はじめに
鹿児島市医師会の皆様方には,かねてから市政の推進ならびに救急業務をはじめとする地域医療の充実と向上のために,各段のご理解とご協力を賜っておりますことに衷心から感謝とお礼を申し上げます。
さて,本市は今年,明治22年の市制施行から125年,平成16年の新生鹿児島市の誕生から10年の大きな節目を迎えます。
これまで,先人達が築いた歴史や文化などの伝統を受け継ぐとともに,本市のさらなる飛躍に向けて,市民と行政がともに協働・連携してまちづくりを進めるために,「第五次鹿児島市総合計画」を策定し,
「人・まち・みどり みんなで創る
“豊かさ”実感都市・かごしま」
を都市像に掲げ,その都市像を実現するために,「健やかに暮らせる 安全で安心なまち」など6つの基本目標を推進することとしております。
中でも,市民生活の安心・安全の確保は市政の根幹に関わる最優先事項であり,消防局は市民に一番身近な防災機関として職員が一丸となって,市民の理解と協力をいただきながら貴会をはじめ関係機関との連携をさらに深め全力でその任務に当たってまいります。
さて,平成25年は,小規模な高齢者施設や有床診療所において多数の施設利用者が亡くなる火災事故が相次いで発生し,高齢化の進む社会の弱点を浮き彫りにしました。
本稿では,福岡市で発生した有床診療所火災の概況と本火災を踏まえた国の対応および被害拡大の要因と火災予防対策の在り方について述べてみたいと思います。 |
1.火災の概要
(1)発生日時
出火時刻:平成25年10月11日(調査中)
覚知時刻:上記日 2時22分
(警察から消防へ入電)
鎮火時刻:同 上 4時56分
(覚知から34分後)
(2)建物概要
構造・階数:鉄骨造および鉄筋コンクリート造・地下1階 地上4階建て
建築面積:219.43u 延面積:681.71u
各階用途:地下1階(42.77u倉庫・休憩室)
地上1階(219.43u処置室・リハビリ室・病室)
2階(197.42u病室・厨房)
3階(152.40u名誉院長自宅)
4階(69.69u看護師寮)
(3)焼損状況 全焼(焼損面積282u)
(4)死傷者(15人)
死 者:10人(男性3人・女性7人)
負傷者: 5人(重症4人:男性2人・女性2人)(中等症1人:女性)
(5)出火原因(調査中)
(6)火災の状況
ア 出火当時の状況
@ 出火当時の所在者は17人(入院患者12人・当直看護師1人・4階寮に看護師2人・3階自宅に名誉院長夫妻)
A 自動火災報知設備のベルが鳴動し当直看護師が,1階処置室内の火災を発見
B 当該看護師は1階玄関ドアの鍵を地下1階の休憩室に取りに行き,玄関を開錠
C 火災が拡大したため,通りかかったタクシー運転手に通報を依頼
D 通報を依頼されたタクシー運転手が110番通報(警察から消防へ通報)
E 看護師など病院関係者による,初期消火,早期119番通報,避難誘導なし
イ 出火場所
1階処置室北東付近
ウ 出火原因
処置室内の北東角付近にあった医療用電気機器(通称ホットパック)の電源プラグ周辺から接触部過熱,またはショートにより火災が発生した可能性有り
エ 延焼拡大および煙の伝播状況
@ 火災は北側階段室,その他上階へ通じる空間を経由して火炎や煙が上階へ伝播して拡大
A 各階段室には防火戸が設置されていたが,機能不全やロープで固定,閉鎖障害物存置のために全てが未閉鎖状態
オ 消防用設備等の設置状況
消火器,屋内消火栓設備(任意設置),自動火災報知設備,避難器具,誘導灯,消防機関へ通報する火災報知設備(固定電話があることで設置は特例免除)
カ 消防用設備等の作動状況
自動火災報知設備については作動,その他の消防用設備等については,未使用
キ 死傷および避難の状況
@ 17人の所在者のうち10人(入院患者8人・名誉院長夫妻)が死亡
A 5人が負傷(入院患者3人・寮に居住していた看護師2人)
B 入院患者は,高齢で介護認定を受けた者が多く,自力避難が極めて困難な状態
C 死者10人は全て高齢者で,うち7人は要介護認定者
D 高齢者以外の者は負傷のみ
2.有床診療所火災を踏まえた国の対応について
総務省消防庁は,本火災の教訓を踏まえ,有床診療所・病院等の火災被害の拡大防止対策および火災予防行政の実効性向上等に関する検討を行うために,同年10月18日,庁内に学識経験者や病院関係者等による「有床診療所火災対策検討部会」を設置,6回の検討を経て,本年6月19日に「有床診療所・病院火災対策報告書(案)」が提示され同検討部会で了承された。これを受けて総務省消防庁は,新基準について閣議決定を行い,今年8月に消防法施行令の一部を改正する予定である(改正の考え方は,次頁の表参照)。
3.被害拡大の要因(問題点)と火災予防対策の在り方について
(1)本件火災における問題点
ア 消防機関への119番通報について
火災報知設備の鳴動で火災を発見した当直看護師が,避難口確保のため施錠された1階玄関ドアの鍵を地下1階に取りに行き解錠しているが,最も優先すべき119番通報をせず,火災が拡大し,通りがかりのタクシー運転手に通報を依頼,通報が遅れている。
イ 関係者(看護師)の初動対応等について
@ 出火当時,初期消火などの対応を期待できた関係者は,当直看護師1人と4階寮に所在した看護師2人の計3人であるが,通報,消火および避難誘導などの初動対応が欠落している
A 入院患者は,高齢で介護認定を受けた者が多く,自力避難が困難であることは,看護師として熟知の事実であるが,これらへの避難誘導がなされていない
