随筆・その他

リレー随筆

究極の選択「お金で買えるもの,買えないもの」

東区・紫南支部
(川原泌尿器科)  川原 元司

 多くの方が視聴されたことがあるかと思いますが,一昨年からNHKで放送されている番組に「ハーバード白熱教室」がある。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授の授業が学外に公開放送されているものである。好評だったようで,昨年は東大でも公開講義があった。社会哲学ということになるのでしょうか,講義の基本テーマは「正義」で,1回あたり2つのテーマで構成され,実際にあった事例から問題提起して討論する形態で進行する。私も偶然に時々視聴していたが,特別な興味を持ってみていたわけではない。以前から日本の医療を考える時,その基軸には「文系(官僚)対 理系(医師)」,「鵜匠(官僚)対 鵜(医師)」の考え方の違いがあると愚痴っていた私にとって,このような文系的テーマの討論は好きではなかった。どちらかというとサイエンス・ゼロのような純粋に理系の自然探求番組の方に興味が強かった。開業5年,経営面でのプレッシャーを感じながら仕事をしてきたことで,こんなテーマについても興味が高まったのかもしれない。
 今回のテーマのいくつかは今年2月中旬に,これまでのテーマのリメイク版というか,「究極の選択」というタイトルで「お金で買えるもの,買えないもの」について放送されていた。今ひとつ「究極の選択」というタイトルが理解しがたく,ファジー理論の得意な日本人にはYes or Noの討論は入り込みにくい印象であったが,今回は「市場原理」について考えるものであった。猪瀬直樹(東京都副知事),古田敦也(野球解説者),斉藤慶子(女優),高田 明(ジャパネットタカタ社長),他に女性1人の計5人とサンデル教授がスタジオに集合。この人選も良く理解できなかったが,いつもは大学生が主な討論者であるのだが,今回は一般人の目線で討論を進めたい意向があったものと思われた。スタジオと米国と日本の大学の教室を3元中継しての討論形式となっていた。今回のテーマについてはツイッターでも多くの意見や感想が寄せられていたようだ。この場を借りて,討論項目を紹介し,勝手に私見を述べてみます。

1. 大雪の時に雪かき用のシャベルを値上げするのは正当か?
 大雪で雪かきシャベルの需要が伸びる,そのときの値上げは許されるのか?いわゆる便乗値上げは許されるのか。番組に参加していた中国人学生は,「需要と供給のバランスから便乗値上げは必ずしも悪ではない」との意見が多かったようだが,「お金のない者は買えないという不公平」が自然災害への対応において生まれてしまうことは,好ましくないとの反論があった。確かに最低限度の生活を保全することに必要なものであろうから,このような場合には公的機関の介入があってもいいのかもしれない。印象に残るものは,便乗値上げは可能だが,社会的な信用を失う可能性があるという意見であった。過去に同様の事例があったそうで,自然災害の水不足時,飲料水の値上げなどすれば,社会的に強く非難されるということだ。供給不足になると,直ぐに買占める会社も少なくないようですが。さて,医療において便乗値上げのケースを想定することは困難に思われますが,保険適用外の医療や薬剤が全ての患者には提供されない事実や介護医療においても自己負担額の増が求められることがあり,間接的に同様な状況を生じさせているのではないかと考えた次第です。

2. 民営の消防会社が会員以外の家を消火しないのは正当か?
 実際にどこかの国であった事例のようですが,税金を滞納していた人の家を消火活動しなかったというものである。周りに延焼する危険のなかった事例で,いわゆる「見せしめ」行為。討論の課題は,「もし,消防のような社会にとって重要な活動が民営化された場合,会員以外の家を消火しないことが許されるのか?」であった。多くの意見は許されないとするものであり,消火活動は金のない者でもあまねく享受できるものでなければならないとするものであった。しかし,自宅の所有者であるならば,何とかして納税できるでしょうから,広い世間には開き直って意図的に税金を滞納している者もいるのでしょうね。

