緑陰随筆特集

鹿児島ラーメン
鹿児島県医師会 理事 松下 兼裕

 私は食べるのが大好き,よく食べ歩きをし「旨いものなら松下に聞け」と言われるまでになりました,エッヘン。ただ,おかげで太ってしまい,おまけに痛風で足が痛い(泣)。食べることが好きだからといってグルメではありません。あたしなんかレベルは,「味の素」と「魚肉ソーセージ」で育った勉強成金(ちょっと頭が良いだけで医者になり小金持ちになった人)でしょうから,上等な味蕾を持ちあわせているはずがない。そんな私が「大間のマグロがああ」とか,「このワインはああ」とか言っても,「なんば品ばつけちょっとよ,医者どんやっで黙っちょいが」と裏で笑われるのが関の山でしょう。私の旨さの評価基準は,「また食べたいか」という一点に尽きます。数日後また食べたいなあと思ったらその料理は旨いのです。肩の力を抜いて心に残るのが旨さかなと思っています。

 さて,鹿児島ラーメン,スープは白濁系もあれば,透明系もあり,これが鹿児島ラーメンと定義づけるのは難しい気がします。その中で特徴を挙げると,まず値段が高いこと,30年ほど前,福岡で一杯200〜300円していた時に鹿児島では500〜600円でした。福岡人曰く,「鹿児島では主食,御馳走なのよ,ところが福岡では副食というかおやつなの。」確かに鹿児島のラーメンには具がたくさん乗っていて御馳走ですよね,楽しい。次の特徴はそのにおい。私の女房は静岡育ちで,今じゃ,「ラーメンを食べに行くがあ」と言うようになりましたが,初めて鹿児島でラーメンを食べさせた時,「こんな臭いものは食べられない。」とひたすらスープを切って麺を食べていたのを覚えています。
 鹿児島を代表するラーメンを一つ挙げろと言われると,私は「ざぼんラーメン」かなと思います。値段が高くて,具がいっぱい乗っていて,臭くて旨い。鹿児島在住経験者の多くが来鹿時にざぼんラーメンを食べているようで,やはり記憶に残る味なのでしょう。
 好きでよく行くのは「のり一」です。若い頃はあっさりしていて物足りなかったけど今ちょうど良い感じ。私もジジイになってしまったので脂ギトギトを受け付けなくなってしまったのでしょう。そこで衝撃的なラーメンを見つけました。厨房で,創業者でしょうか,80歳位のお爺さんが勝手に自分用のラーメンを作っていました。な,なんとそのお爺さんは,出来上がったラーメンにネギを山ほど入れて,丼表面をベントグリーン状態にしていました。これだ!! 丼の淵に口をつけ,ネギをスープと一緒にズ,ズ,ズーッと,これはスライスラインだなと読みながら(ワケワカラン)啜り込む,想像しただけでよだれが出る。これがこのラーメンのうまい食べ方なんでしょう。
 嫌いだけどよく食べに行った店がありました。何故嫌いか,値段が高くて店員がツンツンしているから。大盛りで1,100円も取りやがって,いつも「もう二度と来るものか」と思いながら店を出ますが,時々無性に食べたくなり,「負けた〜」と思いながらドSの私がMになり食べに行ったものです。ところが最近,旨くなくなった。あの椎茸風味の何とも言えないスープが,品良く普通になってしまった。ラーメン店も世代交代とかいろいろ事情があるのでしょう。こうなっては単なる親の七光りラーメンなので食べに行く気になれないなあ。願わくはあの味を復活させてほしいものです。
 旨いけど行かない店があります。トリ系のスープでしょうか,良く煮込まれ脂が十分乳化してコクと甘みを出している。そしてにおいが独特,右足の薬指と小指の間(水虫好発部位)に手の人差し指を突っ込み,4〜5回ごしごしさせたのと同じにおい,程良く発酵されている証拠です。私にとってはほめ言葉ですが,友人に「それはほめ言葉にならないので言わん方が良い」と注意されたので店名は伏せておきます。乳化し発酵したスープ,他にない味で旨さをかもし出しています。ただ,思った以上に脂がきつく口がヌラヌラしてしまい,どうも体に良くないなあと言う感じ。また女将がひっきりなしに「いらっしゃいませええええ」と甲高い声で叫びうるさくてかなわない,「うるせーババア,静かに食わせろ」,だから旨いけど行かない。
 アメリカのラーメン。ハワイでメニューに「sea foods noodle」とあり,写真を見るとまさしくラーメン。エビや貝が入って旨そうでしたが,な,なんと40$,高すぎる〜。物は試しにと友達が頼んでいたのを少し分けてもらいました。確かに魚介類の味がスープに出ていて,それなりの味わいですが,コクというか,後味がない,う〜ん,ラーメンとしてはいただけないなあ,例えるならブイヤベース麺。人種間の味覚の違い,彼らは脂に,我々はアミノ酸に旨さを感じるからでしょうか。
 中国のラーメン。参った。やはり3000年の歴史には敵わない。牛,豚,鳥,魚介系と様々なスープがあり,そこに何十種類の麺がある。さらにそれに醤油(ジャン)が加わり,多種多様,どうにでもしてくださいと言うほど様々なラーメンが出来上がる。甘み,酸味,辛み,塩味,うま味,バランスがとれていて素直に旨い。好き嫌いは別にして,料理としての完成度が高いのは中国のラーメンでしょう。

 洋の東西を問わずスープを濁らせたら失敗です。鹿児島ラーメンはスープをあえて沸騰させることにより,豚やトリの脂をスープに潜り込ませ,コクのある,旨くてそして臭いスープになったのでしょう。戦後食糧難の時代,ただでさえ貧乏県鹿児島の食糧事情は激烈だったと聞いています。その中で旨さを求めて,少ない食材の中で知恵を絞って出来上がったのが鹿児島ラーメンではないでしょうか。ろくに食べ物がなかった時代に,それは人々の御馳走となり,皆それをむさぼり食ったのでしょう。昔のラーメン屋の親父の声が聞こえてきそうです。
 「腹が減っちょったろが,俺のラーメンを食べて行かんか,旨めど。肉が入っちょいし,野菜もずんばい,栄養満点やっど。腹一杯食べて行かんか。」
 これが鹿児島ラーメンの原点と思います。




このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2012