緑陰随筆特集
ニュージーランドにおける妊産婦を支える助産ケアについて
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鹿児島大学医学部保健学科
母性・小児看護学講座 教授 吉留 厚子
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ニュージーランドの助産の歴史
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ニュージーランドの自然
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研修で同行した仲間(筆者左)
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ニュージーランドの助産ケアシステムについて,数年前に講演を聞いたり,雑誌を読んだりして興味を抱いていました。今回,ニュージーランドでの研修の機会を得て,7カ所の施設の見学を行いました。
1800年代から1930年代まで,自立した助産師による助産ケアが主に行われていました。1904年に助産師法が成立し,出産は自宅,あるいは助産師が運営する助産所で主として行われていました。1940年代から1950年代に,鎮痛薬を用いた分娩時のケアを実施するようになり,出産の医療化が進み,その結果,自宅出産から病医院出産への急激な変化がおとずれ,助産師の地位が低下しました。1960年年代から1980年代は,出産の医療化がほぼ完了し,助産は看護の一部になり,99%の子供が病院で出生しています。助産師が運営する助産所が衰退しました。1980年代から1990年代に世界的な女性の健康ムーブメントが,ニュージーランドの女性の態度の変容に大きく影響し,女性たちは出産をもっと自分自身でコントロールしたいと望むようになり,助産師たちは助産師の自立した役割を取り戻そうと動き出しました。
制度の変革
変革の重要なきっかけとなったのは,女性や母親がマタニティ・サービスに関し不満を感じ,父親もパートナーのうける治療や自分が締め出されることについて同様に感じていました。助産師も,断片的な役割しか果たせず,助産モデルではなく看護モデルのケアをしなければならず,医師は,24時間のケア提供やマタニティユニットでの業務に不満を感じていました。政治家は,有権者が満足する要請に応じたいと思い,政府は,医療費削減のために地域を基本にしたプライマリー・ヘルスケア保健政策を推進する方針を示すことになりました。
助産師は,@産科医中心のマタニティ制度を,女性が受けるケアについては女性自らに決定権がある制度,A病院を中心とする制度から,緊急時にいつでも呼べる医療サービスの支援を保証する各地域における助産師による保健制度,Bひとりの妊婦に数多くのプロバイダーが関わることでケアが断片的になる制度から,妊婦とその家族とのパートナーシップによりケアが継続的に与えられる制度,C制限が多く報酬が少なく,存在感が薄い助産師の職業を,自立し十分な報酬が保証される自己統制制度の職業への変化を求めました。
法的な枠組み
1990年の改正看護師法は,@診断,治療,検査や調査での医師の紹介,業務範囲内の薬剤の処方,入院予約,医師と同料金の請求,Aダイレクトエントリーの助産教育の開始(助産師になるためには看護師の資格は必要がなく,助産師のみを育てる教育)の助産業務を認めました。
女性の妊娠と出産時の権利
見学した施設の壁には必ず以下の「女性の妊娠と出産時の権利」の箇条書きが掲示されていました。
1)人間的な尊厳と文化的背景を尊重した扱いを受ける権利
2)出産場所を選ぶ権利
3)LMC(Lead Maternity Carer)の選択と変更をする権利
4)分娩時の立会人を決める権利
5)出産にあたって薬の使用,治療,検査に同意する前に,それらの薬品,治療,検査が母体と胎児に及ぼす影響についての質問をする権利
6)出産方法を選ぶ権利
7)大きい病院に移される時,LMCとサポートしてくれる人の同行を要求する権利
8)新生児と同室にいる権利
9)母乳で育てたいとき,粉ミルクによる授乳を拒否する権利
10)LMCや他にケアをした人たちへ抗議する権利と満足のいく説明をうける権利
11)妊娠中の健診記録と新生児の健診記録の閲覧とコピーをする権利
12)英語が母国語でない場合,通訳を要求する権利
13)何らかの調査への協力と拒否をする権利
14)実習生による世話を拒否する権利
新しいマタニティケア
(LMC:Lead Maternity Carer)
