随筆・その他

リレー随筆

鹿児島の地域に根ざしたすばらしき焼酎文化

鹿児島県中央児童相談所
鹿児島県こども総合療育センター 吉田  巌
 このリレー随筆の依頼をいただいたとき,正直何を書けばいいのかと思いました。皆さん趣味のことを書かれていることが多いので,我が身を振り返ってみると・・・とんでもない趣味がありました。それは「焼酎」です。タイトルを見るとどんなお酒飲みかと思われますが,実は私はあまりお酒を飲みません。おまけに関西出身の私は全く焼酎とは縁がありませんでした。お酒と言えば日本酒のイメージ。鹿児島に来て居酒屋では皆さん例外なく焼酎を飲まれることに驚いたのを覚えています。鹿児島では酒屋さんにも日本酒はほとんどなく焼酎ばかり。そんな鹿児島で鹿児島土産にと知人のお土産を選んでいると実にさまざまな銘柄があり,それぞれ個性があることを知りました。これは楽しい。その土地で生まれ,その土地で愛され根づいた文化。とても魅力的に思え,それほど飲まないけれどそのラベルの美しさだけでも買い集めたいと思いました。しかし1升瓶をたくさん保存するスペースもないし,数本だけ購入するにとどまり,また知人が訪問してきた際に振る舞う程度でした。そのまま終わっていれば後述する現在のような状況にならなかったのかもしれません。しかし知人,特に県外の知人の来訪時に振る舞うと大変喜んでもらえ,そんなに喜んでもらえるならと焼酎に関する興味がさらにわいていました。しかしその後はしばらく焼酎を買い集めることもなく平穏な時間を過ごしていました。
 転機はその8年後に訪れました。派遣されていた病院から異動になる際,その病院の焼酎好きの先生から珍しいものをあげると3本の焼酎をいただきました。霧島市の万膳酒造さんの萬膳,金峰町の櫻井酒造さんの金峰櫻井,志布志市の太久保酒造さんの侍士の門という3銘柄です。3銘柄ともご存じの方はかなりの焼酎通かと思います。それぞれ味もラベルも蔵元の歴史も大変興味深く,これを機にもっと焼酎のことが知りたい,いろんな銘柄を知りたいと思うようになりました。さっそくインターネットで情報を調べ,どんな銘柄があり,どんな銘柄が人気があるのかなどを知りました。森伊蔵や魔王,村尾といったプレミア焼酎と呼ばれる銘柄があるのも知りました。いろんな銘柄を勉強し,少しずつ買い始めましたが,やはり気になるのはプレミアと呼ばれる入手困難銘柄。プレミア焼酎とはいったいどんな味なんだろうと思い始めました。しかしそれよりなにより県外の知人からのリクエストがすごく「これはぜひ入手しなければならない」と思うようになりました。地元鹿児島だし,酒屋さんを数件回れば売っているんだろうなんて簡単に思っていましたがとんでもない甘い考えでした。店頭に並ぶことなどまったくなく,抽選(倍率は何十倍)や抱き合わせ販売などしかなく,オークションでは定価の5倍から10倍の値段がついていました。地元鹿児島は焼酎の県ですので,プレミア焼酎を含む焼酎に対する皆さんの関心も大きくかえって入手困難で,むしろ県外の焼酎消費が少ない地域の方が容易に購入できたこともありました。
 いろんな銘柄を買い集めることから始まった焼酎収集ですが,こうした入手困難銘柄も入手したく思い(もちろん定価で),あちこち焼酎探しに奔走しました。結局森伊蔵は抽選で,魔王は電話注文で,村尾は抱き合わせ(なんと他の銘柄5本との6本セット)で購入しました。初めてこうした銘柄を入手したときは大変うれしかったのを覚えています。
 森伊蔵などは何万円もするとお考えの方が多いですが実は正規に定価で購入すると3,000円もしません。間にいろんな人が入り,入手困難であることをいいことに値段が上乗せされているのが現状です。需要と供給のバランスとはいえ,蔵元さんには何もこの上乗せ分が入りませんのでなんとも不合理な話です。焼酎ブームの時は途方もない値段がついた上記3銘柄ですが最近はやや落ち着きました。といってもオークションなどではいまだに森伊蔵は2万円を下りませんし,村尾,魔王ともに1万円弱します。高いから,希少だからといって口に合うわけでもないのですが・・・。
 とは言うものの,やはり人気銘柄は知人からのリクエストも多く,森伊蔵については毎月蔵元への電話抽選に応募しています。当選は1年に2回くらい。聞くところによると倍率は50倍程度ではないかとのことです。当選した際は必ず配送ではなく,私は蔵元まで取りに伺います。垂水市の海沿い道から見える景色は絶景で何度見ても飽きません。めったに当選しませんし(1年に1度当たるかどうかでしょうか),配送料のほうがフェリー料金より安いのですが,毎回景色を見ながら森伊蔵を取りに行きます。皆さんも当選の際はぜひ蔵元さんに取りに行ってみてください。我が家は今月当選しました。今から取りに行くのが楽しみです。
