=== 新春随筆 ===

医療事故判断基準の「医療起因性」要件とは何か




 中央区・清滝支部
(小田原病院)  小田原 良治

 平成27年10月より医療事故調査制度が施行された。11月4日付産経新聞に,「医療事故調導入1カ月 何が報告対象? 病院困惑」という見出しの記事が掲載されていた。複数のガイドラインがあり,どれに沿うべきかわからないという趣旨の記事である。よくわからないから念のために報告したが良かろうなどというとんでもない指導をしている人もいる。医法協「医療事故調運用ガイドライン」(へるす出版)や解説書「医療事故調査制度早わかりハンドブック」(日本医療企画),を読めばこのような記事が不適切であるとわかるであろう。これらを一読すれば,このような困惑は生まれないはずである。医法協医療事故調運用ガイドラインを一読いただきたい。
 ところが,今回の制度の「パラダイムシフト」を理解せず,モデル事業当時の理解から脱皮しえない人々,パラダイムシフトの理解者が増えるのが都合の悪い人々がいるようである。これらの人々による誤った解説・指導に振り回されている医療者も多いのもまた事実であろう。厚労省「医療事故調査制度の施行に係る検討会」構成員の一人として,また,検討会のたたき台,さらにその発展型としての医法協医療事故調運用ガイドライン作成委員長としては,これらの事実は憂慮に堪えないところである。事実,この鹿児島においても,憂うべき医療事故調講演会が開催されている。
 それで本稿では,管理者が行うべき「発生報告」に際して,「医療事故」か否かの判断の重要な基準の一つである,「提供した医療に起因する死亡」要件に絞って解説を試みた。今回の制度は,「医療事故の定義」が極めて重要であるが,これについては,前記,ガイドラインおよびハンドブックをお読みいただきたい。

「提供した医療に起因する死亡」要件とは
 今回の制度で重要なことは,この制度の報告対象,すなわち,改正医療法による「医療事故」に該当するか否かである。これについては,日本医療法人協会ニュースその他多くの講演会で何回も論考を行って来たが,それでも,発生報告の判断に際し重要な「医療起因性」要件についての誤った解説が流布しているようである。この解釈の誤りは医療崩壊の引き金ともなりかねない重要な問題であるため,この「医療起因性」に絞って論じてみたい。
図表 1 「医療事故」の定義

 改正医療法に規定する「医療事故」とは,「提供した医療に起因した死亡」要件と「予期しなかった死亡」要件のいずれをも満たすものである(図表1)。「提供した医療に起因した死亡」とは,医政発0508第1号通知において,「手術,処置,投薬及びそれに準じる医療行為(検査,医療機器の使用,医療上の管理など)」と明示されており,「単なる管理は制度の対象とならない」とも述べられている。また,「医療機関の管理者が判断するものであり,ガイドラインでは判断の支援のための考え方を示す」と記述されている。これら条文と,その上位規定である医療法施行規則第1条の10の2第1項各号(「予期しなかった死亡」要件の判断基準条文)を併せ考えるならば,「提供した医療」とは,「積極的医療行為の提供」と考えるべきである。通知には,判断の支援のための考え方として,「『医療に起因する(疑いを含む)』死亡又は死産の考え方」(図表2)が添付されている。この表は,医療事故調査制度の施行に係る検討会(検討会)の事前配布資料として筆者が厚労省とその考え方について幾度にもわたり詳細に打ち合わせを行ったものである。誤った理解が流布する懸念があるため,次項でこの表の解釈について触れてみたい。

「医療に起因する(疑いを含む)」死亡又は死産の考え方(図表2)
図表 2 「医療に起因する(疑いを含む)」死亡又は死産の考え方


 注意すべきは,左枠は,「『医療』(下記に示したもの)」となっていることである。すなわち,下記3つの○(診察・検査等・治療)は,医療法上「医療」に規定されているもののリストであり,このことは,検討会の席上,大坪寛子医療安全推進室長(当時)からも明確に説明がなされた。すなわち,診察・検査等・治療が医療法により「医療」と定義されているので,これらに「起因」するか否かを管理者が判断するものである。この際,前述した通り,積極的医療行為を提供したかどうかが重要である。
 誤診を医療起因性ありと述べている人がいると聞くが大きな誤りである。前述した通り,この規定は積極的医療行為を想定した規定であること,併発症,原病の進行を明確に除外していることを考えると,見落とし・誤診等を医療起因性ありとする考え方は,誤った指導であると言わざるをえない。仮に見落とし,誤診等があり,死亡したとしても,これは原病の進行あるいは併発症によるものであり,医療起因性要件に該当しない。
 これら積極的医療行為に起因した死亡以外は「医療起因性」に該当しないが,非該当の典型的具体例を右枠内に例示してある。単なる管理,併発症,原病の進行等は医療起因性の無い例の典型例であるが,自殺あるいは殺人・傷害致死などの事件も本制度で取り上げる医療起因性とは無縁のものである。
 また,左枠の「○その他」の解釈は重要なポイントである。この解釈は以下の通りであることに留意されたい。
 療養,転倒・転落,誤嚥,隔離・身体拘束・身体抑制は,本来,管理によるものであり医療起因性はない。すなわち,通知にもある通り,「単なる管理は制度の対象とならない」のである。しかし,特に積極的医療行為と一体であると管理者が判断した特殊な事例は,医療起因性ありとするという意味である。したがって,これらのもので医療起因性のあるものは極めて稀というべきであろう。妊婦健診で通院継続中の死産も原則として医療起因性はない。
 枠外に「※2 @,Aへの該当性は,疾患や医療機関における医療提供体制の特性・専門性によって異なる」と明示されている。医療起因性の判断も個別性の高いものであり,全国・全施設統一基準で判断しうるものでもないし,また,すべきものでもない。今回の制度は,現場に沿って,それぞれの判断で運用すべきものであり,この趣旨は制度全体に流れていると言うべきであろう。

「医療起因性」要件に該当する事例としない事例
 <事例1>大腿骨頸部骨折術後でリハビリテーションのため入院中の患者,医療従事者が介助を行いながら,入浴をさせたところ,患者は足を滑らせて転倒し,浴槽の中で溺れ,死亡した。
 本事例は,転倒もしくは入浴サービスに関する死亡である。提供した医療に起因するものではなく,「医療に起因する死亡」要件に該当しない。
 判断に際しては,転倒・溺水は自宅でも起こり得ることであり,このような自宅でも起こり得るようなものは医療起因性はないと考えられる。
 <事例2>抜歯の際に,止血のため使用していた脱脂綿が口腔内に落下し,のどに詰まり死亡した。
 本事例は,抜歯という積極的な医療行為の際に生じた死亡であり,提供した医療に起因すると疑われることから,「医療に起因する死亡」要件に該当する。
 本事例は,別途,「予期しなかった死亡」要件に該当するか否かの判断が必要なことは言うまでもない。

 拙著および医法協セミナー等で繰り返し正しい解釈を強調しているが,「予期しなかった死亡」要件と並ぶ大きな判断基準である「医療起因性」要件の解釈には混乱が見られ,誤解が流布しているようであるので,改めて同要件について解説を行った。関係各位には,医法協医療事故調運用ガイドラインに沿って正しく判断されることをお勧めする。ただし,本稿で述べている「医療事故」の定義あるいは報告すべきか否かの問題は,平成27年10月施行された医療事故調査制度(医療安全の制度)での判断基準であり,医事紛争処理とは全く別物であることを強調しておく。

(本稿の要旨は日本医療法人協会ニュースに掲載したものです)




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