緑陰随筆特集

The Global Network of WHO Collaborating Centers for Nursing and Midwifery
第9回国際学会に参加して
鹿児島大学医学部保健学科
総合基礎看護学講座 教授 八代 利香


 平成24年6月30日から7月1日までの2日間,神戸ポートピアホテルで開催されたThe Global Network of WHO Collaborating Centers for Nursing and Midwifery第9回国際学会に参加した。WHO Collaborating Centers(WHOCCs)とは,WHO(世界保健機関)のプログラム遂行活動を支援するために,国際協力ネットワークの部局としてWHOの事務局長より任命された機関であり,看護・助産,産業保健,世界環境・食品汚染モニター及び査定プログラム,感染症,タバココントロール,放射線,国際分類,伝統医学などの分野がある。
 世界の看護・助産分野におけるWHOCCsは,1990年にグローバルネットワークを形成し,Health for Allの達成に向けて看護・助産の貢献を最大にすることを使命として設置された。看護・助産分野では現在,WHOの6地域に43の協力センターが設置されており,日本が所属する西太平洋地域 (Western Pacific Region: WPRO)では,5つの機関に存在する(表)。
表.WPROにおける看護・助産分野のWHOCCs


写真 右より松成裕子教授,著者,小西
恵美子教授,アメリカからの演者とポスター



 第9回国際学会は,2007年に設立された兵庫県立大学地域ケア開発研究所のWHO災害と健康危機管理に関する看護協力センターが中心となり,山本あい子センター長を大会長として開催された。2011年3月の東日本大震災を通し,看護職は,危機的状況下では最低限のヘルスケアですら提供することができないという経験をしたことから,学会のテーマは,“Even with basic health care, prepare for the unexpected”であり,洪水,地震,津波,新型インフルエンザの流行など,生命を脅かすような出来事においては,最低限のヘルスケアをもっていてもなお万全の準備をしておく必要があり,そのためには予期できないことが発生することを想定した対応が必要である−というのが主催者の開催趣意であった。
 初日に行われた基調講演は,国連国際防災戦略(United Nations International Strategy for Disaster Reduction: UNISDR)の防災担当事務次長であるマルガレータ・ワルストロム先生による“Global Efforts on Disaster Risk Reduction through ISDR”,著名な看護理論家・教育家であるカリフォルニア大学サンフランシスコ校名誉教授のパトリシア・ベナー先生による“Transforming Nursing Education: Implications of the Carnegie National Nursing Education Study (USA)”であった。
 マルガレータ・ワルストロム先生は,世界における災害の状況として,回数が増えているだけでなく,広い地域にわたるようになっており,損失も年々増加していることや,2005年に兵庫で開催された国連防災世界会議でまとまった兵庫行動枠組(HFA)の取り組みについて紹介された。「地域開発と防災戦略は一体のものとして進めていかなければならない」という主張には説得力があった。
 また,パトリシア・ベナー先生は,10年間にわたるカーネギー財団による「工学,神学,看護学,医学,法学の5つの分野の専門職を教育するにはどういったことがなされなければならないのか」を主眼に置いた専門職の教育についての研究の一環として,臨床での教育と教室での教育をどのようにつないでいくかということを紹介された。ファカルティ・ディベロップメント(大学教員の教育能力を高めるための実践的方法)としても有意義な講演であり,自身の教育手法のヒントにもなるものであった。さらに今後,知見を深めていきたい。
 リレー講演では,看護倫理の第一人者の1人である香港理工大学看護学部長のサマンサ・パン先生の“Ethical Challenges in Disaster Nursing”が心に残った。患者個人のケアリングの中にある権利擁護や倫理原則の枠組みが,緊急時や災害時などの極限状態でどのように機能し得るのか,個人の死より優位となる多数者の利益や社会の維持のために,実用的な枠組みへの倫理基準のシフトが必要ではないかという内容であった。東日本大震災では,多くの看護職が患者や施設に入所中の高齢者などと一緒に亡くなっている。私が日頃感じていた災害時における看護倫理について,サマンサ・パン先生は,見事に言語化してくださったようで感慨深かった。サマンサ・パン先生には,平成25年6月8日・9日に,鹿児島市の「かごしま県民交流センター」で開催される日本看護倫理学会第6回年次大会(大会長:八代利香)において,「チーム実践における倫理教育」について基調講演をお願いしている。サマンサ・パン先生のご講演が今から楽しみである。
 学会2日目は,2つの分科会場に分かれて,ポスターを用いた口頭発表が行われた。当講座からは,科学研究費基盤研究(C)を取得して松成裕子教授が中心となって進めている“Individual Testimonies of Nursing Care after the Atomic Bombing of Nagasaki in 1945”についての発表を学内研究グループ(松成裕子教授,吉本なを助教,著者,小西恵美子教授)で行った。その他にも,災害時の対応がどのように地域や世界に影響を与えるかを理解するための社会生態モデルの利用についてや,災害救助時の医療記録の開発などの報告があり,災害看護を検討する上で参考になった。また,昨年の東日本大震災における活動報告も多々あり,教訓からの学びの場となっていた。
 著者は,スコットランドのグラスゴーで開催された2006年と,タイのバンコクで開催された2008年の学会に参加した経験がある。2006年の学会に先立って開催された通常総会には,アメリカ地域(American Regional Office: AMRO)のオブザーバーとして参加させていただいた。これは,著者の前任校である大分県立看護科学大学が,WHOCCを設置しているケースウエスタンリザーブ大学と学術協定を結んでいたことから,センター長のエリザベス・マディガン先生にご推薦いただき実現したものである。その際に,災害看護の領域でWHOCCを設置したいとの意向で,阪神淡路大震災を経験した兵庫県に位置する兵庫県立大学看護学部の先生方がオブザーバーとして参加されていた。そのような経緯もあり,今回初めて日本で開催されたThe Global Network of WHO Collaborating Centers for Nursing and Midwifery国際学会の成功は,私にとっても大変嬉しいものであった。
 今後とも,このような機会を活用し,世界の情勢を見極めながら,鹿児島の地で何ができるかを“Think Globally, act locally”の精神で考え取り組んでいきたいと思っている。




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