随筆・その他

リレー随筆

ピンク・フロイド,キング・クリムゾンは,いかがですか?


鹿児島医療センター 腫瘍内科 魚住 公治

 名曲の誉れ高い「Echoes」が,大きめの音量で流れる中でこれを書いています。実は,あまり考えずに原稿を引き受けたのですが,これまでの先生方の文章を拝見したところ名文揃いで,これはまずいなとちょっと後悔しているところです。診療案内は避けたかったのですが,無趣味な人間なので自慢できることがなく,だいぶ悩んだ挙げ句に無趣味な人間の履歴書用の趣味の定番である読書と音楽鑑賞の中から,あえて音楽を,そして無謀にも最も時代錯誤と思われるものを選んでみました。
 先生方(特に私と同年代の皆様),最近音楽は聴いていますか?オーディオマニアの先生方は当然聴いておられることと思いますが,クラシック・ジャズ以外の音楽についてはいかがでしょうか?紅白歌合戦,今でも見ていますか?最近はやりの音楽はどうですか?子どもさんと同じ曲がレパートリーに入っていますか?かく言う私は,紅白歌合戦全く興味なし,子どもたちの聴いてる音楽は全くダメ(恥ずかしながら,同じものが聴けたのは,ケツメイシ,まででした。その後はSEKAI NO OWARIがやっとです)という状況なのです。まあ,私の大好きな熊木杏里は全く売れず,相対性理論が良いよと言っても注目度は全く上がらず,ですから,残念です。
 そんなわけで,音楽と言えば,たまの休みの朝はバッハを聴きながらコーヒー豆を挽く,みんなが寝静まったらキースのソロピアノで精神を研ぎ澄ます,あとは病棟業務で気分の悪いことが多い時にストレス発散のために,中島みゆきの初期の10枚目くらいまでのアルバム(中でも愛聴しているのは,「生きていてもいいですか」「臨月」「寒水魚」「予感」の4枚ですね)を,詞を味わいながら堪能する,という至福の時間を除くと,どうしても昔の洋楽(死語ですね)を大音量で聴くということが多くなってしまいます。こんな状況ですので,時々CMで,昔の洋楽が流れると,耳が瞬時に反応してしまいます。特に21世紀になってからの15年間は,私が中学生であった頃から大学時代までの懐かしい洋楽ロックが頻繁に使われることもあって,この傾向が強いです。これもプロデューサが同年代だからでしょうか。個人的な印象ですが,自動車メーカのCMで昔の洋楽(特にロック)が使われる傾向が強いように思います。思いつくものだけでも,たとえば,スズキのアルトのCMに「Centerfold(堕ちた天使)(ジェイ・ガイルズ・バンド)」,アルトターボに「Speed King(ディープ・パープル)」が使われました。ワゴンRは,懐かしや,「Move Over(ジャニス・ジョプリン)」でした。日産のJukeは,なんとイエスの「Heart of the Sunrise」とクリームの「Sunshine of Your Love」ですよ。耳に新しいのは,トヨタのアクアですね,そう,あのブロンディーです。まさかの選曲は,なんと「Heart of Glass」でした。この曲にのって,トヨタとしてはきわめて斬新なボディーカラーのアクアが重なったり離れたりしながら走るCMを覚えている先生方もいらっしゃるのではないでしょうか。その他では,キリン澄みきりの「Smoke on the Water (ディープ・パープル)」(でも,これは普通の感覚ではまず選びませんよね,皆さん),サッポロビールの麦とホップは,ヴァン・ヘイレンの「Jump」でしたね。と,ここまで書いて急に思い出しました,数年前のソフトバンクのSMAP出演のCM。そうです,なんと,あのグランドファンク・レイルロードが流れました(ロコモーションですよ,ロコモーション!)。懐かしさのあまりCDのコレクションからこれを引っ張り出して聴いていると子どもたちに尊敬されたものです。