[緑陰随筆特集]

医療事故調査制度一部改正の省令・通知を考える

     中央区・清滝支部
(小田原病院) 小田原良治

 平成28年6月9日,自由民主党政務調査会,社会保障制度に関する特命委員会,医療に関するプロジェクトチーム,医療事故調査制度の見直し等に関するワーキングチームによるとりまとめ「医療事故調査制度等に関する見直しについて」が公表され,同日開催の社会保障審議会医療部会において,「医療事故調査制度の施行後の状況と運用面での改善措置について」報告が行われ,同部会において了承された。同日付で厚労省は「医療法施行規則の一部を改正する省令(案)」をパブリックコメントに付している。パブリックコメントの期間はわずか1週間と極めて異例であった。本年6月24日,改正医療法附則の検討期限となり,厚労省は,医療法施行規則および医政局総務課長通知を出した。この内容は極めて妥当なものとなっている。以下,今回出された省令(医療法施行規則)の一部改正および総務課長通知について解説するとともに今後の問題につき考察を加えたい。

1.病院等の管理者が行う医療事故の報告関係
 センター調査を適切に行うため,病院の管理者は院内における死亡および死産の確実な把握のための体制を確保することが求められている。
 本規定はかなり踏み込んだ内容となっているが,画期的なものと評価できる。医療は本来現場中心のものであり,現場なくしては成り立たない。それを前提としつつも,病院を一つの組織体としてガバナンスの強化のために一歩踏み出したものと評価できよう。現場の状況が管理者に把握できていなかったことに端を発する不信感が医療現場を歪めてきた面もあり,これらの基礎的体制の整備が今後重要となろう。もちろん,病院等にとっては大きな負担となることは否定しえないが,将来の医療を勘案すれば,大きな一歩といえるであろう。これは,従来,筆者らがセミナー等で推奨してきたことである。事故調対策で各病院が取り組む必要のある項目として,「死亡症例の全例カルテチェック」を推奨してきた。まさにこれの制度化である。厚労省関係部局への筆者らの提言が制度化されたものである。病院としては手間のかかることではあるが,管理者が把握していないことが最大のリスクであることを考えると今回の省令のこの規定は前向きに評価すべきものである。管理者が死亡例全例を把握することにより,「医療に起因した死亡」か「予期しなかった死亡」かの判断が適切にできることになる。もちろんこれがセンターに報告すべき事例か報告の必要のない事例かの判断にもつながるものである。報告すべきは報告し,必要のないものは報告しない。いずれの場合にしても遺族へはその根拠を明確に説明する必要がある。一部にセンター報告が免罪符になるがごとき発言をしている人がいるが,決してそのようなことはないのである。管理者は,この制度は「免罪符ではない」ということを認識して,死亡例をしっかりと把握して「ぶれない判断」をすべきである。もちろん,同時に遺族への適切な説明は欠かせない。この点について,総務課長通知においても一項を割いて次のように述べている。「遺族から医療事故が発生したのではないかという申出があった場合であって,医療事故には該当しないと判断した場合には,遺族等に対してその理由をわかりやすく説明すること」。報告対象外であれば,なおさら,ていねいに報告事例に該当しないことを説明すべきである。一般人には,医療関係者以上に,誤った考えが流布されている。特に,医療事故の定義(報告すべき事案)については,わかりやすく資料を示して説明する必要があろう。繰り返すが,遺族等周囲の声に押されて,「免罪符」を期待して,非該当事例を報告する愚を犯してはならない。報告対象外の事例は断固報告しないとの立場を明確にして,その理由を説明すべきである。

