=== 随筆・その他 ===
甲南免疫懇話会300回
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西区・武岡支部
(四本皮膚科アレルギー科クリニック) 四本 秀昭 |
この会を始めたのがいつだったのか,はっきりした日は覚えていない。多分,平成元年の頃だったと思う。それから毎月朝7時半から約1時間,免疫に関する本や論文を読んできた。200回に達したとき記念としてこの医師会雑誌に投稿したが,それが何年,何月のことだったか,確かサッカーのワールドカップがあった頃だから,今から約9年前,そのワールドカップはえーっと,この前がブラジル,その前が南アフリカとすると多分,ドイツ大会かなんて,年を取って記憶が実にいい加減になってしまっている。そういう調子で免疫の論文を読んできているので,頭の中に記憶としてあまり残っていない気がする。気がするじゃなくて残っていない。じゃあ,なぜ無駄な努力をしているのか,自分ではもっと新しいことを覚えたいと思っているからだが,何せ覚えられない。現在,臨床免疫アレルギー科という雑誌から毎月3篇の論文を適当に選んで読んでいる。臨床に直結したものを一つ,あと二つは基礎的なものである。選ぶ基準の一番目はまだ聞いたことのない用語だ。Natural
helper cell siRNA 2型自然リンパ球など。これが一度読んだくらいでは頭に入ってこない。論文を読んでいくと分子生物学を学んでいない世代なので理解できないところが多々ある。勉強の順番を間違えているんじゃないの,君たちという声が聞こえてきそうだ。分子生物学はそういうことで一度,村松正実の本を取り上げ,おしまいまで読んでみた。ところがこの程度の本では今の論文は理解できない。論文を選ぶ基準の二番目は消化管免疫に関するものを優先してきた。この領域は若いころ多少かじったことがあり,小児アトピー性皮膚炎ともかぶるところがあるので,面白そうな論文があれば目を通すことにしている。また,長年一緒に勉強会をやってきた肥後公彦先生が消化器の専門医だったからでもある。今から35年ばかし前,皮膚科の田代教授の命令で九大癌研免疫部門に勉強に行かされたことがある。野本亀久雄教授の研究室で多くの研究者がアクティヴに研究しておられた。そこで1年間,今,九大総長をされている久保千春先生にお世話になった。手取り足取り免疫のいろはから。野本教授からこの1年で必ずペイパーを書けと言われ,結局,一番,出来の悪い外弟子になってしまった。その当時,久保先生はC57BL/6やAKRといったマウスを使って鶏赤血球を経口投与して免疫の流れがどうなるのかという研究をしておられた。久保先生からアロの脾細胞を経口投与する系で実験するようにと言われて,この免疫とのお付き合いがスタートした。抗原を経口投与するとシステミックな免疫応答は抑制がかかることが分かった。また,タンパク抗原を経口投与した論文を読むと飲ますことでブースターがかかるデータがあったりした。小児のアトピー性皮膚炎患者で食物アレルギーを持つケースでは食べさせるたびに抗体価が上がっても不思議はない。ただアウトグローするケースも多くあり,その辺が難しいところだ。最近,食物アレルギーを持つ小児アトピー性皮膚炎患者に積極的に食物負荷試験を行い,食べさせていくやり方が多く報告されるようになってきている。食物アレルゲンに対するIgE抗体価がどの程度なら問題なく食べさせることができるのか,昨年参加した小児アレルギー学会で,興味深い臨床研究発表があり参考になった。ところで現在,経口免疫はどの辺まで研究が進んでいるのだろうか。最近読んだ論文からかいつまんで紹介してみたい。あなたは1年に一体どれくらいの量を食べていますか。それまでこんなことは思ったこともなかったが,この雑誌のある論文によると成人は約1トン食べているそうだ。うちタンパク質が100kg。食物は酵素処理されてバラバラになるので抗原として認識されないというのは間違い。また,腸管には約100兆個もの微生物。つまり自分にとって良いものと都合の悪いものを選び分けるシステムがここにある。その為に体の免疫細胞の6割は腸管に存在している。生体にとってそれだけ重要な免疫応答の場ということだろう。口から入ってくる食物に対して腸管局所ではIgA産生を中心とした免疫系が作動している。当然食べたものに対して他のクラスの抗体が作られたり細胞性免疫が作動すると困るのでそれらに対しては抑制がかかる。高い親和性を持つIgA抗体はパイエル板で分化するB細胞が産生する。