=== 随筆・その他 ===

蛍 物 語


中央区・中央支部
(鮫島病院)       鮫島  潤

 インターネットで蛍の名所を探して串木野の荒川に行くことにした。夜7時過ぎ現場に着く。夜の帳が下りるにつれて周囲の山々の黒い稜線がクッキリ際立ってくる。里山の民家にポツリ,ポツリと明かりがつき,虫が鳴き蛙が騒ぐ。次第に蛍のか細い光が見えてくる。時間が経つにつれその明かりは次第にハッキリして蛍の乱舞は本格的になる。闇の中に佇んでジッとしているだけで夢幻の想いに引き込まれる,何とも言えぬ気分だ。ピカーリ,ピカリと光の動きは強くなり弱くなる。
 私はその光景を見た時,遥か昔,私が武町に住んでいた90年まえの情景を思い出して非常に懐かしかった。当時はまだ今の中央駅の周りは広い田圃で人家は疎らだったのだ。また,祖父の屋敷が甲突川の高見橋に近かったので川の蛍が庭まで来て遊んでいた。子どもたちはそれを集めて蚊帳の中にいれてその光を楽しんでいた。甲突川では,特に新上橋の旧国鉄の鉄橋の下辺りの葦の叢に湧き上がるように蛍の乱舞が見られた。蛍の光,窓の雪というがその明かりで当時の新聞が読めるほどだった。勿論当時の新聞の字は今より随分大きく読みやすかった。
 私は今までも各地の蛍狩りには良く行った。小林では全山一斉にパッと明るくなったり,パッと消えたり。川内川では川岸の竹薮にネオンを飾ったように点滅していたり,あるデパートでは館内に蛍を飛ばせて子供たちに追わせる遊びをしてくれたこともあった。幾多の場面を見てきたが荒川の夜は特に印象に残った。
 *畦道を 照らして歩む 蛍狩り 
                      松尾芭蕉
 *大蛍(おおほたる) ゆらりゆらりと 通りけり 
                      小林一茶
 *人寝(い)ねて 蛍飛ぶなり 蚊帳の中 
                      正岡子規
 私はついでに他にも蛍光を放つ物体を幾つか思い出した。富山湾の蛍烏賊の群れの全身に及ぶ蛍光体は美しい,しかもこれは酢味噌で食べても絶品だ。
 夜の航海で波を掻き分けて進む時,舳先に夜光虫がキラキラ光り次第にスーッと消えながら過ぎてゆく光景は誠に美しいものだった。中学時代に夜間ボートを漕いでいる時にオールの先に夜光虫が光った記憶がある。現在とてもこのような光景は見られない,海が濁ったからだという。
 またニュージーランド・ワイトモで土蛍を見た。鍾乳洞の中の不思議な雰囲気のなか,壁内面にピタリと散在して星みたいに光る妖艶な美しさだった。
 茸でも光るのがあるそうだ。まだ見たことはない。
 その何れも発光体の正体については定説がない。私にとってはそれでも結構,美しく楽しめばよいのだ。荒川の蛍から思い掛けず子どもの頃を思い出した一夜だった。




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