2.医療事故調査等支援団体による協議会の設置関係
 改正医療法は,病院等が院内調査を行うに際して医療事故調査等支援団体に求める支援および医療事故調査等支援団体が行う支援につき規定されているが,支援のための情報共有の場として協議会設置ができることを明示,支援のための研修および支援団体の紹介を行うことが規定された。「既存の枠組みを活用した団体間の連携」を明確化し,その役割も明示し,勇み足も抑えたものと思われる。事実,通知において,「医療事故か否かの判断や院内調査の従来の取扱いの変更ではない」と明記してある。
 医療事故か否かは医療事故の定義に沿って(鹿児島市医報647号,648号参照)管理者が判断すべきものである。同時に,協議会の勇み足は厳に戒めるべきことである。法文上,協議会は,それぞれの必要性に応じて複数設置が想定されているが,通知において,地方組織として各都道府県に1カ所,中央組織として全国に1カ所が望ましいとされている。限られたメンバーによる恣意的協議会となれば,他の第2の協議会の設置も検討される事態となることは明白である。日医と日本医療法人協会の間で,各都道府県の連絡協議会設置に際しては日本医療法人協会本部に連絡する旨申し合わせができているが,鹿児島県はいまだ適切に対処されていないようである。今後,省令・通知を踏まえて適切な対応をお願いしたい。自民党WT取りまとめの表現には医療事故調の制度趣旨を逸脱した不適切な表現も見られたが,本省令は制度趣旨にかなう形でまとめられた妥当な内容であると評価できる。「医療の内」と「医療の外」を明確に切り分けることの重要性を認識すること,院内調査が中心で地域ごと病院ごとの特性に合わせて患者安全の向上を目指すことが制度の根幹である。

3.医療事故調査・支援センターについて
 省令事項2の協議会に関連して,通知で記載されている項目であるが,重要な部分のみ別建てで記載する。
 支援団体や病院等に対し情報の提供・支援を行い,事例が特定されないように留意したうえで,医療事故調査等に係る優良事例の共有を行うとの記載がある。この事例の共有については,非識別化がなされているのか?優良事例と言えるものなのか?注視すべきである。センターは民間団体である。疑問があれば,センターの業務について厳しく糾弾することが制度の進歩につながることとなろう。また,センターに対して遺族等から相談があった場合,センターは医療安全支援センターを紹介するほか,遺族等からの求めに応じて,相談の内容等を病院等の管理者に伝達することとされた。これについては,誤報道があるようである。医療安全支援センターは紛争相談窓口として既に設置されているものであり,センターが本来の機能の機関を紹介するにすぎない。ただ,今後,医療安全支援センターが事故調査制度の理解不十分なため暴走しないよう監視は必要であろう。後半の病院管理者への伝達について,誤った報道が一部なされていることに注意が必要である。今回,遺族からのセンター調査のルートが新しくできたわけではない。管理者からセンターへの医療事故発生報告がなければセンターが動かないことは従来通りである。すなわち,「スイッチを押すのはあくまでも管理者」である。センターは遺族からの相談の内容等を管理者に伝達するのみである。センターが「報告を促す」等の業務逸脱を起こさないよう監視は必要であろう。センターから伝達された管理者は,センターからの連絡を好機と捕えて,あらためて遺族と向き合い,状況を丁寧に説明するべきである。これこそが無用の紛争と制度不信の防止につながる重要な業務である。
 センターは,病院等の管理者の同意を得て,報告書の内容に関する確認・照会等ができることとなったが,これは,再発防止策の検討の充実のためであり,管理者の同意を必要とするものである。疑問があれば同意すべきではない。また,センターからの確認・照会があったとしても,医療事故調査報告書の再提出および遺族への再報告の義務がないことが明記されている。あくまでも,再発防止に寄与すると思われる場合のみの協力規定である。

おわりに
 今回の省令・通知は,医療事故調査制度の運用を補足するものであり,制度の変更ではない。運用上の留意点を省令・通知で明確にされたものと認識し,院内体制作りを進めるべきである。今回の省令は,まさに「転ばぬ先の杖」なのである。今回の省令・通知は筆者らの意見に配慮した極めて妥当なものである。従来,筆者らが述べている「医療事故の定義」を正しく理解し,ぶれることのない判断を行うと同時に,これまで以上に遺族への説明を丁寧に行うことで問題解決に結びつくと考えられる。医療事故調査制度は,「医療の内」の制度である。一方,医師法第21条問題は,「医療の外」(紛争)の制度である。この基本的事項は忘れてはならない。今後,医師法第21条問題が浮上するとしても,「医療の外」の問題であるとの認識を明確にし,医療事故調問題とは切り分けて論議すべきである。今回,ますます医療事故調査制度の正しい理解が重要になった。医法協医療事故調運用ガイドライン等,筆者らの著書を参考とされたい。




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