=== 随筆・その他 ===
日野原重明先生の「いのちの授業」
|
|
|
私は鹿児島大学を卒業後,聖路加病院で実地修練をした。日野原重明先生が50歳くらいの頃である。私たちインターンのために実に多くの時間を割いて,厳しく,やさしく指導していただいた。先生が私たち24人の同期生に与えたインパクトの大きさは医学会総会ごとに行われている同期生会で繰り返される全員一致の感謝を込めた思いである。100歳を超えた今なお現役の医師として回診,後進の若い医師たちの指導にあたっておられる。さらに看護師をはじめとする医療従事者の教育,聖路加ライフ・サイエンス・センターでの医学研究の指揮もとっておられ,メディカル・スクール型の医学校を創設したいとの強い意欲を持ってがんばっておられる。
もう一つ先生が高齢になられてから大事にされているお仕事に,「新老人の会」がある。全国,いや海外までの広い地域に支部があり,会長として各支部での講演旅行,さらに子どもたちにいのちの大切さを訴えたいとの思いで始められた「いのちの授業」がある。10歳になる小学校4年生を対象に全国を回って授業をされている。ぜひ鹿児島の子どもたちにもと思ってはいたが,お忙しい先生にお願いするのを躊躇していた。ところが数年前,「新老人の会」鹿児島支部のフォーラムに来られた際に鹿児島に一泊していただき,田上小学校で念願の授業をしていただくことが出来た。日本財団から先生の授業の様子を記録した本とCDが出版されているので,ご存知の方もいるかもしれない。いつも同じではなく,その地域,学校の特徴に合わせて授業の内容を変えておられるが,私の記憶の範囲で田上小学校の授業の概略をお伝えしたい。
授業は4年生を対象に行われ,家族の方々も後ろの方で先生の授業を聞くことが出来て,大変感動した授業であった。子どもたちは,田上小学校の校歌を歌いながら先生をお迎えした。先生はみんなの前に立って,子どもたちの歌を指揮されて授業が始まった。まず黒板に,端から端までまっすぐな線を引かれ,「私は今,97歳,皆さんは10歳」と印をつけて年齢を書き込まれ,自己紹介をされた。続いて子どもたちに,今朝起床してから何をしたかを質問され,子どもたちはそれぞれ「顔を洗った」,「ご飯を食べた」,「学校へ来た」,「友達と遊んだ」など,元気よく答えていた。「みんな,いろんなことをしたのだけれど,誰のためにしたのだろう。自分のためにしたのだよね。」
それからどんな順番だったか,記憶にないが,先生の見事な比喩である「いのちとはみんなが持っている時間のことだよ」と黒板の長い線を示しながら話された。「今,君たちは君たちの使える時間を自分のためだけに使っているね。しかし,大きくなったら君たちの持っている時間を誰か他の人々のためにも使うことになるのだよ」と諭され,いのちと時間,他人のために働く人生という難しい問題がすんなりと子どもたちの心に届いたようだった。また,子どもたちに聴診器を与えて,お互いの心音を聞いてもらい,生きていることの不思議さ,心臓が止まったら,酸素(血液)を全身に運べなくなるので,人は死ぬが,決して心臓に命があるわけではないこと,心臓は単なる血液を送り出すポンプであることを説明された。いのちの大切さ,いのちを守るために平和が大切なこと等にも言及され,最後は,子どもを幼くして亡くした野口雨情が子どもの命を惜しんで作ったという「シャボン玉」の歌をみんなで歌うように促されて授業が終わった。子どもたちは,いのちの大切さ,自分のいのちも他人のいのちも大切にすることを願う気持ちを十分に感じとりながらこの歌を歌っていたと思う。
田上小学校には,西郷南洲翁の書になる大きな学校名の表札や西郷さんが着ていたという大きな着物が校長室に展示されていることを先生は大変喜ばれ,自分の小学校時代のあだ名が「西郷さん」だったことにも触れられ,西郷さんのあだ名がついた子どもの頃の丸々したご自身の写真を子どもたちに送ることを約束された。後日,校長先生にお聞きしたが,確かに送ってこられたという。子どもだけでなく,後ろで見学させていただいた私たちにとってもあっという間に過ぎた数十分,実に印象深く,心に残るひと時であった。日野原先生は,全国の「新老人の会」の会員に先生の授業をモデルにして会員による「いのちの授業」を始めるように促されているが,先生の人格からにじみ出るすばらしい授業を真似る勇気がない。出来ればもう一度,先生の授業を鹿児島で実現できることを念願している。
「いのちとは君が持ってる時間だよ」,老師は諭せり 十歳の子らに
君が持つ時間を大事に使うこと,それが立派に生きることだよ
「命は見える?見えないよね」,大切なものは目には見えない

|
|
このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2012 |