=== 新春随筆 ===

医療事故調問題は新しいステップへ



中央区・清滝支部
(小田原病院)
              小田原良治
 
1.はじめに
 平成25年11月6日,日本医療法人協会,厚労省,保岡興治衆議院議員(元法務大臣)の三者会談が行われた。非公式会談である。保岡議員の呼びかけによるものであるが,医法協からは,日野会長と小田原の2人が出席した。もちろん,医療事故調についての意見交換である。時間ぎりぎりまで白熱した議論が戦わされた。厚労省から,新しい修正提案が成された。「再発防止」のための法案づくりであり,「責任追及」には結びつけないとの発言もあり,評価に値する会談であった。厚労省が病院団体合意の,「再発防止」と「紛争」を切り分ける考え方に理解を示し,医法協は厚労省の立場に理解を示したのである。今回の仕組みは,あくまでも「再発防止」のみの仕組みであることを確認した。これにより,医法協は交渉のテーブルに着くこととなった。これを受け,11月8日社会保障審議会医療部会において,日野会長が今後の方向性に意見を述べるとともに,会長決断として,今後の密なる連携を前提として法案制定に一定の理解を示すこととなった。
 三者会談を一つの節目として,医療事故調は新たな次段階の活動に移行することとなる。鹿児島発の運動の一つの節目である。これを機に,医療事故調問題の経緯について総括しておきたい。

2.都立広尾病院事件・県立大野病院事件と医師法21条
 広尾病院事件・大野病院事件と医師法21条の問題点については,これまでも「日本医療法人協会ニュース」等で述べてきたが,大事な問題であるので,再度,概略を述べねばならない。
 平成11年,都立広尾病院で,消毒液の誤注射による死亡事故が発生した。薬剤を取り違えた看護師は,業務上過失致死罪,主治医と病院長が医師法21条違反に問われた。裁判途中で,厚労省は「リスクマネージメントマニュアル作成指針」通達を出し,異状死の全例届け出を指導している。病院長は,自己負罪拒否特権(黙秘権)侵害であるとして上告したが,棄却されて有罪が確定した。この広尾病院事件の判例が,その後の司法の基準となるのである。
 平成18年2月18日,産婦人科医が逮捕された。いわゆる大野病院事件である。医療界に激震が走った。平成16年12月17日,福島県立大野病院で帝王切開術を受けた患者が死亡し,1年以上経過後の平成18年2月18日,執刀医が,業務上過失致死と医師法21条違反の容疑で逮捕され,翌月起訴されたのである。判決は,業務上過失致死罪容疑についても,医師法違反容疑についても無罪とした。判決は,広尾病院事件判例に沿ったものである。医師法21条に言う「異状」とは,「法医学的にみて,普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であり,診療中の患者が診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は,異状の要件を欠く」と明確に述べている。
 広尾病院事件判決は,医師法21条にいう死体の「検案」とは,医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい,届け出義務は,医師が,死体を検案して死因等に異状があると認めたときと述べている。大野病院判決は,まさに,この判例に沿ったものである。医師法21条の届け出義務については,田邉氏らの明解な解説や佐藤一樹医師の当事者としての貴重な発言が参考となる。
 大野病院事件による「医師逮捕」の衝撃は大きかった。その結果が「医療崩壊」であり,また,「医療事故調」創設の動きである。

3.厚労省第二次試案・第三次試案・大綱案
 医師法21条の変質に対する医療界の過剰反応に,いろいろな人々の思惑が絡み合い,「医療事故調」創設の動きが起こった。厚労省第二次試案・第三次試案・大綱案である。第三次試案・大綱案と徐々に本質が見えにくくなってくるが,ルーツともいうべき第二次試案には,責任追及の構図が明瞭に見えている。まず,第二次試案中の「原因究明」という用語は,責任追及を意味する「原因糾明」として使われており,医学的観点および発生に至った過程の双方から責任追及をすると記載されている。第二次試案の事故調組織は,「再発防止」を目指すものではなく,「紛争」の組織である。また,行政処分,民事紛争,刑事手続きに調査報告書を活用できると明言しており,この仕組みが明らかに責任追及のための仕組みであることは明らかである。行政権限の強化も明確に記載されている。第二次試案は,オブラートに包まれ,第三次試案・大綱案と進む。小田原は,当時,市医師会支部長会・代議員会等において同法案の危険性に繰り返し警告を発してきた。
この過程で,平成21年には,「日病協死因究明ワーキンググループ」で議論が開始。医法協は,同法案の危険性を指摘,独自案を提出することとなる。
これらの流れを見つめれば,厚労省第二次試案の延長線上に,本年5月29日の厚労省「医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方とりまとめ」があると考えるのが自然な解釈であろう。

4.病院団体合意はWHOガイドライン準拠
 平成24年7月,四病院団体協議会,日本病院団体協議会で,「予期しない医療関連死に関する検討」が再開された。医法協は医療外(紛争)の最大の問題点である刑事事件化については,刑法211条(業務上過失致死傷罪)そのものの問題であり,医療という複雑で侵襲性を伴う業務に,自動車運転やエレベーター事故,湯沸かし器事故と同じ業務上過失致死傷罪が適用されることの不合理を訴えてきた。しかし,現実問題として,捜査の端緒となる医師法21条(異状死体等の届出義務)の解決を放置したまま,再発防止という美名のみの事故調設置は,責任追及ひいては,医療者の人権の侵害につながりかねないと強い懸念を表明してきた。再発防止のための報告書が,紛争資料として使用されないことを担保する必要がある。非懲罰性と機密性が必須である。医療内すなわち再発防止と医療外すなわち紛争を明確に切り分けることが,必要である。WHOガイドラインの精神に沿った考え方である。病院団体は,この医療事故調の目的は,あくまでも,再発防止のためであり,医療の内のことに限定して行うとのコンセンサスを得るに至った。すなわち,病院団体合意の前提は,再発防止のシステムとしての合意であり,非懲罰性と機密の保護を担保した上での仕組みづくりである。

