イタリア,フィレンツェで3月に開催されたアルツハイマー病・パーキンソン病の国際会議であるAD/PD 2013に出席した。本学会は2年に一度開催される会で,今年は約3000人の参加者であった。日本からも100人ほどの参加者がいたようである。知人もいない単独での出席であったので,学会参加スケジュールや空き時間での市内観光計画を自由にアレンジでき,大変,充実した海外出張となった。学会では著名な学者による格調高い講演,新規AD薬剤の候補となるRXR/RXR受容体特異的リガンドIRX4204によるアミロイドβクリアランス亢進に関する動物実験の報告,現在進められているサプリメント(vitamin B系,コリン,UMP,n-3系脂肪酸,抗酸化物質など)長期投与のダブルブラインド試験(LipiDiDiet study)の途中経過など多彩な報告がされたが,この紙面ではイタリアぶらり一人旅を綴ってみたい。
これまで海外出張は何度か経験していたが,北米もしくはアジアばかりでヨーロッパ方面は初めての渡航であった。今回は中部国際空港セントレアから出国した。長時間フライトの前にゆっくり風呂に入れるセントレアは魅力的だ。鹿児島空港にも足湯だけでなく大浴場があると良いのにといつも思う。フィレンツェ空港への到着は夜遅くホテルに直行した。到着後すぐにシャワーを浴びる。来て早々であるが日本の浴槽が恋しく思った。移動の疲れがあったがjet lagに苦しみ結局眠れず朝を迎えた。宿泊は4つ星ホテルであったので朝食をとても期待していたが,ブッフェなのに品数が少なく,毎日同じメニューだったのは残念だった。しかし,ハムやチーズは日本ではなかなか味わえない柔らかさ,絶妙な塩加減,独特の風味である。食後のコーヒーは言うまでもなく絶品で,カプチーノ,エスプレッソを日替りで毎朝楽しむことが出来た。また,女性客全員に黄色い花をプレゼントしており,イタリアのお国柄を感じた。世界遺産となっているフィレンツェをゆっくり観光可能な初日,早朝にホテルを出発し,今回の目玉であるウフィツィ美術館へ足を運ぶ。フィレンツェは商人の街として13〜15世紀に栄え,中でも最も裕福であったメディチ家の本拠地であった。世界史が苦手な私に妻から高校教科書にも登場するよと教えてもらった。ルネサンスが開花したのもメディチ家の存在が少なからず関与していることも恥ずかしながら知らなかった。ミケランジェロなど多数の芸術家を保護したパトロンであり,多くの美術品を所有していた。メディチ家が途絶えた後,最後の当主の遺言が守られ,美術品は世界中に広がることなく,ウフィツィ美術館に収蔵されている。ホテルから延々と続く石畳の狭い小路,道の両脇には3階建てベージュ色の壁。街全体が中世の雰囲気でどこを見ても絵になる風景であった。世界遺産に登録されている地区に現代風な建物は一つもない。古い建物の内部を改装して,商店や飲食店などが経営されている。アパートもあるらしいが,よく幽霊が出るよとの冗談を耳にした。とても多くの観光客を受け入れているのに,街にゴミがほとんどないことにも驚かされた。街のあちらこちらにセンスの良いゴミ箱が設置されている。
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写真 1 ゴミ投入口は氷山の一角。
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小さいゴミ箱だと思っていた時に偶然ゴミの回収が始まり,つい見入ってしまった(写真1)。ゴミ箱の下に大きなboxがあるのだ。ちまちまゴミを回収するよりも能率的である。街の雰囲気はとてもよいのだが,難点は3月という季節。多くの日本人学生が観光に来ており,日本語があちらこちらから聞こえる。風景とのギャップに苦笑いしながら足を進めた。美術館に入場し,音声ガイドを迷わずレンタルする。展示は非常に古い宗教画から始まる。残念ながら,その素晴らしさは理解できない。音声ガイドに従って見て回るうちに,当時の世相の理解も進むが,残念ながら興味は惹かれない。館内を進むと次第に宗教色が薄くなった(もちろん消えはしないが)人物画や風景画となりホッとする。天井を見上げると,巨大なフレスコ画。展示された絵画を当時の雰囲気を残す建物の中で鑑賞できるのは格別である。当時の音楽が流れているとさらに良かったのにと心から思った。写真やテレビと違い,至近距離で見る本物の迫力に感動するも,刺激が強すぎたのか,ただ,くたびれたのか,館を出る頃には美術に対して麻痺状態であった。いい訳がましいが,展示数が多すぎる。フィレンツェ滞在中に他の施設でも美術品を多数見るが,麻痺が続いていたようである。それでもボッティチェッリ,ミケランジェロ,ダヴィンチ,ヴェチェッリオ,ラファエロらの絵画には魅了された。全くの素人であるが故,素晴らしいと紹介された言葉を鵜呑みにしているのではないかと批判を受けそうである。しかし,目の前に立った時に強く引き込まれたのは事実である。そもそも写真でしか知らなかった絵の多数が実際には縦横数メートルの巨大な絵であったことに驚かされた。今,原稿を書くにあたりパソコンモニターで絵をもう一度見ているが,残念ながらあの時の興奮は無い。もう一度行く価値のある美術館だと改めて思う。2度目だと最後まで力を残して鑑賞が出来るかもしれない。退館後,たびたび旅行番組で紹介されているサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂へ向かう。クーポラ頂上から眺めるフィレンツェ市内は絵画とは違う素晴らしさであった。赤い屋根で統一された大変美しい街である。戦争の被害も受けるも,修復されて今日にいたることに驚かされる。いくつかの教会を巡り,アカデミア美術館でダビデ像も見る。これも想像以上の大きさに驚くが,閉館が迫り早々に退館してホテルへ足を向ける。この日はたまたま誕生日だったので,近くのレストランで贅沢にフレッシュモッツァレラとトマトのサラダ,トリュフソースのパスタ,赤ワインCANTI。お手頃価格なワインで美味しい。すっかり気分よくなり,ホテルに戻る。やはりまだ興奮状態。体は疲れきっていたが頭は冴えてほとんど眠れない。学会抄録集を見て眠気を誘う。
