いたしました田畑千穂子と申します。未熟なことも多くありますが,どうぞよろしくお願いいたします。
 看護師としては,奈良県立医科大学附属病院(手術室),鹿児島大学附属病院(ICU・消化器外科病棟),神戸大学附属病院(循環器外科),鹿児島大学附属病院(歯科病棟・安全管理者・産婦人科病棟・看護部)と勤務して参りました。多くの尊敬する方々との出会いに心から感謝しております。
 「看護」という仕事を選び,後悔はありません。看護は実践の科学で,死生観,自然観,人間観,宗教観など,基礎的な学問を看護という視点から学べたことは人生観そのものにも影響を受けてきたかもしれません。人生はよく山登りに例えられます。私は看護という登山口から人生の山を登ることができたことは,「これで良かった」と自分を肯定的にとらえております。また多くの患者さん,看護職の仲間,先生(医師)方,看護学校や教育関係者等とのご縁があって,看護を語りながらここまで登り続けて来られました。
 日本看護協会の坂本すが会長は「看護師は生涯現役,70歳までは働きましょう」と常々話されます。また,本会の名誉会員の先輩で82歳まで勤めておられる超人的な方もあられます。医師の世界では生涯現役は特別なことではないかもしれませんが,看護界ではまだまだ一部の存在となっております。しかし,医療の現場を離れた多くの仲間達(潜在看護師)も,地域のコミュニティでのボランティア活動や家族看護・介護の担い手として貴重な存在であり,社会資源となっていることも事実かと思われます。これからの超高齢化社会を取り巻く状況の中で多くの看護職の仲間達が働き方を変えて,そして職場を変えて働き続けることを選んでおり,私もその一人となるのかもしれません。
 この変革の時を医師会,歯科医師会,薬剤師会等の皆様とともに,連携・協働し,それぞれの専門性を発揮しながら乗り越えていきたいと願っております。そして,本会の基本理念であります「人々の人間としての尊厳を維持し,健康で幸福でありたいという普遍的なニーズに応え,人々の健康な生活の実現に貢献する」という使命を果たすべく,本会事業に取り組んで参りたいと思います。

【熊本地震への災害支援と災害支援ナースの育成について】
 平成28年(2016年)4月14日,16日に発生した熊本地震では多くの方々が甚大な被害を受けられ,今なお余震の発生が続き,被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。本会は4月15日に災害本部を立ち上げ,日本看護協会と連携し県内の災害支援ナース所属施設に派遣準備依頼をいたしました。第一陣が4月23日に熊本県上益城郡へ向け災害支援ナース4人が出発したのを始めとし,県内の17施設・個人会員のご協力をいただき28人の災害支援ナースが避難施設で支援活動にあたって参りました。看護支援活動は自己完結型が基本で,24時間常駐体制での活動でした。避難所を中心に医療・介護が必要な避難者へのケアで,夜間になって不安や不眠を訴える被災者も多く,症状の悪化への迅速な対応を含め,被災地の方々より多くの感謝をいただいております。
 災害支援ナースの被災地での活動時期は,発災後3日以降から1カ月間が目安で,今回の熊本地震も6月1日を持って一区切りとなりましたが,現在も被災地の復興に向けた義援金の募集など支援活動を継続しております。災害支援ナースを送り出してくださった各部署の管理者,勤務交代などと快く引き受けていただいた同僚の皆様,何よりもご家族のご理解とご協力があって可能になったわけで,改めて,この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 本県の災害支援ナース登録者は平成27年度末で91人です。災害支援ナースの多くが看護師ですが,避難施設では周産期にある女性の苦悩も聞かれ,助産師の受講希望者も増えてくるものと思われます。災害支援ナースの研修は,日本看護協会からインターネット配信によるもので「災害支援ナースの基礎知識〜災害看護の第一歩〜」と題した2日間です。研修受講後の災害支援ナースへの登録は自由で,研修だけでも受講可能となっております。また,災害支援ナースの資質向上を目的として,レベルアップ研修,フォローアップ研修を本会で開催しております。平成27年度のフォローアップ研修では県総合防災訓練に16人,桜島火山爆発総合訓練に37人の参加がありました。鹿児島県は8.6水害や桜島大噴火等,自然災害に何度もさらされてきました。今後も大規模な自然災害が予測されております。県の災害対策強化に向けましても行政,他職能団体とともに積極的に取り組んで参ります。