B 初期消火のための消火器や屋内消火栓設備が設置されていたが,関係者による使用はされていない
C 出火時,所在していた看護師3人は,本院が夜間,当直看護師1人で自力避難が困難な入院患者多数を預かっているという現状にありながら,有事の際において行うべき基本的な内容を理解していない
D ナースセンターは2階に設置,1階玄関の鍵など有事の際に必要となる物を地階に保管しており,看護師など関係者の所在する場所で一元管理されていない
E 出火の可能性のある医療用加温器2台は,夜間においても常時電源が入り保温状態で,そのうち1台は温度設定機能に不具合のあったことが確認されている
ウ 組織として火災危険への対策について
診療所として入院患者の様態や職員の勤務体制などを考慮すると,当然火災に際し職員の初動対応が困難となることは十分に予見できる状況にあったが,火災が発生する数年前から消防法に基づく消防訓練を実施しておらず,前記のように職員の初動対応に欠落が生じ被害が拡大した。
エ 建築基準法令による安全確保
@ 本院には1階から4階に合計7カ所,階段と各階を防火区画する防火戸が設置されていたが,防火戸が閉鎖せず1階から出火した火炎・濃煙が階段室等を経由して,早期に上階へ急速に伝播して,多数の死傷者を発生させた
A 防火戸は,火災の熱で自動的に閉鎖する構造となっているが,扉の前に閉鎖の障害となる品物があれば自動閉鎖せず,防火区画を形成しない
(2)火災対策の在り方
有床診療所および病院は,夜間は限られた職員で入院患者の対応に当たることから,自力避難困難者など入院患者の様態によっては,火災時に適切に対応することが,非常に難しい施設である。
このような惨事を繰り返さないためには,当該対象物に応じた最も現実的かつ具体的な防火管理体制などソフト面の構築と,防火戸など建築設備や火災の感知,警報,消火設備の設置と適切な維持管理などのハード面により,総合的に生きた火災予防対策を講じる必要がある。
ア 最も重要なソフト面での対策
(ア) 関係者(管理権原者を含む職員)の意識改革
今回のような火災が一度発生すると,事業の継続ができない最悪の状態になり,それぞれに結果責任を追及されることを全ての関係者が深く認識し,防火管理について本来の業務である患者への医療行為等と同様のマネジメントが必要であることについて意識の改革が必要である
(イ) 関係者の火災危険等の予見や安全維持のための視点とチェック
例えば,
・ 現当直体制で,通報,初期消火,避難困難者の避難誘導をどうするのか
・ 夜間,突然自動火災報知設備が鳴動した場合の初動の対応はどうするのか
・ 防火戸の前に置かれたイス等の物件が,火災時にどのような障害を招くのか
・ 医療器具等の電気機器の配線やプラグなどは適正,安全に使用されているか
など,これらの例示は平素の勤務の中で,関係者として当然に意識して,確認やチェックを行うことが必須であるが,確認やチェックには相応の知識や経験が必要であり,各自の対応能力を高める必要がある
イ 消防用設備等の設置と維持管理および効果的な訓練の実施
(ア) 法規制により設置する消防用設備等は当該対象物の実態に応じ,出入りし勤務する者等の安全を確保するための必要最小限のものであり,設置することで自動的に安全が確保されるものではなく,それらの機能維持とともに,取り扱いを習熟して有事に備えることが関係者の義務である
(イ) 有事の際に対象物の実態に応じた確実な初動対応を図るためには,日頃の訓練において繰り返しその対応を習得する以外に方法はない。
当該対象物の立地条件,建物構造,入院患者の特性(自力避難の可否など)や当直体制を踏まえるなかで,消防用設備等の取り扱いを含め効果的な消防訓練を出火場所や実施者を変更して,全員が実施し初動対応の強化を図るべきである
ウ 危険を回避する意識の養成
各事業所において,それぞれが多忙な業務を担うなかであっても,安全の確保はその担う業務と同等以上の業務であり,何ものにも優先する重要なものであります。
「安全の確保はその人の感性で決まる」と言われますが,ことに応じて「これで大丈夫か」,「もしかしたら・・かもしれない」という,その状態を見たときに危険側に立って考え,事前の対応(準備)ができる感性(意識)を備えることが最も重要である。
結びに
本市の救急搬送件数は,年々増加し5年前と比較し4,300件超で,そのうち高齢者の搬送件数が,3,000人と顕著になっており,今後も本市の高齢者人口の増加に符合して増加が予想されます。
また,救命率の向上と後遺障害の軽減を図るために,本年10月から消防局の救急業務として現市立病院を拠点としてドクターカーの暫定運用を開始し,新病院開院後は正式運用に移行することとしております。
鹿児島市医師会の皆様には,これまでも本市の救急業務が円滑に推進できるように,救急隊員の教育指導や救急業務に係る事後検証など各般にわたりご支援とご協力をいただいているところでございますが,これらの状況を踏まえまして,今後とも貴会とのさらなる連携を図りながら,「健やかに暮らせる 安全で安心なまち」鹿児島市の実現をめざして業務を推進してまいりますので,引き続きご支援,ご協力を賜りますようよろしくお願いを申し上げます。


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