数日,真面目に学会に参加。「イタリア=マフィア=夜危険」とイタリア国民に失礼かもしれないがそう思い込み,夜一人での外出はしなかった。これは帰国してから少し後悔。しかし,毎晩,訳の解らないイタリア語のTV番組を見ながら,スーパーで買ってきた生ハム,チーズにワインを堪能するのも悪くなかった。ヴィンサントと言うワインボトルを買う時,レジの女性が私もこれ好きなの,と言っていたことを不可解に感じていた。ホテルでの一口目,びっくりして吹き出した。梅酒のように甘くトロッとした舌触り。それでいて酸味やハーブの香りがする独特の大人味。梅酒があるはずもない。帰国後調べてみると,食後にビスケットを浸して食べるそうだ。デザート感覚なのだろう。日本で将来流行るかも?私は帰国するまでブランデーと思い込み,赤ワインをチェイサーかわりに飲んでいたが,残念ながら飲み干すことは出来ず…。
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写真 2 市場ではイタリアらしい陽気な声が響く
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写真 3 謎の野菜?蕾?
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写真 4 周囲にいい匂いを広げるポルチーニ
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写真 5 幻となってしまった肉
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市場は海外旅行中で必ず立ち寄りたい場所だ。学会会場の近くに中央市場があることを知り,午前中に少し時間を作って向かう(写真2)。どの国も同様で活気があり楽しい場所である。初めて見る野菜,果物,魚を探すが,特に珍しい素材に出会うことは残念ながらなかった。唯一は大きな蓮の蕾のような野菜(写真3)。どうやって食べるのかと聞くと,味は淡白で,どんな料理にも合うとのこと。その後,レストランでは必ず注意深くその存在を確認したが結局が解らずじまいで,日本に持ち帰ることも出来ず未確認食材を残してしまった。とても悔しい。日本では高級食材であるポルチーニ茸の専門店ではドライトマトも置いてあり,驚くほどの激安で大量購入(写真4)。肉屋ではいろいろな産地の生ハムを試食。イノシシの生ハムもあったが高級だそうで試食は出来ずじまい。絶品はオリーブオイルだった。3月はオリーブの旬だそうで,搾り立てのエクストラバージンオイルが色々。どれも個性がある。新鮮なオリーブオイルのパンチの強さに驚いた。お土産に買って帰ったオリーブオイルをなめて妻の一言は「草を食べているみたい」。案外的確かもしれない。日本のスーパーに並ぶオリーブオイルはまず新鮮な製品はないと売り場の女性の言葉だったが,本当かな?との思いであった。日本人に馴染みの深いオリーブオイルBOSCOは日本人の口に合うようにブレンドした製品で,本来のエキストラバージンオリーブオイル(絞っただけ)はまだまだ馴染みがないのかもしれません。ちなみに,サラダ油(キャノーラ油,大豆油)は菜種や大豆の搾油から不純物を多様な行程で取り除いた油で精製油と呼ぶ。いわゆるオリーブオイルは製造過程で傷んだ油(正確にトリアシルグリセロール分子中グリセロールと脂肪酸のエステル結合が切断されて生じた遊離脂肪酸が多くなった油=酸度の高い油)から精製したトリアシルグリセロール(サラダ油同様精製油)にエクストラバージンオイルを加えて風味付けした油である。
滞在中によく食べていたのはパスタとピザだった。種類が多く食べ飽きることなく満足していたが,現地人からキアニーナ牛は必ず食べるべきとのアドバイスをもらう。肉にあまり興味はなかったが,会う人誰もが奨めてくるので次第に気になるようになり,たまたまワンプレート16.5ユーロと手頃な価格の店を見つけたので食べてみることにした(写真5)。感想はもっと早く食べるべきであった。グリルで焼いた肋骨がついたままのブロック肉が木のプレートに乗って運ばれてきた。味付けは塩と胡椒だけといたってシンプルだったのだが,これまで経験したことがない「肉の旨味」が口に広がり時間が止まる。日本の高級和牛は正直苦手だ。体質的に飽和脂肪酸を体が受け付けないためか,食事中に気分が悪くなるのだが,運ばれてきた肉は脂肪の少ない赤肉であり,量が多いかなと思ったのだが,あっという間に完食した。こちらの肉の注文はgでオーダーするのだが最低でも600gから。一人で食べるには多いでしょと突っ込みたくなる。それでも皆さんそれくらい簡単に平らげるのだそうだ。イタリア人は決して大柄な体格ではなく,それほど肥満した人口も多くなかった。帰国後に同じようなおいしい肉を探してまわるが,まだ出会えていない。味を表現するために食べたキアニーナ牛について思い出そうと努力するが,思い出せない。美味しかった。たまらなく美味しかった。また食べたいとの思いはとても強いのに思い出せない。思い出せないから,日本で探せないのも無理はない。
フィレンツェの旅行記のつもりがいつのまにか食い道楽の内容になってしまったことをお許しいただきたい。

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