=== 新春随筆 ===

    新春に思うこと−外科医不足に思う−
(昭和31年生)



東区・紫南支部
(鹿児島市医師会病院) 石崎 直樹

 鹿児島市医師会会員の皆様,新春のお慶び申し上げます。医師会報の新春随筆の依頼を受け,さて何を書こうか迷いました。はたして新春にふさわしい話題かどうかわかりませんが,近年の外科医不足について,私なりの考えと展望を述べさせていただきます。文末に将来の希望が垣間見れることで少しは“新春らしさ“感じていただければ幸いと思います。
 新臨床研修制度がスタートしたのが2004年。その開始とともに外科へ進む医師は減り続けています。日本外科学会新規入会者は私どもが外科医となった1980年代は毎年2,000人を超え,1990年代初頭はまだ1,500人前後で推移し,2000年以降は1,000人を切るようになり,同制度導入後の2007年には800人程度まで減少し1)2),その後も増える兆しはみられず現在の外科医不足が続いています。外科医もかつてはピラミッド型の年齢構成だったのが今や逆三角形となっているのが現状です。このままでは外科医は絶滅危惧種とも言われかねません。同学会新規入会者が20年前の1/2に減少し,20年後の65歳以上の高齢者が2倍になると,現在の外科医療レベルを維持するのであれば外科医1人あたりの仕事量は単純計算でも4倍量となり,ますます外科医は疲弊します。はたして20年後も現在の医療水準での維持は可能でしょうか。かつて小児科医,産科医不足が声高に叫ばれましたが,今や癌の手術や緊急手術といった国民の健康により密接にかかわる外科治療を担う外科医が不足することとなり,より深刻な国家的問題とも言えます3)。
 実際,出身教室(鹿児島大学心臓血管消化器外科,旧2外科)でも同制度以降,新入医局員数は年1〜2人が続いており,入局者ゼロの年もありました。働き盛りの30代教室員も次々と外科医を辞めました。かつて毎年4〜8人の新入医局員を抱え,四国中国地方から大島与論島まで津々浦々まで派遣していた医局員も,現在では鹿児島市内の3施設(市立病院,医療センター,医師会病院)と霧島医療センターと川内市民病院のみとなり,それらの施設維持さえも苦慮している状況のようです。
 さて,それではなぜ外科医志望の研修医が減少したのでしょうか。外科の魅力は病巣を直接目と手で確認し,自らの技術で取り除きあるいは修復し,欠落した臓器機能を再建し治療するという素晴らしい面です。現在外科医として働く現役医師の学会アンケートでも,再度診療科選択できるとしてもう一度選択したい診療科ではやっぱり外科という結果が多くを占めています2)。医学部学生も外科に対し魅力を感じている学生は少なくありません。ただ,現実には勤務時間が不規則で長時間勤務であること,訴訟のリスクの高さ,労働量の割に見合わない収入などの負の側面もあります1)3)。新臨床研修制度導入以降の前期研修2年間でいろんな科を回る中で,そういった外科の負の側面を見てしまうことで,医学部卒業時に抱いていた外科志望へのモチベーションが低下すると思われます。昔みたいに飲み食いの席での勧誘や,クラブの先輩の勧誘だけではもはや外科医へ進む初期研修医はいません。彼らは2年間で目が肥えてます。もちろん初期研修で外科が必須科目に入ってないことは論外です。
 外科学会も事態の深刻さを重視し,様々なアンケートを行って現状把握を行っています。その結果からわかることは,外科医とくに勤務医の要望は労働環境の改善と待遇改善のようです。2012と2013年のアンケートでは外科医の1週間あたりの平均労働時間(兼業,当直含む)は78.5時間,とりわけ大学病院勤務医は100時間近くの労働時間になっています。月平均休暇は平均3.6日で週一の休みもままならないようです。また収入に不満のある外科医が約7割,他科に比べ収入が少ないと感じる外科医61.3%となってます1)2)。
 同学会は厚労大臣に要望書として,労働環境改善としてメディカルクラークを含めたメディカルスタッフの増員や医師と看護師の中間的存在のナースプラクティショナ―の導入を上げてます。待遇改善策としては最近2度の診療報酬改定で大幅の増額となった手術料を外科医へ還元することも要望しています4)。ただ,実際は診療報酬の改定による増収をほとんどの病院で運営費用として使われ,外科医に還元されている病院は15.3%にとどまっているようです1)。当院では外科医環境整備として当直明けの手術は控え,当直明けの午後は帰宅すること。待遇面では時間外諸手当の増額,全国に先駆けて手術フィーの導入等をしています。特に手術フィーの導入は画期的なことであり,今後は全国的に普及していくと思われます。
 もう一つの現場で働く我々外科医の大きな役目は,労働環境整備とともに若い医師,特に研修医に外科の魅力を伝えることです。かつての「オイ,コラ」式で教え,技術は盗むものといった徒弟制度的教育は見直さなくてはなりません。難易度の高くない手術は執刀させ,指導医が手を携えて教えるということも必要でしょう3)。このように外科医の魅力を初期研修の時から伝えることで後期研修を外科に進む研修医の増加,ひいては将来一人前の外科医の増員へと繋げていかねばなりません。
 ただ,悲観的なことばかりではありません。当院へ大学から派遣される後期研修医と実際一緒に仕事をしてみると,皆大変礼儀正しく,医師として外科医としての立ち位置がしっかりとしていて,将来有望な青年外科医ばかりです。外科医の労働環境整備が進めば,目の肥えた初期研修医達も外科を目指し後期研修医となり,将来外科医の数も増えることでしょう。今の後期研修医達をみると,暗い闇夜の中から東の空に明るい新春の日の出を感じさせる今日この頃です。現在の逆三角形から砂時計型,さらにかつてのピラミッド型の外科医年齢構成になることを希望し,近い将来我々が安心してリタイアできることを願って新春随筆の稿を閉じたいと思います

【参考文献】
1)日本外科学会:平成24年度日本外科学会会員の労働環境に関するアンケート調査報告書,2013
2)中尾昭公,里見 進 他:若手医師の外科離れの現状. 2009年NPO発足記者発表講演
3)塩崎滋弘:外科医の減少をくい止めよう!. 広島県医師会報,2013
4)國土典宏,富永隆治:厚生労働大臣宛要望書(平成25年6月27日提出),2013




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