【看護協会の事業と平成28年度の看護協会の重点項目について】
 鹿児島県では2025年問題を見据え,医療の機能分化や医療連携体制の構築,地域包括ケアシステムの整備など様々な施策が進められております。また,地域包括ケアシステムを実効性のあるものとするためには,医療・看護・介護等多職種と連携と協働を推進するとともに人材育成が最も重要と考えます。
 本会は,看護の卒後継続教育(資格取得後に看護職を対象に,日々高度化する看護業務に従事するための継続的に実施する研修)や医療安全研修など看護の質向上に関する事業,看護学会の開催など学術研究の振興に関する事業,看護職の看護業務や労働環境の改善および福祉の向上をはかる事業,地域ケアサービスおよび地域支援事業などを実施し,安心・安全な医療環境を整備する事により,県民の健康な生活を実現し,公衆衛生の向上に寄与することを目指しております。
 鹿児島県看護協会の平成28年度の重点事業は,下記の4項目です。
 1.地域包括ケアの推進
 2.看護職が働きやすい環境づくり
 3.看護の質向上及び看護職の役割拡大
 4.会員サービスの強化と会員増
 新規の取り組みとして,医療・看護をつなぐ研修支援,診療所・小規模施設で働く看護職員研修支援,准看護師研修の充実,男性看護職の交流会,働くパパママ支援研修会等を計画いたしました。また統括保健師育成研修や助産実践能力習熟段階V認証制度の推進,看護師クリニカルラダーの普及・啓発など看護職のキャリアアップ支援も強化しております。

【日本看護協会通常総会と新たな動き】
看護基礎教育4年制ポスター

 平成28年度の日本看護協会通常総会が6月7・8日の両日,千葉の幕張メッセで開催されました。坂本すが会長は,3期目の最後の1年の抱負として「必要とする人々の下に看護が届けられるよう制度改革や仕組みづくりを着実に,時には大胆に推進していく」と述べ,その第一に「看護師基礎教育の4年制化実現に向けて行動する」と看護教育の抜本的な改革をあげられました。高度な調整能力を身に着けるには現状の教育時間では足りないとし,看護基礎教育の大幅な拡充と年限延長は必須であると。今後のあり方については,協会の方針や法制改正等に向けた方策の明確化を行うこと,現状の基礎教育や到達目標の到達状況を情報収集し,課題を整理して今後の目指すべき水準や強化・充実が必要な教育を明らかにしてゆくと強調されました。その言葉の通り,1週間後には活動強化のためのポスターが届き,本会も様々な機会を得ては活動して参ります(今回,そのポスターを紹介させていただきました)。
 次に,認定看護師制度の改革がはじまることも明らかになりました。昨年,10月に施行された特定行為に係る看護師の研修制度は歴史的な一歩となりました。現在,特定行為研修機関は自治医科大学や大分県立看護大学等21カ所ありますが,日本看護協会では3分野の認定看護師39人が研修中です。来年度から4年間で,全21分野の認定看護師に対する特定行為研修を集中的に実施していく予定で,認定看護師研修に特定行為研修が組み込まれる,一体的な研修も検討されています。
 2016年6月現在,本県における認定看護師は223人(認定看護師数全国17位)で,緩和ケア認定看護師が37人と最も多く,少ない分野の認知症看護(1人)と不妊症看護(0人)が課題となっております。本会が県内の認定看護師82人を対象とした特定行為研修の受講希望調査では,「県外開催でも受けたい」12人(14.6%),「県内開催なら受けたい」32人(39.0%),「現時点では判断できない」33人(40.2%),「受けたくない」「無回答」5人(6.1%)でした。
 鹿児島大学病院は平成28年5月31日に特定行為研修センターとして特定行為研修を行う指定機関として九州厚生局に区分別3科目(呼吸器関連:気道確保・呼吸器関連:人工呼吸療法に係るもの・循環動態)を申請中と伺っております。鹿児島県の離島を抱える特徴から,施設内だけでなく離島やへき地における看護師にとって受講しやすい環境を整えてゆくことも本会の役割と考えております。特定行為研修を修了した看護師達の活躍は,県民にとっても限られた人材で県民の医療と生活を支え,効率的かつ効果的医療を提供できる体制の整備につながっていくものと考えております。

