=== 随筆・その他 ===

日医の医師法第21条単独改正案は拙速
医師法第21条の改正は業務上過失致死傷罪の医療への適用と同時解決すべき
中央区・清滝支部
(小田原病院)  
小田原良治

日医医師法第21条単独改正案は改悪
 今年2月24日,突然,日医から「医師法第21条及び同第33条の2に対する改正案の提言」が発表された。これは,医師法第21条を「医師は,死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して犯罪と関係ある異状があると認めたときは,24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」とし,同33条の2(罰則)から第21条違反を削除するというものである(保健師助産師看護師法も同様に見直すとしている)。医師法第21条の規定に類似した規定に死体解剖保存法第11条がある。死体解剖保存法第11条は,「死体を解剖した者は,その死体について犯罪と関係のある異状があると認めたときは,24時間以内に,解剖をした地の警察署長に届け出なければならない」とあり,これには罰則規定はない。今回の日医の改正案は,この死体解剖保存法に倣ったものと思われる。しかしこの,一見,警察への届け出対象を制限して医療現場の負担を減らすかのように思われる規定は,臨床現場では逆に負担増になってしまう。死体解剖保存法の対象は当然,死体である。解剖に際して,業務上過失致死傷罪の適用はあり得ない。一方,医師法の対象は生きた人間であり,現状においては業務上過失致死傷罪の適用になり得る。業務上過失致死傷罪は犯罪である。これを考えると,今回の日医案の「犯罪と関係ある異状」となれば,業務上過失致死傷罪の疑いが届け出対象となり,届け出対象の大幅な拡大を招く。医療崩壊時の全例届け出状況に逆戻りする医師法第21条の改悪である。そもそも,医師法第21条の届け出義務を負うのは検案した医師であり,医療行為を行った医師と同一人である場合が多い。自ら行った医療に業務上過失致死傷罪の可能性があっても届け出義務を課すということは,基本的人権である憲法第38条第1項の自己負罪拒否特権に抵触するというべきである。日医改正案は憲法違反規定であろう。医師法第21条のみの単独改正は結果として改悪になりかねないのである。医師法第21条の改正は,刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への適用見直しと同時に検討すべきものであり,医師法第21条単独での早急な法改正の必要はない。

日本医療法人協会の見解
 翌2月25日,筆者は日本医療法人協会医療安全調査部会長として東京都内で記者会見し,日医案に異議を表明するとともに,「医師法第21条についての日本医療法人協会の見解」を発表した。
 従来より日本医療法人協会は,医師法第21条の単独改正は目指すべきではなく,刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への適用問題の解決と同時解決をはかるべきであると主張してきている。平成26年1月30日,医療事故調論議のなか,自民党社会保障制度に関する特命委員会・厚生労働部会合同会議の議論を踏まえ,厚労省から「医師法第21条の規定に基づく届け出」のあり方について意見を求められた。同年1月31日には,厚労省に医師法第21条についての医法協見解を提出(医法協ニュース357号に掲載)している。当時,拙稿(医法協ニュース357号)においても,「医師法第21条問題と医療事故調は切り離して考えるべきものであること。医師法第21条単独改正は意味がなく,業務上過失致死傷罪の医療への適用問題の解決と同時解決すべきこと」を述べている。

医師法第21条の解釈
 医師法第21条の規定は,旧内務省以来の身元不明死体等の捜査協力の規定であり,永年,何ら問題のなかった規定である。近年の混乱は,主として法律の解釈・運用の問題である。しかしながら,現状は,判例(東京都立広尾病院判決)の正しい理解が浸透しつつある。平成24年10月26日の厚労省医政局田原克志医事課長発言(医療事故調査制度に係る検討会),平成26年3月8日の厚労省医政局総務課大坪寛子医療安全推進室長発言(医療を守る法律研究会講演会),平成26年6月10日の田村憲久厚労大臣発言(参議院厚労委員会)で行政として医師法第21条の解釈を「外表異状」として容認。実務上,実害のないものとなっている。「国立病院リスクマネジメントマニュアル作成指針」は国立病院の独法化に伴い,失効(厚労省見解)。平成27年度版死亡診断書記入マニュアルから「法医学界異状死ガイドライン参照」の文言が削除された。前述の拙稿で指摘した問題点は,医療事故調の論議の進展に伴い,確実に解消されてきている。
 ちなみに,都立広尾病院判決のポイントは,東京高裁が東京地裁判決を破棄,自判したことにある。すなわち,「経過の異状」ではなく,「外表の異状」を届け出るとしたものである。最高裁は高裁判決を支持,いわゆる「外表異状」が確定した。すなわち,医師法第21条の規定は,医師が死体を検案して異状があると認めたときは届け出が必要とするものであり,医師法第21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することである。このことは,前述の厚労省の一連の発言,死亡診断書記入マニュアル改訂等により,誤解の解消が進みつつある。今,行うべきは医師法第21条の「外表異状」につき,医療現場に周知徹底することである。今般の日医の不用意・拙速な医師法第21条改悪案は,理解の進みつつある医療現場に,いたずらに不安と混乱をもたらすものである。