5.医療事故調のすべてがわかるシンポジウム
 四病協合意,日病協合意,全国医学部長病院長会議案に続き,平成25年6月12日,日医が病院団体と骨格を同じくする答申をまとめた。医療界の共通認識は,「WHOガイドライン」遵守ということである。
 平成25年9月21日,医法協は,鹿児島市において,「医療事故調のすべてがわかるシンポジウム−医療事故:あなたの責任はどう追及されるのか−」を開催した。シンポジストは,医療事故調論議の中心メンバーであり,まさに,オールスターであった。そこで,確認されたことが,「WHOガイドライン」遵守が医療関係者の共通認識ということである。
 WHOガイドラインは,再発防止を目的とした制度と説明責任を目的とした制度は,全く異なる制度であるとしている。説明責任を目的とした制度は,当事者の責任追及の制度である。この二つの制度は目的が異なるため,一つの制度に二つの機能を持たせてはならないとも述べている。同時に,再発防止に資するためには,非懲罰と機密の保護が保証される必要があるとし,監督官庁や司法機関などから独立していることが必要であるとしている。また,再発防止のための調査手法は,考え得るあらゆる可能性を列挙して,それらを優先順位を基に段階的に解決していこうとするのに対し,原因糾明の手法は,可能性の中からもっともらしいものに絞り込んで特定していく手法であり,調査手法そのものが異なる。再発防止のための情報を原因糾明に使用することは,冤罪の温床となりかねない。
 また,特記すべきことは,「医療事故調のすべてがわかるシンポジウム」に,保岡興治元法務大臣の飛び入りがあったことである。保岡議員が,「医療内」と「医療外」の切り分けおよび再発防止型と原因糾明型の二つのシステムの混同の危険性に理解を示した意義は大きなものがあったと考えている。

6.医療事故調問題は終わったわけではない
 本年11月6日,保岡興治議員の仲介で,医法協は厚労省と会談を行った。意見交換の結果を受け,相互理解の観点と現実的対応として,11月8日の第35回社会保障審議会医療部会において,日本医療法人協会会長の政治決断として同意することとなる。我々は,従来の主張を変えたわけではない。三者会談において,厚労省が「再発防止」を目的とした仕組みづくりであることを明確にし,責任追及につなげないとの見解を示したことを受けて,現実的・協調関係の構築を目指したものである。今後とも「WHOガイドライン」の遵守を見守りつつ意見を述べていく立場である。今回の同意により,具体的作業が進むと考えられるが,院内事故調一つを取っても克服すべき多くの問題がある。それぞれの医療機関が適切に対応できるようにするためにも,個々の医療機関をサポートする役割が必要であろう。医療事故調問題は,この1年半の間,困難な道程を歩み,今日に至った。ここに至るまでの医法協の果たした役割は大きい。医法協なくして「WHOガイドライン」遵守の道筋はなかったであろう。今回の決断は「合意」ではなく,現実に基づいた「政治決断」である。今後とも,「再発防止」の仕組みが「責任追及」につながることがないようチェックしていく必要がある。同時に「仲介の労」を担っていただいた議員の先生方にも「目的」が歪むことのないよう注視をお願いしたい。
 また,事故調問題の本丸は,刑法211条(業務上過失致死傷罪)の適用問題にある以上,これが終わりではなく,新たな始まりであることを認識しなければならない。

7.おわりに
 三者会談を受け,医法協は,会長の政治決断という落としどころに向かった。この三者会談の内容は別の形で明らかにされることとなる。それは,今年11月16日,香川県高松市で開かれた日本医療法人協会顧問の井上清成弁護士が常任講師を務めるセイコーメディカルブレーン主催の,医療法務セミナーの席上である。
 講師の橋本 岳衆議院議員(自民党死因究明体制推進プロジェクトチーム座長)の講演資料として,厚労省医療安全推進室とのQandAが配布されたのである。その中で,厚労省は,三者会談での発言通り,「再発防止」の仕組みであること,「責任追及」との分離(未だ不完全ではあるが)に触れている。また,「紛争解決」を目的とするものとして想定していないとも述べており,我々の主張の「再発防止」と「紛争」を切り分ける考え方に立ったコメントをしている。明らかに大きな前進があったと考えている。
 ここに,医療事故調は,新たな一歩を踏み出すこととなった。この1年半の間,否,平成21年の「日病協死因究明ワーキンググループ」以来,医法協は,医療事故調論議に大きな先導的役割を果たしてきた。ここで,今までの活動の一区切りを迎える。しかしながら,今後も,今までの活動が実りあるものとして根付くことを見守っていく必要があることは言うまでもない。次なる一歩のために,新たな取り組みが求められている。今後も,この問題については注視していく必要がある。まさに,医療事故調は,「次のステップ(新たな個別対応のステップ」へ踏み出す時期を迎えたというべきであろう。



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