3. 学校の成績に応じて賞金を払うのは是か非か?
 米国の高校で成績優秀な者をキャデラックで送迎,賞金も出したという事例。馬面の前に人参をぶら下げて,頑張らせようとする思いつきがあったようだ。奇抜なことを考えつく教育関係者もいるものだと驚きます。正当な意見としては,「仕事であれば労働の対価として,お金をもらうが,学校の成績は他人のためになるものではないから,報酬を受け取るべきではない」というものです。学校対抗のクイズ番組やスポーツ大会で活躍して学校の名前を有名にしてくれたような場合でも,金という報酬は好ましくない。表彰とか用具や練習環境の整備などに,お金を使ってあげることになるのでしょう。最近,予備校のコマーシャルで東大に合格した子なんかが出てくるようですが,無報酬でしょうか。

4. 代理母契約は正当か?
 米国で子供を産めない女性が報酬を渡す契約で代理母契約をしたが,出産した女性が赤ちゃんを渡さず,依頼した夫婦に訴訟された事例があった。インドでは公認された代理母契約があり,外国人に限っているようだが,高い報酬をもらえることから,裕福でない人にとっては新しい事業を始めることも可能になるとのこと。実際に代理母経験者がインタビューに応じていたが,お互いがハッピーであり,悪いこととは思わないと答えていた。臓器売買と同様の事例だと考える意見が多く,倫理的には認められないが,公的機関が管理すれば認められる社会貢献度のあるものと考える意見もあった。米国の精子バンクで求められる精子提供者は身長180cm以上で,他にも何とかかんとか条件がついていた。1990年と昔の話だが,ニューオリンズに留学中に,精子保存液の研究をしているラボに私の精子を提供したことがあった。私は20ドルの報酬を得たので,同僚の留学生に話したところ,彼は精子数が少なく,金をもらえなかったことを打ち明けられた。研究材料としての提供であり,あまり気にせず,金を受け取ったのだが,報酬をもらったことで,気まずい思いをした。さらに自分の所属するラボの女性テクニシャンにスパーム・ドクターとからかわれたため,その後2回目の提供を申し込まれたが,断わった。貧乏留学生にとっては良い収入源だったのだが。低身長の私の精子は米国では需要がないでしょうが,現在,精子バンクに提供すると,その報酬はいくらぐらいなのだろうか。知りたいなという気持ちも少しあるような,ないような。いずれにせよ,細胞や臓器の提供はきちっとしたルールの上に行われるべきであり,その点について異論はないようです。

5. 兵役をお金で代わってもらってよいか?
 南北戦争時に北軍では新聞に広告を出して,代わりに徴兵役についてくれるものを募集していたとのこと。お金のある者が兵役義務を回避できたそうである。報酬を得て兵役に就く人,つまり供給もあったということでしょう。現代にも傭兵が存在するわけで,間接的ながら金で兵役を回避することは行われていることとなる。このテーマの討論ポイントは,国民の義務を金で売買できるのかということだった。原発事故の処理にあなたが行かなければならないという設定で,あなたは金で回避するか?との討論があった。猪瀬氏と古田氏の発言がかみあわず,おかしな議論の行き先にサンデル教授がブレーキをかける場面があった。そもそも生命に危険の及ぶ徴兵役は基本的に国民の義務として無報酬であろうが,原発事故の処理の場合はそうでない,異質のものだと思う。原発事故処理が国家的な作業として必要だと認識した場合でも,国民全体での負担,つまり国家財源の投入により,処理担当者の報酬に反映させることで国民の義務は果たせると思う。生命危険度の高低からみれば,私は兵役義務の売買はできないが,実戦参加を回避させることはあってもいいのではないかとも考えた。優秀な人材を戦闘で失うことは国家の損失になるからである。しかし,その判断基準が金持ちかどうかということにつながると,逆に大きな不公平を生むかもしれません。自衛隊海外派遣前に議論されたことがありましたね。日本は兵力を出せないのだからと,平和維持活動に金を出した時です。かなり難しい問題です。

 最近,NHKスペシャルで,シリーズ「ヒューマン なぜ人間になれたのか 第4集 そしてお金が生まれた」があった。番組の締めで,「人間が金(コイン)を得た時から,現代人の心が生まれた」と解説していた。とはいえ,万事が金の世の中になって欲しくないものだ。サンデル教授も「市場原理が人間にとって善い生き方を損ねることがないように常に話し合う必要があるのだ」と結んでいた。
 (私の記憶違いで人名等に誤りがあるかもしれません。その場合はご容赦ください。)

次号は,くりの整形クリニックの栗野浩宣先生のご執筆です。(編集委員会)




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