パイエル板でB細胞が分化する際に杯中心にTfhが存在するが,その細胞がTh17と可塑性があることが報告されている。Th17欠損マウスでは経口投与されたタンパク質に対し特異的IgA抗体が産生されない。つまりTh17はパイエル板での特異的IgA産生に必須のサブセットである。IgA産生についてはこれとは別に粘膜固有層でT細胞非依存性に形質細胞が分化誘導される機構が存在している。では,腸管でTh17はどのようにして誘導されてくるのか。腸管内の常在菌のある分子がTh17分化には必要である。パイエル板が無くても分化してくるので粘膜固有層が分化の場と考えられている。マウスのレベルの話だが腸管の樹状細胞の中でCD103−DCは常在菌のATP(アデノシン三リン酸)の存在下でIL-6,IL-23を産生しTGF-β下でTh17を誘導することが報告されている。腸内細菌が無いとTh17,Th1,IgA産生B細胞は激減することが分かっている。またCD103+DCは非感染性のアレルゲンを捕捉すると腸間膜リンパ節に移動しレチノイン酸,TGF-β存在下でTregを誘導する。しかもこのTh17とTregは可塑性があることが実験で明らかにされている。生体は実に巧妙なシステムを構築しているわけである。同じ細胞がIgA産生を誘導するようにTfhに,また一方ではシステミックな反応を抑制するようにTregに分化できるようになっている。ところでTh17は細菌や真菌の感染防御に必須の細胞であり粘膜固有層に多く存在している。大腸には天文学的数の細菌が生息している。中には病原性を持つものもありこれらに対してCD103+DCは病原体を認識するPRR(パターン認識受容体)を介しeffector
T cellを誘導する。Th17はIgA抗体産生の亢進,IL-21を産生して粘膜上皮に抗菌ペプチドを増産させ,さらには好中球を局所に集める。またIL-23が存在すると炎症性のTh17に分化し,炎症が続くとさらに分化が促進され炎症性のTh17が増加する。潰瘍性大腸炎の治療法の一つに先に書いた細菌由来のATPのコントロールが考えられている。しかし我々の腸管は全ての腸内細菌に対して同じように反応するのではなさそうだ。自分好みの細菌があるとTregを誘導し,危険な雰囲気の細菌に遭遇するとTh17やTh1が誘導される。CD103+DCにももちろんヘテロジェネイティがありその中にはTLR4を発現せずに常在グラム陽性菌に対して低応答性のものがある。これらの細菌に対しては不必要な活性化が起こらないようにしているのだろう。生体はいくつも保険をかけているように見える。腸管上皮細胞はMHC
I,MHC IIを発現しているがCD80やCD86と言った共刺激分子を発現していないので食物の抗原に対しては接触したT細胞にはアネルギーが誘導される。ところが腸管で炎症がおこるとこの細胞にも共刺激分子が異常発現して腸管の過剰な炎症がおこりTh17が誘導されてくる。粘膜固有層にあるSIGNRI+DCは食物抗原を取り込むとTr1を誘導して免疫応答を抑制する。こうしてみるとTh17は系統発生学的にどの辺りから出現するのか気になるところだが不勉強なためにその辺は調べていない。M細胞や寄生虫感染についても面白い話があるが,割愛させていただこう。
昨年の夏に,長いこと一緒に勉強会をやってきた肥後公彦先生がAMLで亡くなられた。本当に残念なことだった。体が動く限りはサッカーをすると言っておられたが,一昨年の春,貧血がひどくなり顔色が悪いのに試合に出かけ,いよいよ体が言う事をきかず周りの人間にやかましく言われて医療センターに入院された。長い闘病生活だった。骨髄移植がうまくいけばと思っていたが移植後しばらくして黄泉の客となられた。博識な人だったな。たまの飲み会でカラオケをはしごするとそれはレパートリーの広い歌い手だった。QueenのFreddie Mercuryが焼酎片手に長渕 剛の桜島を歌っているかのようだった。
今も勉強会は続けている。今月は18日に303回目を開いた。橋口正一郎先生がIgE抗体産生を促進するFas-expressing natural helper細胞,田辺三菱製薬の水田 晃さんがC型肝炎ウイルスのプロテアーゼNS3-4AによるRIG-Iシグナルの抑制,私がオマリズマブの効果的な投与法を担当した。聞き手は科研製薬の平田泰那さん,大鵬薬品工業の前田理憲さん,MSDの伊藤孝弘さんだった。さあ,400回に向けて細々ながら頑張りましょうか。その時,一体,何歳になっているんだっけ。2015.3.20

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