医師法第21条と医療事故調
 これまでも再三述べてきたとおり,今回の医療事故調制度は,再発防止と責任追及,すなわち,医療安全の制度としての医療事故調制度と医師法第21条問題を切り分けることにより合意を見たものである。しかしながら,今回の医療事故調制度は運用を間違えると,医療安全の制度から逸脱し,責任追及の制度へ変貌しかねない。昨年10月に施行された事故調制度は,今,慎重に,一歩一歩,真に医療安全の制度として構築していかなければならない。実際の運用が重要であり,進捗状況を慎重に見極めなければならない時期である。一例一例の分析を積み上げるべき時期とも言えよう。今回の日医の医師法第21条改正案の公表背景に,医療事故調制度の見直しが本年7月に行われることを念頭に置いた発言があったように報道されている。「医療事故調制度の見直し」は誤解というべきであろう。根拠とされている改正医療法の附則には,「医療事故調制度の見直し」との規定はない。誤解の解消のために,以下,改正医療法の附則第2条第2項を記述する。
 「政府は,第4条の規定による改正後の医療法第6条の11第1項に規定する医療事故調査の実施状況等を勘案し,医師法第21条の規定による届出及び第5号新医療法第6条の15第1項の医療事故調査・支援センターへの第5号新医療法第6条の10第1項の規定による医療事故の報告,医療事故調査及び医療事故調査・支援センターの在り方を見直すこと等について検討を加え,その結果に基づき,この法律の公布後2年以内に法制上の措置その他の必要な措置を講ずるものとする」。若干の解説を行うと,法律公布後2年以内(すなわち,本年7月末まで)に行うことは,法制上の措置その他の必要な措置である。制度の見直しとの記載はない。また,これらの措置は,以下の検討結果に基づき行われるものであり,検討項目に医師法第21条の届け出,センターへの医療事故の報告,センターの在り方等(等には業務上過失致死傷罪が含まれる)がある。さらにその前提に,医療事故調査の実施状況を勘案することがある。医療事故調査制度はまだ始まったばかりであり,前述したとおり,現状は実施状況を見守るべき時期であり,慎重に対応するべきである。決して,制度見直しありきであってはならないのである。

事故調制度見直し,医師法第21条単独改正は拙速
 医療事故調制度は,医師法第21条問題と切り分けることで,医療安全の仕組みとして成立した。成立に至る困難を考えれば慎重に医療安全の仕組みとして構築することが必要である。制度が始まったばかりのこの時期に制度見直しの話は不合理である。一部にある制度見直しありき論は,まさに,混乱への恣意的誘導と捉えられかねない。根拠としている医療法の附則の規定は「見直し」規定ではなく,「検討」規定である。一方,医師法第21条も正しい解釈が定着しつつある。医療崩壊時のようなパニックは落ち着いたと言えよう。「外表異状」の司法上の決着,行政としての定着を見て,現状ほぼ問題のない状態に落ち着いている。医療界の一部に依然不安があるとすれば,今,必要なものは,医療界内部での「外表異状」の周知徹底であり,日医が率先して「外表異状」の定着を図るべきものであろう。今回の日医提案は,解決に向かいつつある医師法第21条問題に水を差しいたずらに混乱を助長するものである。行うべきは,今回の医療事故調制度の医療安全の仕組みとしての定着と成熟を待ち,他の法律との整合性を図りながら,刑法第211条第1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への単純適用を見直すことである。この時には当然,医師法第21条の改正が必要である。医師法第21条の改正そのものに必ずしも反対するものではないが,医師法第21条の単独改正は,いかにその趣旨が正しくとも,結果として改悪となりかねない。医師法第21条の改正はあくまでも刑法第211条1項前段(業務上過失致死傷罪)の医療への単純適用の見直しと同時に解決すべきものである。今回の日医の医師法第21条単独改正案は,拙速で欠陥があると言うべきであろう。


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