図1 鹿児島県における認定看護師数


【看護管理者の看護観と優しい病院】
 職場風土は看護師長そのものと言われます。看護管理者の果たす役割は大きくその施設の「顔」と言っても過言ではありません。インシデント発生時には看護師(当事者)を支えながら事故分析や再発防止策を提示しなければならず,誰も孤独にせず,悪者にもせず,患者の意思を尊重する組織づくりが求められています。それには,患者の尊厳を守り,時間的・経済的な問題を解決し,看護倫理を踏まえ,時に,職種や部署の垣根を越えて話し合う「よい場」をつくることが看護師長の役割となります。ナイチンゲールは「食べられるものを食べられるだけ準備しなさい,それができない看護師は看護師の資格はなく,やめるべきである」とまで言っています。大変厳しい考え方ではありますが,それが,看護の基本であり,そのような覚悟を持って看護師を育てていかなければならず,看護管理者の看護観(倫理観)そのものが若い看護師へ与える影響は計り知れないと思われます。
 現場を管理する看護管理者は,日常の業務や埋もれるほどの情報の中で,その瞬間,瞬間に意思決定しています。「え?」と気になることを見過ごさず,モニターする力が患者にとって優しい病院につながっていくものと考えます。
 そして,いかによい看護管理者を育てていくのか,継続教育の中でも大きな課題となっております。本会の認定看護管理者教育課程(ファーストレベル,セカンドレベル)の講師は日本の看護界をリードされている方々で,受講生は強い刺激と大きな影響を受け,研修後は見える形となって看護管理の質向上につながっているものと思います。また,認定看護管理者課程はサードレベルの修了を目指しています。本県では現在24人が認定看護管理者として活躍しております。サードレベルは,地域や各医療圏,県といった施設や地域を越えた視点を持つ,超少子高齢化への「時代」が求める看護管理の研修プログラムとなっております。診療報酬改定では,看護管理者の要件に認定看護管理者に触れている個所はありませんが,それぞれの条件が整えば,40〜50代前半の若い世代の看護管理者にこそ目指してほしいと考えます。

【看護の国際化】
 国際的医療環境の変化を受け,病院の国際化はアジア諸国では急速な進展がみられますが,日本は立ち遅れているのが現状です。一方で,外国人旅行者や在留者等増加への施策が推進されてきており,外国人診療や医療通訳士の配置などの検討もみられております。本県においても,JCI(国際医療機関認証)やJMIP(外国人患者受入れ医療機関認証制度)取得病院があり,外国人患者を受け入れております。語学力のある看護師は稀で,個人的な語学留学,JICA(青年海外協力隊員),帰国子女,国際交流を進めている病院の看護師等が主体的に活躍しております。
 本県でも大型クルーズ客船の寄港や医療ツーリズムの推奨等で,外国人診療が増加するものと思われ,看護の国際化も求められています。2年前に韓国の中央大学病院を訪れた際に国際病棟の看護師達は堪能な英語で東南アジアの患者を迎えていました。韓国の看護師達の語学力は,戦後の国家的戦略の中で養われていますが,ただそれだけではなく,ソウル市内の公的な観光課の異文化交流研修など十分に活用していました。
 看護の国際化といいながらも私も語学は苦手なのですが,それでも,看護管理者の立場として逃げられないところと思っております。平成27年度より千葉大学大学院看護学研究科附属看護実践研究指導センターの野地有子教授のプロジェクト研究3「看護職の文化的能力の評価と能力開発・臨床応用に関する実証研究」の共同研究員として参加させていただいており,許される時までは続けて参りたいと思っております。

【おわりに】
 私自身,正直に申しますと「この役職で何ができるだろうか,何が残せるだろうか」というストレスにさらされています。ストレスへの対処スキルとして,一般には睡眠,運動,音楽,嗜好品,親しい友人への表出,昇華,リラクゼーション,趣味行動などが挙げられています。私は,@何もしない時間をつくる(美味しい珈琲が飲めれば幸せ),Aスポーツジム,B旅行でしょうか。その他に,これまで自分を支えてくれた書籍をあげるなら,河合隼雄の「こころの処方箋」,ジョゼフ・L・バダラッコの「静かなリーダーシップ」の2冊があります。
 こころの処方箋には,55個の処方箋が書かれています。これまでも何かストレスを抱えるとこの本を読んでいたと思います。「己を殺して他人殺す」はある時の自分への戒めでした。己を殺していた(自分が犠牲になることで周りが整うという考え方)と思っていると,いつか,他人までも殺してしまう(最後の一滴で他人に転嫁してしまう)ということ。理由はどうであれ,周りがどうであれ,仕事を楽しむ姿勢を失わないと思うようになりました。
 2冊目の本は,「静かなリーダーシップ」です。「重要なのは,脚光とは程遠い人々が行う,慎重で思慮深く実践的な小さな努力」,焦らず,小さな努力でいいと。私も,素晴らしい方々との出会いと学びを喜びとして,我慢強く,流されながら自分を失わず,この会長職を務めて参りたいと思います。
 鹿児島市医師会の諸先生方,どうぞ,ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。




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