随筆・その他

リレー随筆

ランニングから教わったこと

中央区・中洲支部
(かねこクリニック) 金子 朋代

 スポーツは,まさに人生そのものだ。努力した分だけ自分に返ってくる。
 イアン ソープ

 イアンソープはオリンピックでメダルをとる選手ですが,そのような人でなくても,誰でも上記の言葉がかみしめられるのがスポーツの良いところだと思います。
 今年2月開催のマラソン大会にエントリーしました。自身初のフルマラソンです。昨年の12月から練習を開始しました。
 エントリーした大会は18,24,31,40kmのポイントで道路閉鎖終了に伴った時間制限があり,最終ゴールのタイムリミットは6時間です。大会前,各ポイントを時間制限ギリギリで通過しても完走できるペース配分を確認しました。最初の18kmは7分30秒/km,32kmまでは8分/km,あとはゴールまで9分/kmで走れば丁度6時間ほどでゴールできる計算です。練習では各スピードで走ってみました。7分30秒/kmでもゆっくりしたペースなのです。それを最後は9分/kmで良いなんて,楽勝だろうと考えていました。
 1月,練習に火がついてからは毎日7分〜8分/kmのペースで走りました。練習はiPhoneのRun Keeperというアプリを使い,それと連動した心拍数計も購入してLSD(long slow distance)で長く,ゆっくり,心拍数を上げずに走りました。5〜10分おきに自分の走るペースと距離,心拍数を確認できるようにアプリに設定し,音楽をききながら走りました。最長20kmまで走ったところでフルマラソンの大会でした。知人から,20km走っておけばフルマラソンを走れるかも,と聞いていたし,1カ月は毎日練習したし,大体同じペースで走っていたし,まあ,大丈夫だろう,と思っていました。
 さて,大会当日,体調はおおむね良く,天気は晴れでも雨でもなく,気温は寒くも暑くもなく丁度良い気候です。走り始めて20kmまではとても良いペースでした。7分/km位できつくもなく走れました。これならもしかして,5時間切ったりして。なんて思いながら走りました。
 ところが,24kmのポイントを過ぎてから,急にスピードが落ち始めました。足が棒のようになって,全く動きません。気持ちは十分あるのですが,足が動きません。25kmあたりでとうとう歩いてしまいました。そこからは9分/kmほどのスピードです。しかし自分のなかではまだ余力があったので,元気がでてきたらまた走るつもりでした。さあ,30kmからまた走ろうとしたとき,31kmのポイントで時間制限から1分オーバーで道路閉鎖終了です。後に信号で止まりながらでも歩道ならまだ走っても良かった事を知り,後から走ってきた友人を待って,10分ほど遅れて再度走り始めましたが,もう気持ちが萎えてしまって走れませんでした。結局,35km地点で悔しくもバスに乗ってのゴールでした。ゴール地点では,完走した方がメダルを持っています。悔しくて仕方がありませんでした。初のフルマラソンなのにたった2カ月の練習でフルマラソンを走れるつもりでいました。学生時代の持久走では大体ビリを争っていた私が,たった2カ月でフルマラソンが走れるはずはありませんでした。フルマラソンには30kmの壁があると言われているそうです。私には25kmの壁でした。ネガティブスピリットで,最初とばしすぎずに走る方法も後から知りました。
 いつもならここでやめていたかもしれません。しかし,マラソンで走ったおかげで少し痩せて体も軽くなり,肌の調子も良くなり,食生活も見直すことができました。また,忙しい時間のどこを削って走る時間にあてようかと考えることで,だらだらと仕事をしなくなり,逆に仕事にもメリハリがつくようになりました。自分にとっても良い事ずくめでとっても調子が良いので,折角なら続けてみようと思い,走ることを続けました。
 体重はみるみる減り,食生活もかなり改善されました。走り始めて3カ月で,体重は3kg減りました。朝の目覚めも良くなり,体も軽く,精神的にも安定しています。さて,これが続けば最高なのですが,食事会に誘われたり,食事制限をしている間にドカ食いをしたくなります。また,会が続いたり,忙しくなってくると走る時間もなかなか作れなくなってきます。これではこれまでの熱しやすく冷めやすい自分の性格のままです。
 丁度そのとき,いくつかの本に出会いました。

