[緑陰随筆特集]

食 品 の 機 能 性

     鹿児島県栄養士会 会長 叶内 宏明
はじめに
 実践するかしないかは別として,バランスのとれた食事が健康維持に重要なことは誰も疑うことがない社会になりつつあります。食事とは食品に含まれる栄養素を体内に取りこむ行為です。生体は多様な栄養素を要求しますが,1つの食品によってその要求に答えられるような夢の食品はありません。そのため多様な食品をバランスよく摂取することが健康維持のためには必要です。
 さて,栄養学において食品の機能は3大機能として体系化されます。1次機能は糖質,脂質,たんぱく質,ビタミン,ミネラルなど栄養機能,2次機能は色,味,香り,舌触りや歯触りなどの感覚刺激機能,3次機能は食物繊維やポリフェノールに代表される生体調節機能です。一般に管理栄養士は食品の1次機能に着目して,対象者(対象集団)の栄養状態を観察し,疾病予防につながる方法を探ります。各種学会が編さんする疾病ガイドラインに栄養療法が具体的に述べられており,現在まだ発展途上中であるとはいえ,おおよそ完成系に近づいています。食品の2次機能は,おいしさに関わる機能であり,有史以降さまざまな食文化が生まれ成熟しています。献立作成をする管理栄養士にとても重要な内容であり,日々おいしい食事を提供できるように努力しています。一方,食品の3次機能の歴史はまだ浅く,1984~1986年に東大農学部教授 藤巻氏が代表を務めた「食品機能の系統的解析と展開」の研究成果が発端であると思われます。近年,コマーシャルなどでよく目にする「トクホ(特定保健用食品)」はその後の研究成果が社会に還元された成果です。アベノミクスの一環であるかはわかりませんが,2015年4月から新たに機能性表示食品の制度が始まりました。これら食品の3次機能に基づいた特定保健用食品に関わる内容を本稿で紹介できればと思います。

食品の生体調節機能
 そもそも薬は生薬であり,主に植物などが病気や怪我の際に利用されていました。生薬などに含まれる成分の単離と同定,作用メカニズムが解明されて現在の薬となっています。では,その有効成分を含む植物は薬と呼べるのかどうか?エキスの抽出に用いた植物などが食品であった場合,その食品は薬とは言えません。もし薬のような効能を述べて販売すると薬事法に抵触し,見つかり次第罰せられます。そもそも食品は薬ではないという考えに小生も同感します。食品の本質は栄養素摂取のための材料であると考えています。もし,特定の疾病治癒を目的とするならば,有効成分を極めて微量しか含まない食品は,考えられないほど大量に摂取されなければなりません。そのような食事はもはや,食事バランスが崩壊し,美味しく食べることはでききません。1つの例として,ラット皮膚がんモデルにレスベラトロールを経口投与するとがん発症率および個体におけるがんの発生数が抑制されることが報告されています1)。レスベラトロールは昨今有名になり,ご存じの方も多いと思いますが,ぶどうの皮に含まれるポリフェノールの一種です。文献に記載された効果を示す投与量を体重60kgのヒトに置き換えると,1日におよそ0.1gの精製レスベラトロールを摂取する計算となります。この量をぶどうジュースもしくは赤ワインで摂取しようとすると,毎日20リットルを飲む必要があります(ぶどうジュースおよび赤ワインに含まれるレスベラトロールは産地や加工方法に大きく変わりますので平均的な値としてレスベラトロール濃度を5mg/Lとして算出しました)。この例のように食品が薬の代わりとなる可能性があるとすれば,有効成分が濃縮されたサプリメントなどを利用する方法しかないわけですが,管理栄養士としてサプリメントはあくまでも食事の補助として利用を勧める製品であり,積極的な利用を勧めたくはありません。私が期待することは,個々では含量の少ない機能性成分ですが,多彩な食材を組み合わせることで,さまざまな機能性成分が相加的もしくは相乗的に生体に影響を及ぼす可能性であり,その効果が疾病の予防につながることです。機能性成分の個々の働きを知ることは,生命現象を理解する基盤となるため,これまでに,さまざまな研究が進められています。しかし,調理された食事が疾病の予防につながるかを評価する研究は日本ではほとんど進んでいません。欧米では地中海食が疾病予防につながることを示す多くの研究が報告されています。日本人の食と健康に関する研究は,日本食が無形文化遺産に登録された今,黎明期にあります。

