=== 新春随筆 ===

宮崎県の麻疹アウトブレイクから考えること
−医療従事者へのワクチン接種−




鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 感染防御学講座 微生物学分野 教授
鹿児島大学医学部・歯学部附属病院 医療環境安全部 感染制御部門 部門長
                                                 西 順一郎
 
 平成24年8月末から9月にかけて,宮崎県で8人の麻疹患者が連続して発生するというアウトブレイクがみられました。30歳代の女性が東南アジアへの海外旅行から帰国後に発症,その家族1人と同僚2人が発症し,さらに受診した医療機関を訪れていた2人,その家族2人に広がったものです(表)。患者8例から検出された麻疹ウイルスは,すべて輸入例でみられる遺伝子型D8でした。予防接種歴のない方が5人発症しており,定期接種である麻疹ワクチンを受けていないことが,麻疹発症の大きな要因であることがわかります。一方,ワクチン接種歴のある20〜30歳代の2人も発症しており,1回接種だけではその後抗体価が減衰し発症を防げないことがわかります。平成24年の鹿児島県における麻疹報告は,6月の海外からの輸入例1例のみですが,このようなアウトブレイクが起こる状況は本県でも同様に存在していると思います。


 このアウトブレイクの大きな問題点は,発端者が中学校の教諭であったことだと思います。新聞報道によると,本教諭は海外旅行から帰国後高熱と咳がみられていますが,8月28日に学校の始業式に出席,その後発疹が出現し麻疹の診断となっています。日向市教育委員会は,この中学校の5日間の休校を実施しました。幸い同校の生徒には発症者はみられませんでしたが,同僚の教諭が2人発症しています。麻疹既往がなく,麻疹ワクチン接種歴もない教職員が中学校で勤務していたということは,決して個人の問題ではなく,学校の安全管理上の問題ではないかと考えます。麻疹ワクチンは,平成18年から1歳時と就学前の2回接種されています。平成20年度から平成24年度までは,5年間限定で中学1年生と高校3年生にも定期接種が行われています。生徒に接種を勧める立場にある学校自体が教職員の接種を確認していなかったというのは,本末転倒ではないでしょうか。
 文部科学省はこれを受けて,同年9月19日に,「教職員からの麻しんの感染拡大について(注意喚起)」という緊急の事務連絡を,国公私立大学や都道府県教育委員会等に対して行いました。具体的には,国立感染症研究所の「学校における麻しん対策ガイドライン」に準拠し,学校の設置者は職員の罹患歴・予防接種歴を確認し,未罹患かつ必要回数の接種が未了の者に対し接種を推奨することとしています。必要回数というのは,未罹患者では2回ということです。県内のすべての学校に通知が行われたことと思いますが,鹿児島大学でも病院以外の教職員についてはこれまで免疫状況が確認されておらず,至急調査が行われ接種を推奨したところです。
 この問題を私たちが勤務する医療施設にあてはめてみるといかがでしょうか。鹿児島県医師会公衆衛生委員会と鹿児島ICTネットワークでは,鹿児島県内の医療施設に医療関連感染対策について毎年アンケートを行い,鹿児島医療センターの吉永正夫先生が集計し発表されています。その中の,職員の麻疹・風疹・水痘・ムンプス(流行性耳下腺炎)抗体検査についての結果(平成23年)を図に示します。抗体検査を行って免疫状態を確認している医療施設は,病床数が200床以上でも52%,100床以上200床未満で22%,100床未満では10%にすぎません。20〜30歳代の医療従事者は,麻疹既往はなく,麻疹ワクチンは1回接種がほとんどであり,麻疹の感染経路が空気感染であることを考えると,麻疹患者が受診した時点で感染し発症することが予想されます。

図 職員の麻疹・風疹・水痘・ムンプスの抗体検査を行っている鹿児島
  県内の医療施設(鹿児島県医師会公衆衛生委員会・鹿児島ICTネットワーク
  調査,鹿児島医療センター吉永正夫先生集計)(病床数ごとに表示,数字
  は回答のあった医療施設数)
 
麻疹は1,000人に1人が死亡する病気です。成人が感染すると1,000人に1人は脳炎・脳症を発症し,そのうち15%が死亡し,20〜40%に後遺症が残ります。もし発症した職員から患者に感染した場合,医療施設の責任は当然問われることと思います。また,職員の職業感染リスクを少しでも減じることは,医療施設管理者の責任でもあると考えます。
 日本環境感染学会は,「院内感染対策としてのワクチンガイドライン」第1版を平成21年に発行し,医療従事者に流行性ウイルス感染症のワクチンやB型肝炎ワクチンの接種を推奨しています。麻疹・風疹・水痘・ムンプスについては,基本的には2回のワクチン接種を推奨しており,2回接種が確認されたら抗体検査は不要としています。また,抗体検査をする場合は,その方法と基準値を記載しています。風疹はHI(赤血球凝集抑制反応)法,その他の3ウイルスはEIA-IgG(酵素免疫測定)法が基本となります(麻疹はPA 〔ゼラチ粒子凝集反応〕 法,水痘はIAHA 〔免疫粘着赤血球凝集反応〕 法でもかまいません)。補体結合反応や中和法では,偽陰性が多くなるため免疫の確認には不適です。
 抗体検査が陰性または偽陽性者にはワクチンが必要ですが,麻疹・風疹では陽性でも抗体価が低い場合は発症の可能性があるため,接種が推奨されています。麻疹ではEIA-IgGで16倍未満,風疹ではHI 16倍以下でワクチンが必要とされています。鹿児島大学医学部・歯学部附属病院ではこれらの低抗体価の陽性職員も含めて接種を行っており,全職員の20〜30%が該当します。抗体検査やワクチン接種には多くの費用が必要となりますが,職員から患者への感染を防ぐため,また労働災害である職業感染を防ぐための接種ですので,できるだけ医療施設の負担とすることが望ましいと考えます。
 平成24年度は風疹が例年になく関東・関西地方で流行しています。妊婦が感染することで新生児に白内障・難聴・心疾患が生じる先天性風疹症候群は,2004年(平成16年)に10例報告されて以来発生していませんでしたが,今年度はすでに兵庫県で1例報告されています。全国の風疹感染者は,20〜30歳代の男性が中心であり,医療施設でも免疫が不十分な職員が多数いると推定されます。また,水痘は免疫不全者が発症すると致死的になります。職員が発症して免疫不全者に伝播させることは絶対に防がなければなりません。ムンプスは比較的軽症の感染症に思われがちですが,1,000人に1人の割合で不可逆性の難聴が生じていることが最近報告されています。これも医療従事者から患者への感染があってはなりません。また,成人である職員が感染すると精巣炎や卵巣炎を発症して重症になることもご存じのとおりです。麻疹だけでなく風疹・水痘・ムンプスについても,職員へのワクチン接種を徹底することで医療施設内での伝播を未然に防いでいただきたいと思います。
 なお,麻疹・風疹は5類感染症・全数届出疾患になっていますので,診断された方は,保健所への届出を必ずお願いします。麻疹では,ヒトパルボウイルスB19等の感染でIgMの偽陽性がみられることが知られており,病原体診断が重要です。臨床診断例やIgM陽性例については,鹿児島県環境保健センターで咽頭ぬぐい液・血液・尿を用いたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査が可能です。ぜひ最寄りの保健所にご相談ください。




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