 一通りこうしたプレミア焼酎なども収集した後は銘柄の個性を把握し,我が家へのお客さんの希望に沿って提供できるよういろんな銘柄を試すようになりました。ちなみにおすすめの銘柄は・・・芋焼酎では八幡(高良酒造,川辺),一人蔵(木場酒造,曽於市末吉),大和桜(大和桜酒造,いちき串木野),萬膳(万膳酒造,霧島),薩摩茶屋(村尾酒造,薩摩川内),日南娘(宮田本店,宮崎/日南),おび蒸溜屋あやこまち(小玉醸造,宮崎/飫肥)などです。麦焼酎は鹿児島ではあまり飲まれませんが,青一髪(久保酒造,長崎/島原),兼八(四ッ谷酒造,大分/宇佐),佐藤麦(佐藤酒造,霧島)などを来客にお出ししています。一度お試しいただければと思います。
 焼酎に関する関心はここまでで終わる人が普通で大半だと思いますが,私の場合はさらにエスカレートしてしまいました。有名ではない蔵元さんでお気に入りの銘柄を見つけたり,お店と蔵元さんが独自に提携し企画したプライベートブランドを集めたり,ラベルのデザインの美しさに惚れ込んだりとさらに我が家の在庫焼酎は増えていきました。ここまででも十分マニアックですが,懲りずにさらにエスカレートしてしまいました。
 蔵元さんに製造過程を見学させてもらったりするうちに焼酎文化,歴史に関心がわき,この時点で今はなき昔の銘柄や焼酎ブーム到来前の不遇の時代を乗り越えられずやむなく倒産に追い込まれた蔵元さんなどにも興味を持ち始めました。旧川内市の執印醸造,さつま町の鶴清酒造,出水の新屋酒造など地域に愛され,ブーム到来前に細々と経営されて味を守っていらっしゃったのですが,売れ行き不振,酒税の問題,後継者問題などさまざまな事情を抱えやむなく倒産された蔵元さんたちです。そんななき蔵元の足跡をたどることもしました。たとえば上記の執印醸造さんは海に面した薩摩川内市西方にありました。海沿いの細い路地を抜けると煙突のある古びた建物が見えます。しかし建物の中は廃墟。時計はとまり,中には古い釣り具が無造作に散らかっていました。建物周囲には代表銘柄である「極の黒」の空き瓶が転がり,何十年前の廃業当時のまま時間が止まっていました。
 そんな古きいまはなき蔵元を巡るうちに,いまはなき蔵元の銘柄はないだろうかと思うようになりました。これまた同じようなことを考える方はいらっしゃるようで,マニアの方はこうした銘柄を「終売品」といって収集されているようです。特にいまは紫外線の問題があり品質劣化の原因となるため敬遠されている透明瓶などは,いまとなっては希少でマニア流涎のものだそうです。私はあまり透明瓶には関心がありませんが,訪問した蔵元さんのいまはなき銘柄などについては,負けじとネットオークションで落札したり,知人から分けてもらったりするなどしました。そうこうするうちに我が家はプチ博物館状態となってしまいました。そんな古い焼酎飲めないよなどと揶揄されるのですが,私は「焼酎文化遺産」と勝手に呼び,品質の低下を防ぐため紫外線カットフィルムで包装し,温度管理までしています。在庫はずいぶん整理をしましたがそれでも600本以上あります。我が家に遊びに来た焼酎好きの方(マニア)は写真を撮って大喜びです。今では専用棚も用意し,将来は本業そっちのけで焼酎バーを開きたいなど現実味のない夢を持ったりしています。我が家にある最古の銘柄は昭和30年代。ご年配のお客さんが「ああ,こんな銘柄昔あったよね。なつかしいね」と感慨に浸ることができるようなお店にしたいなど半分以上本気で思っています。
 こうした幾分いきすぎた趣味ではありましたが,焼酎を通じて多くの方と知り合いにもなり,さまざまなかけがえのないご縁ができました。オークションで取引をした鹿児島県内の方とはその後も食事に行ったりするようになり,また知り合った宮崎県在住の方には主催される焼酎のイベントに毎回招待していただき,イベントにて昔の銘柄の展示を頼まれるなどするようになりました。単なる趣味にとどまらず,この地域で生まれ,地域で愛されまた日本のみならず世界にも誇れる焼酎文化を少しでも多くの方に知っていただきたいと願うようになりました。
 そんな我が家は先述しましたように博物館状態です。珍しい昔の銘柄などは個人的に売買の話をもちかけられたりしますが一切売却をお断りし,ひたすら在庫が増える状態となっています。
 桜島を背景に美しい錦江湾,全国でもまれに見る特徴を持った美しい開聞岳,霧島連山に温泉,美しい奄美群島,おいしい食べ物に焼酎・・・県外から移り住んだ私にとってはどれも魅力的で県外の大勢の人に知っていただきたいと思っています。その魅力のうちのひとつ,焼酎の魅力の伝道がどうやら私の使命のようです。そろそろ涼しくなりお湯割りがおいしい時期になってきました。今宵は黒じょかで,おいしい焼酎を飲まれてみてはいかがでしょうか。



次号は,鹿児島大学医学部・歯学部附属病院の大毛葉子先生のご執筆です。(編集委員会)




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