「思考」のすごい力
 ブルース・リプトン

 タイトルはやや怪しげですが,原題は“The Biology of Belief”です。第一線で生物学の研究をしていた著者がエピジェネティクスの概念から,意識の大切さ,ポジティブな思考の大切さを説いた本です。生命は遺伝子によって支配,コントロールされていると考えられていました。しかし,意識や環境が細胞をコントロールし,遺伝子のふるまいを変えるのだということです。啓発本は多々ありますが,それらとは違い,生物学とつなげて書いてあることが面白いなと感じました。一部,ちょっと?なところもありますが,仕事で問題があるとき,走ることがもう無理かな,と思った時読み直します。
 以下,ヘンリー・フォードの言葉です。
 できると信じても,できないと信じても,いずれにせよ,現実は信じたとおりになる。
 ヘンリー・フォード


 スタンフォードの自分を変える教室
 ケリー・マクゴニガル

 かなり有名な本です。心理学,神経科学から経済学まで最新の科学的成果を盛り込み,自分を変えたい人(大体の方がそう思っているかと思いますが)に向けたスタンフォード大学の人気授業の本です。なぜ自分が決めたことが続けられないのか,なぜやめたいことがやめられないか等,さまざまな研究結果を元に授業がすすめられています。納得,納得,の連続です。一度ざっと読んで,何かやりたいこと,やめたいことを決めて1週間に1章ずつ読み進めると丁度そのときにぶつかる問題とその解決法がでてきます。自制心は筋肉のように鍛えられる。この言葉が印象的でした。これも近くに置いて,時々読み直します。

 自分を支える心の技法
 名越 康文

 最近テレビによくでている精神科医師の本です。
 アマゾンの転用です。
 仕事や友人・家族関係のなかで生じるストレスの多くは,突き詰めれば“対人関係”に行き着く。気鋭の精神科医・名越康文が病院勤務時の経験とその後の研鑽のなかで培ってきた,対人関係・セルフコントロールに役立つ心理的技法をコンパクトにまとめた一冊。医療看護などの対人援助職はもちろん,「人と人とが交わる現場」で生きるすべての人に贈る9つのレッスン。
 この本は仕事にもとても役立ちます。心をみつめると,人は無数の怒りを持っており,これに気付いてこれとつきあう方法が書いてあります。瞑想をすすめていますが,瞑想はとてもリラックスできる良い方法なのだな,と感じます。
 これらの本が自分の心を見つめなおすきっかけになり,以前に比べて仕事も走ることも楽しむことができるようになってきていると思います。医師としての仕事は,突然の病の告知に患者さんの報われない気持ちと向き合う場面があり,また,どんなに頑張っても進行する病と向き合う時,報われない気持ちになるときもあります。患者さんも医療者も,出来事に対してどう考えるか次第で幸せにも不幸せにもなることは分かっていても,それでも報われないことがあります。
 私にとって,最初のイアンソープの言葉がとても自分に合っているのだと思います。努力したことが自分の体調,タイムや体力にそのまま返ってくる,“走る”ことを見つけたことが,仕事での報われない気持ちが救われる機会になっているように感じます。また,走っている間,いろいろなことから離れられて爽快感を感じられる時間がとても楽しく感じます。来年はまたマラソンにリベンジしたいと思っています。
 最後に,こうして走る時間がもてるのも,仕事に頑張れることも,周囲の皆さんのおかげです。いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
 ランニングをされている先生がいらっしゃいましたら,ご指導のほどよろしくお願いいたします。きっとストイックな先生方が多くいらっしゃるだろうと思います。そのときも自分がまだ冷めていないことを願っています♪


次号は,鹿児島市立病院の西元彩子先生のご執筆です。(編集委員会)




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