アメリカと日本の健康食品事情
 食品もしくは食事に疾病の予防効果が仮に認められたとしても,その効果を宣伝することは先に述べた通り,薬事法によって禁止されています。もし仮に本当に効果があるのであれば,疾病予防のために積極的に推奨されなければならないのですが,許されません。ここにアメリカと日本の制度の違いがあります。
 アメリカでは医療保険にすべての人が入っている状況ではなく,保険に入っていない人は病気になっても気軽に受診することはできません。そのため,予防につながる食品(サプリメント)は人気商品であり,多種多様なサプリメントを販売する売り場が小売店に広く設けられています。日本の特定保健用食品のように個別に有効であるかどうか審査されるのではなく,アメリカでは効能の表示についての禁止事項が決まっているだけであり,それら項目にふれなければ第3者に評価されることなく,企業責任において効能を表示した食品(サプリメント)の販売が認められています。そのため多彩な食品(サプリメント)が販売されやすい状況です。ただし,医薬品と明確に区別がつくようにされること,病気の治療効果の表示は禁止されており,違反すると厳しく罰せられます。このように食品(サプリメント)はその効能を販売事業者が自由に表示できるため,消費者は効果別に食品(サプリメント)を選びやすい環境にあります。
 日本における特定保健用食品の制度はアメリカに比べて極端に厳しい制度になっていました。そのため,商品の効能に間違いがないことが保証されている反面,効能を示した食品が販売されにくい状況でした。健康食品一人当たりの利用を消費金額で比較すると,2009年において機能性を持つ食品の購入金額は日本人が3,257円,アメリカ人が4,524円であり2),アメリカでは日本に比べて積極的に利用されているようです。話は飛躍しますが,日本の医療費および介護費が青天井の様子を示しています。それら費用抑制のため,病床数の削減と他職種連携による予防医療の重点化が近年進みつつあります。特定保健用食品の種類を増やし,利用しやすい環境を整えるために創設されたのが,2015年からアメリカの制度を模倣して始まった機能性標示食品の制度であるように思え,特定保健用食品を積極的に利用させたい国の思惑がうかがえます。

特定保健用食品の歴史
 特定保健用食品の歴史は藤巻氏の研究に端を発し,1988年の厚生白書に「機能性食品」という言葉が明記されました。そこには「生体防御,体調リズムの調節等に係る機能を,生体に対して十分に発現できるように設計された日常的に摂取される食品」と定義されています。この定義は薬品業界から強い反発を受け,機能性食品という表現は特定保健用食品とかわり,1991年に特別用途食品 特定保健用食品制度(厚生省)が創設されました。登録第1号はコメたんぱく質アレルギー低減化米である「ファインライス(1993年に資生堂から発売)」です。この製品は特別用途食品に該当しますので厳密には3次機能に着目した食品には該当しません。ここで余談ですが,旧薬事法(昭和23年7月)では薬の効能を表す定義から「食品を除く」と表記されています。すなわち,食品の効能を表記してもよかったのですが,この表現が昭和35年に全面改定された薬事法では削除されました。代わりに「医薬部外品および化粧品は除く」となっています。この改定によって食品は効能を表現することができなくなりました。当時さまざまな駆け引きがあったと想像できます。
 さて,特定保健用食品に話題を戻すと,食品に効能を付することには強い反発があり,その効果を確証する研究が医薬品レベルで求められました。その結果,トクホの承認を得るためには,長期間の研究期間と莫大な費用がかかることになります。しかし,それでも大手企業はさまざまな特定保健用食品の認可を目指しました。2001年に医薬品の範囲に関する基準改正において,錠剤およびカプセルが食品として使用可能になり,2005年には,承認審査基準を大幅に軽減した「条件付き特定保健用食品」やビタミンや食物繊維など効果が期待される成分を一定以上含む食品であれば個別審査なしで認可される「特定保健用食品(規格基準型)」を認め,また,特定保健用食品における疾病リスク低減表示が可能になるなど,特定保健用食品制度が改定されました。2009年に厚労省から消費者庁に特定保健用食品業務が移管されました。2015年6月時点で承認特定保健用食品に1,163製品が登録されています。制度が始まった頃に比べて認可されやすくなった特定保健用食品ですが,アメリカの状況に比べればまだまだ厳しい制度であり,多様な製品開発ができる環境ではありませんでした。