他にも5~6年前の三菱自動車[まさかの「Layla」(デレク&ザ.ドミノス)です!]とUCCコーヒー[「Black Night」(ディープ・パープル)]が,すぐに思い出されますが,この2曲も,普通は恥ずかしくてなかなか選べないのではと感じる選曲でした。しかし,そういう意味では,まさかこれはないでしょうの度合いが一番だったのは,トヨタのistのCMに使われた,キング・クリムゾンの「Easy Money」です。初めてこれを聴いた時にはぶっ飛びました。どう聴いても車のイメージに全く合わないので...そして少し違う意味での極めつけは,今年になって流れている東京海上日動のCMですね,そう,お気づきの方も多いと思いますが,あのディランですよ,ボブ・ディラン,と思ったのですが,調べてみたらこれは全くの別人で,単に似ている(似せている)だけでした。う~ん,しかし何度聴いてもよく似ている。
 すみません,つい力が入って,前置きが長くなってしまいました。残念ながら,最近の若い先生方はこの種の音楽が好みであるということがほとんどありませんので,医局の飲み会等でも話題にする機会がまったくありません。そこで,今回はこの場を借りて,同世代の先生方に懐かしい話題(若い先生方にはたぶん意味不明?)を提供させていただくことにしました。そうです,タイトルからおわかりのように,プログレッシブ・ロックです。プログレッシブ・ロック(ほとんど死語ですね,普通プログレと略しますが,昔の車の名前ではありません)と聞いて,なんだそんな過去の遺物をまだ聴いているのかと思われた先生方,申し訳ありません,私は,最近のビルボードのヒットチャートは,残念ながらほとんど興味はなく,執筆時点で最新の2月20日付けのチャートを見てもトップ10にAdeleしか知っているミュージシャンがいないと言う惨憺たる状況です。やはり,デビッド・ボウイが亡くなった時には,「Space Oddity」と「Young Americans」を聴き,キャメロン首相がコメントしたのに感心したり,モーリス・ホワイトが亡くなったと聞けば,その日は「Boogie Wonderland」を聴きながらオバマ大統領のコメントに頷くという世代であります。
 さて,いよいよ本題です。プログレッシブ・ロックとは何か?私はいわゆるロック小僧です(ギターは弾けません)が,田舎の育ちなので,ロックを聴き始めたのはやや遅く中学生になった時でした。それから徐々にいろいろなロックを聴きかじってきたわけですが,いろんな評論家の話を聞き,音楽雑誌を立ち読みして,自分なりに,うーん確かにプログレッシブ・ロックというのは他のロックとは違うぞ,と何が違うかを理解してきました。音の面から言えば,「前衛的」あるいは「先鋭的」なロックであり,単なるハードロック,ヘビメタではなく,クラシック的な要素やジャズ的な要素を取り込んだ非常に雑多な音楽と言えると思います。一般にライブでの演奏がスタジオ録音のアルバムとほとんど変わらないような高度な演奏テクニックを持ったバンドが多いというのも特徴でしょう。また一般に曲が長い(20分以上),アルバムアートが印象的(メンバーが顔を出さない)で,一見して忘れられないものが多い,というのも大事なポイントです。ではこの範疇にくくられるバンドと言えば皆様は,何を思い浮かべるでしょうか?いろいろ好みはあると思いますが,私の場合は,聴き込んだ順に,ピンク・フロイド,キング・クリムゾン,イエス,ELP,ジェネシスの順になります。これ以外のバンドもたくさんありますが,残念ながら重要性では格段に落ちますので今回は省略したいと思います(ただ,日本のバンドですが,四人囃子はいいですよ)。
図1 ピンク・フロイド「狂気」
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

