緑陰随筆特集
医師法第21条は医療事故の規定ではない
―医療事故を簡単に警察に届けてはならない―
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はじめに
平成26年6月10日,参議院厚生労働委員会の田村厚生労働大臣の答弁で,医師法第21条の解釈は「外表異状」によることが確立した。この10年の医療界の暗雲を払拭したのである。小池 晃議員(医師)の質問に対し,厚生労働大臣が核心部分の答弁を行った。この内容は,全ての医師が理解認識し,適切に対応する必要がある。弁護士にも理解不足が多い現在,医師本人が自己を守るためにも,医師法第21条を的確に理解し,初期対応と弁護士の選定を誤らないよう留意せねばならない。極めて重要な,我々が行ってきた活動の結実であるので,以下,その要旨を記述するとともに,医師法第21条につき,再度,考察を行う。
参議院厚生労働委員会
6月10日参議院厚生労働委員会における小池 晃議員の質問は次のようなものである。「2001年4月3日の厚生労働委員会で,当時の医政局長が『医師法第21条の規定は医療事故そのものを想定した規定ではない』と答えているが,その後,医師法第21条の拡大解釈が広がった。改めて,医師法第21条についての厚労省の見解を聞きたい」。これに対し,田村厚生労働大臣は,「医師法第21条は,死体または死産児については,殺人,傷害致死,死体損壊,堕胎等の犯罪の痕跡を留めている場合があるので,司法上の便宜のために,それらの異状を発見した場合には届け出義務を課している。この医師法第21条は医療事故等々を想定しているわけではなく,これは法律制定時より変わっていない」と答弁した。また同時に,平成16年4月13日の都立広尾病院事件の最高裁判決によると明言し,最高裁判決の解釈は,平成24年10月26日に「医療事故調査に係る検討会」で担当課長(田原克志医事課長)から説明したとおりであると答弁している。最後に,小池議員が,「医師法第21条が何でも医療事故を届け出るものではない」ということを確認して質疑応答を終了した。
医師法第21条は医療事故の届け出義務ではない
医師法第21条の解説は,都立広尾病院事件判決に基づき,種々の医療事故セミナーでとりあげられてきた。筆者も,多くの講演を聞いたが,納得のいくものは見当たらなかった。田邉 昇・佐藤一樹らの「外表基準説」を耳にし,都立広尾病院事件裁判の,東京地裁判決・東京高裁判決・最高裁判決の全てに目を通して,やっと納得できたものである。都立広尾病院事件当時の医療界の対応に問題があった。きれいごとのみを並べて,脇が甘かったのである。都立広尾病院事件判例が出た以上,現時点においては,憲法に抵触しない判断は「外表基準」を中心とする合憲限定解釈をするしかないのである。
憲法第38条1項(いわゆる黙秘権)について,若干触れなければならない。憲法第38条1項には,「何人も,自己に不利益な供述を強要されない」とある。日本国憲法の定める基本的人権である。憲法第38条1項(自己負罪拒否特権)に加え,刑事訴訟法311条1項は,「被告人は,終始沈黙し,または個々の質問に対し,供述を拒むことができる」と規定しており,憲法で定める自己負罪拒否特権より広い範囲の黙秘権を認めたものとされている。これらの権利は当然に日本国民たる医師にも該当せねばならない。医師法第21条は,同法33条に罰則規定を伴う刑罰法規である。医師法第21条は,取り扱いいかんによっては日本国憲法第38条1項の黙秘権に抵触するおそれがある。都立広尾病院事件判決は,憲法違反を回避するために導き出された便法であり,憲法判断を避けるための合憲限定解釈という司法上の手法である。従って,その判決文にいう「医師法第21条にいう死体の『検案』とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいう」との意味は大きい。「医師が死体の検案(外表の検査)をして,異状を認めた場合は警察に届け出なければならない」のである。この解釈は厳密に行うべきであり,拡大解釈されることがあってはならない。これを逸脱するようであれば,憲法違反となるであろう。すなわち,届け出基準の「外表異状の認識」は,厳密に守るべき事項である。
医師法第21条については,「異状死」の届け出ではなく,「異状死体」の届け出義務であることは繰り返し述べてきた。「外表基準」説そのものの詳細については,田邉・佐藤の論文に譲るが,医療事故調論議に際し,この医師法第21条の解決が避けて通れない問題となったのである。平成24年10月26日に開かれた「第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」において当時の田原克志・厚労省医事課長が重要な発言を行った。田原課長は,都立広尾病院事件判決を正確に解説し,「検案をして,死体の外表を見て,異状があるという場合に警察署のほうに届け出るということ」「検案ということ自体が外表を検査するということであり,その時点で異状とその検案した医師が判断できるかどうかということだ」「もしそういう判断ができないということであれば届け出の必要はない」と述べた。明確に「外表の異状が届け出の基準である」と発言したのである。その後,鹿児島で開催された「医療を守る法律研究会講演会」において,大坪寛子厚労省医政局総務課医療安全推進室長が「外表異状」との表現を使い,田原課長発言を補強した。
しかし,医療現場の不安は根強く,医師法第21条を恐れての警察への届けが相次ぎ,これが,かえって問題を複雑にしていた。今回の田村厚生労働大臣の答弁で,「外表異状」による「異状死体」の届け出規定であることがはっきりとしたものである。警察を恐れて何でもやみくもに届け出る愚を繰り返してはならない。医師法第21条については,立法時の法の趣旨に立ち戻るべきである。しかし,今回の田村厚生労働大臣の答弁で当面,実害は解消されたというべきであろう。
おわりに
最近,マスコミが医療事故をセンセーショナルに報道している。10年前の医療崩壊前夜を彷彿させる動きである。マスコミの無責任な報道と医療界の脇の甘い過剰反応が医療事故判決に重大な影響を与えた。同時に医療崩壊への導火線となった。今回,再び同じような構図が生まれつつある。以前の愚を繰り返してはならない。幸い,我々の運動が結実し,医師法第21条について,外表基準(外表異状)が確定した。今後,この外表基準(外表異状)を広く医療界に定着させていかなければならない。この医師法第21条の厳密な理解は,医療事故調査制度が進行している現在,極めて重要な課題である。現在進行中の医療事故調査制度の議論は,異状死体等の届け出義務は外表異状に基づくこと,医師法第21条は拡大解釈せず,立法当時の趣旨に戻すこととし,同法第21条の改正は行わないことを前提に進んできたのである。警察への届け出は「外表異状」によることが,医療事故調査制度の根幹なのである。
まず,今,我々に確実にできることは,「医師法第21条の異状死体の届け出義務」の内容を理解し,「外表異状」に基づき,不必要な警察への届け出を行わないようにすることであろう。届け出があれば警察は動く。犯罪の届け出と解釈するからである。無用の届け出をして事態を複雑にする愚は避けるべきである。
同時に,院内規則に不備がないかどうかの見直しが必要であろう。医師法第21条は解決したとしても,当時の,学会主導の有害無益な院内規則を採用しているとすれば,院内規則に縛られて届け出を迫られるからである。最近問題となっている大学病院の問題も院内規則の不備が発端である。
もちろん,医師法第21条は犯罪捜査の端緒である。死体を検案して犯罪を疑わせる異状を認めた場合は,医師は,24時間以内に所轄の警察へ届け出なければならないことは言うまでもあるまい。

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