2015年から始まった機能性標示食品の新制度
 特定保健用食品の利用促進を狙うための規制緩和が,2015年に始まった機能性標示食品の制度です。本制度は効能の表示内容についてはこれまでの特定保健用食品とほぼ同等ですが,書類審査と認可が大幅に簡略化されています。しかし,その食品の安全性と効果を示す結果が必要です。食経験の乏しい食品であればこれまで通りの安全性試験が要求され,新たな効能を表示するのであれば,二重盲検ランダム化ヒト介入試験の結果が,既知の効果を表示するのであればシステマティックレビューが必要とされる予定でした。すなわち,これまでの特定保健用食品制度と同様,承認されるにはかなりハードルの高い内容となっていました。しかし,実際制度が始まり,2015年6月末までの2カ月間で47製品が登録されています。どの程度の審査が入ったかは明瞭ではありません。本制度では,製品の機能性表示は企業責任の元に行うこととされており,企業倫理に製品の安全性と効能の真偽は委ねられています。また,これまでにない本制度の新たな試みとして,一般的な栄養素の含量が基準となる値よりも多いもしくは少ない場合には消費者庁に届け出ることなく製品に表示できることになりました。例えば葉酸を例に出すと,食品100g当たり60μgが基準となります。これよりも多く含む製品であれば,「葉酸がたっぷり入った製品です」のように表記ができます。この表記が許される食品は加工食品だけでなく生鮮食品も含まれることは特筆されることかもしれません。今後TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)が開始されることを見据えて機能性の高い農産物と表現することを可能にし,輸出しやすい土壌をつくることを画策したのかもしれません。現在,小売店に並ぶ個々の食品に栄養素が多い,少ないなどの表現はあまり見当たりません。しかし,制度として多様な表現が可能となったことで,今後変化が現れるかもしれません。栄養素の情報が多すぎ,それらが意味する真の内容,健康への影響が正しく伝わらず,消費者に大きな混乱をもたらす可能性を否定できません。栄養素について詳しく説明できる人材が必要とされるかもしれません。

おわりに
 健康につながる食事は個人によって異なります。健康な人であれば,その人に見合ったエネルギー量をバランスのとれた食品で摂ることです。この説明があまりにも曖昧であるために,栄養管理が難しいと思われがちです。まずは身近な管理栄養士に,ご自分の食生活のご相談をされてみることをお勧めします。近年もてはやされる特定保健用食品に飛びつく前に,まずは改善できることがあるかもしれません。

文 献
1)Jang M, Cai L, et al:Cancer chemopreventive activity of resveratrol, a natural product derived from grapes, Science 275(5297):218-220,1997
2)後藤一寿・井上荘太朗・渡邉 治:機能性食品摂取と選択に関する国際比較-日本・アメリカ・イギリス・イタリア消費者調査結果から-,フードシステム研究第16巻3号:27-31,2009



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