図2 ピンク・フロイド「原子心母」
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル

図3 キング・クリムゾン/クリムゾン・キング
の宮殿 IECP-42

 まず最初に,ピンク・フロイドです。ピンク・フロイドと言えば,普通は,まずベストセラーアルバム「狂気(図1)(この,日本語タイトル,当時東芝EMIにいた石坂敬一氏が,オリジナルタイトルのThe dark side of the moonを月の裏側と訳さずにつけたものですが,敬服します)」(全世界での売り上げ4,000万枚,ビルボードチャート200位以内に15年間チャートインというギネス記録)でしょうか。当然「狂気」は大好きなアルバムです(特に,4曲目の「虚空のスキャット」が圧巻,クレア・トリーいう女性シンガーですが,なんとこれはインプロビゼーションだそうです!)が,あえてここではその数年前に発表された甲乙つけがたいと私が思っているアルバム「原子心母(Atom Heart Mother)」(図2)を紹介します。これを初めて聞いたのは確か高校1年生の頃でしたが,ビートルズに始まって,ロックを聴き始めて数年の田舎の高校生にはよくわからない難解な音楽でした。そもそもバンドの名前がよくわからない,なんか怪しい音楽をやってるに違いないと感じる意味不明の響きでした(今ならネットで調べれば名前の由来もすぐにわかりますが,昔は調べる術がなかった)。ただ,こんなロックがあるのかという驚きが大きかったことは今でもよく覚えています。それ以来何百回聴いたかわかりませんが,聴くたびにいろんなイメージが喚起されるすばらしいアルバムだと思います。よく一般に,彼らの音楽は,浮遊感・倦怠感・幻想的と評されますが,それだけではないです。もし未聴の先生がいらっしゃったら一度先入観なしでタイトル曲(1曲目の原子心母,23分ほどの組曲です)だけでも聴いてみてください。病み付きになりますよ。小説の場合に,まだこの本を読む楽しみが残っているとはうらやましいという表現があります(たとえば「アクロイド殺し」「イニシエーション・ラブ」「殺戮に至る病」等に対して言われます)が,まさにこの曲はそういう音楽です。ちなみにこのとんでもない邦題(昔は音楽も映画もすばらしい邦題というのがありましたね。最近は英語のカタカナ書きばかりで情けなくなります)もすばらしいのですが,英語のタイトルも,はじめはなくて,ペース・メーカで生きている妊婦さんの新聞記事に触発されて,最後の最後に,このタイトルがついたとのことです。「狂気」も「原子心母」もアルバムアートはロック史に残りますが,有名なアート集団ヒプノシスの手になります。なお,ギタリストのデヴィッド・ギルモアは,ローリングストーン誌が選ぶ最も偉大なギタリスト・ランキング(2011年改訂版)で堂々の14位にランクされています。派手なパフォーマンスはありませんが,ブルージーな彼のギターなしではピンク・フロイドはあり得ないと言えるくらいに最高です。実は,「炎」も「アニマルズ」も「ザ・ウォール」も外せないし,今流れている「Echoes」についても触れたいのですが,残念ながら字数が足りません。
 次は,キング・クリムゾンです。キング・クリムゾンと言えば,やっぱり「宮殿」です。これはどうしても外せません。正確には「クリムゾン・キングの宮殿」ですが,このアルバムジャケット(図3)があまりにも有名ですので,ロックに興味のない先生方もどこかで目にしたことがあるのではないでしょうか。彼らのアルバムではやはりこれがベスト(デビュー作が最高傑作というのはどの世界でも多いですね)と思いますので,まずこれを聴いてください。特に1曲目と3曲目が抜群にすばらしい。特に,1曲目の「21st Century Schizoid Man(邦題は,21世紀の精神異常者,ですが,痴呆症を認知症と呼ぶようになった頃からこの曲名が使われなくなっています。現在の日本語曲名はひどいものでここに書く気になりません。皆様確認してみてください)」が,圧倒的です。ちなみに,なぜかこの曲,2001年頃トヨタのヴェロッサ(この車はすでに存在していません)のCMに使われていました。この時は正直,腰を抜かしそうになりました。特に曲の後半の,心の奥・魂を揺さぶられるような,かつ不安感をあおるようなこれでもかというギターとドラム,が必聴です。