このシステムはNew Zealand College of Midwives( ニュージランド助産師会)が政府に提言し,1996年に実現したシステムです。
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LMCの案内
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PUKEKOHE HOSPITAL
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バースセンター
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LMCは,出産後6週間までのマタニティ期間において,必要なサービスの提供を調整する責任を担います。ニュージーランドでは女性がどこで出産するか,誰に出産の際介助してもらうか,出産後誰に世話をしてもらうかは妊婦自身が決定することができるシステムなのです。
LMCになれるのは,助産師,かかりつけの医師(GP),産科医であり,妊婦は先ず,LMCを決めなければなりません。LMCは妊婦の妊娠中の責任者であり,ケアプランを妊婦と一緒に計画し,必要に応じて変更し,陣痛,分娩,そして出産後の全ての期間において援助を継続して行います。もし,妊婦がLMCに不満があった場合は,いつでも他の人に変更できるのです。
LMCの実際
女性と子どもにかかる医療費を国が負担し,助産師とGPの費用はほとんどが無料になります。LMCは,妊婦と一緒にケアプランを立案し,必要に応じてよりよいものに変更するなど女性の妊娠・分娩・産褥期のケアの責任者となります。妊娠中は14回の妊婦健診とケアの提供を行います。もちろん分娩にも付き添い,分娩介助をします。そのため,産科医療施設は国全体が完全オープン制になっており,LMCは女性が選択した出産場所でケアが提供できるように医療施設と契約を結びます。産褥の入院中(ほとんどが48時間入院)は毎日ケアを提供し,産後6週間で7回(内5回は自宅でのケア提供)の訪問が行われています。LMCにGPか産科医を選んだ場合も,助産師のケアは不可欠とされ,すべての分娩に助産師が立ち会うことが義務付けられているのです。GPと助産師の行える業務範囲,診療報酬はほぼ同等であり,開業助産師は登録すればLMCになれますが,GPがLMCになるためには,認定を受ける必要があります。産科専門医は,医師になってから6年以上の訓練と試験に合格する必要があります。現在,LMCとして80%の妊婦が助産師を選択しています。
ニュージーランドの周産期医療体制の現状
83カ所のmaternity hospitalがあり,58カ所は医学的産科サービスが受けられない,つまり助産師だけで運営が行われている日本で言う“助産所”です。今回は7カ所の施設を訪問することができました。5カ所が第一次レベルの施設で助産師によるマタニティケアが提供されていました。他の2カ所は第二次レベルで産科医が常駐し,無痛分娩や帝王切開に対応できる日本の産科施設とほぼ同じレベルでした。第一次レベルの施設が地域住民により支えられ,地域に根差した存在であることを強く感じました。ほとんどの女性が,自分たちが住んでいる近くの施設で助産師のLMCからケアを提供され,出産することが「あたりまえ」と考えられることの素晴らしさを感じました。ニュージーランドにおけるヘルス・サービスは,「女性中心であり,ケアを受ける人を中心にする」「文化的安全性,先住民族,少数民族の文化の尊重」を理念に提供されていると聞いていましたが,施設を見学し,助産師および出産を経験した女性達から話しを聞くことにより実感しました。
このように女性が安心してマタニティ・サービスを受けられる背景には,周産期システムが第一次レベル・第二次レベル・第三次レベルときちんと分けられ,それぞれのレベルの施設が役割を認識し,ふさわしいケアや医療を提供するシステムが築き上げられているからと思いました。
第一次レベルの施設搬送率は約20%,搬送時間が2時間以上かかることもあり,早い時期に搬送を決断するための高い診断能力が助産師に求められています。2010年の統計では,正期産での帝王切開率は21.1%,医療介入は7.6%でした。
今回の訪問は南島,北島と2つの島を訪れることができました。3月の終わりでしたので,日本の初秋でした。自然に恵まれ,とても美しい南島と都会の北島のいずれも魅力的でした。

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