ただしこれを車の中で聴くときにはアクセルワークに注意が必要です。3曲目の「Epitaph(墓碑銘)」,混乱こそ我が墓碑銘・・・と深淵で幽玄な響き(私の語彙ではこれ以外の言葉では表現できません)が神秘的な雰囲気を盛り上げます(一般には日本人好みと言われています)。このアルバムは,あのビートルズのアルバム「アビーロード」(ちなみに私のビートルズbestはこれです。特に昔はB面だった後半のメドレーが最高,曲順が間違って印刷されていたLPレコードを持っています)から1位を奪ったと言われることが多いですが,これは間違いで実際にはNME誌の5位が最高ランクです。しかし,その後の評価の高さが,アビーロードと並び称される所以と思われます。ちなみに,あまりにも有名なこのジャケットは,全く無名の画学生バリー・ゴッドバーの作品ですが,彼はアルバム発表の4カ月後に亡くなっており,他の作品は残されていないそうです。
 キング・クリムゾンはメンバーチェンジが頻繁で,それぞれの時期に多くの作品が発表されているために,ベスト3を選べと言われると,好みが分かれると思いますが,「宮殿」が外れることはまずありません。2枚目,3枚目はやはり人それぞれでしょうが,私の場合は,アルバム「太陽と戦慄(Larks' Tongues in Aspic),この邦題も今となってはこれしかないというすばらしいタイトルです」と,名盤の誉れ高いアルバム「レッド(Red)」で落ち着きます。前者ではやはり,「太陽と戦慄,パート1とパート2」が聴き逃せません。特にアルバムのラストを飾る「パート2」が出色です。この曲の執拗に繰り返されるヘビーでメカニカルなギターとベースは,戦慄なくしては聴けないと言っても良いぐらいです。なお,このアルバムにCMで使われた「Easy money」が収録されています。そして「レッド(Red)」ですが,このアルバムにはいわゆる捨て曲がありません。特に「Red」と,ラストを飾る「Starless」は,必聴です。「Red」は,緊張を強いられる,心をかき乱されるという表現がまさにぴったりの曲。「Starless」 は,「宮殿」の「Epitaph (墓碑銘)」に通じる前半部分で,星のかけらもない空と黒い聖書,私に見えるのはそれだけだ・・・荘厳な曲にのせてこんな歌詞が歌われます。それとの対比で後半部分の盛り上がりが際立つわけですが,効果的なサックスが加わって,星のない混沌とした世界を表しているようです。なお,タイトルの「レッド(Red)」ですが,これはバンドがすでにレッドゾーンに入っていた(解散が近い)とする見方も,アルバムの緊張感がレッドゾーンに入っている(タコメータが振り切れそうだ)という見方もできると思います。余談ですが,俳優としては好きではないのですが,高嶋政宏(兄の方)は,熱狂的なプログレッシブ・ロックのファンで,ことあるたびに「Starless」を絶賛しています。テレビ・ラジオの番組に出演する時に,スターレス高嶋と名乗ったり呼ばれたりするくらいですので,半端ないです。
 と,ここまで書いてきましたが,残念ながら,紙幅がつきましたので,イエス,ELP,ジェネシスについてはすべて割愛することになりました。ベタな選曲で,恥ずかしい限りですが,その分,まだこれらの曲を聴いたことがない方にとっては,外れなしと自負しています。できればお隣に迷惑にならない程度の,大きめの音で聴くことをお勧めします。
 以上,長々と駄文を書き散らしましたが,最後まで読んでくださった先生方ありがとうございます(この手の話題に興味をお持ちの先生方がどのくらいいるのか心配です。どこかで一度でもうなずいていただければ,嬉しいのですが....)。
 “時代”,という言葉があります。10年一昔と言われるように,一つ前の時代はやはり時代遅れです。しかし,周回遅れもテレビで見れば一瞬トップに見えるように,30年たてば時代は巡って,レトロでなく最先端になるということが,ファッションの世界ではあり得ます。音楽は一種のファッションですから,40年ほど前の時代遅れの音楽が,今年は最先端と言われるかもしれません。皆様,今晩あたり,ピンク・フロイド,キング・クリムゾンはいかがですか?

次号は,鹿児島市立病院の川田英明先生のご執筆です。(編集委員会)




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