=== 600号記念特集 ===
600号に寄せて
鹿児島市医報通巻6 0 0 号に寄せて |
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第13代医報編集担当理事
(東区・紫南支部 上ノ町・加治屋クリニック) 上ノ町 仁
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鹿児島市医報通巻600号発行につきまして,昭和37年3月の創刊号から半世紀に渡り滞りなく発行され今日に至っており,現在の編集委員長として,鹿児島市医師会会員の皆様,歴代の編集委員長をはじめとする編集委員および担当職員の皆様の一方ならぬご努力に対し心より感謝と敬意を表します。
そもそも私と医報とのかかわり,それは1本の電話からでした。旧第2内科第1研究室の先輩である植松俊昭先生から「自分の編集委員の任期が終わるので交代してくれんね」とのこと。体育会系の私としては,お世話になった先輩に少しでも恩返しができればとの思いで引き受けさせていただき,現在に至った次第であります。嗚呼,これぞまさしく天命か!
この機会に創刊号がどこかに存在していないか探したところ,市医師会館の書庫にきちんと保管されておりましたので医報の歴史の始まりである創刊号の表紙を供覧いたします(写真1)。ご覧のとおり皆さんお馴染みの現在と同じ表題と桜島です。目次(写真2)によると当時の鹿児島市医師会長であられた島本 保先生のご挨拶に始まり,なんと武見太郎先生からもご祝辞をいただき,6編の論説,6編の各部会だより,4編の随筆とボリュームのある医報創刊号であったことがわかります。
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写真 1 鹿児島市医報 創刊号 表紙(上段)
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写真 2 鹿児島市医報 創刊号 表紙(下段:目次)
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さて,今回皆様のお手元に医報が届くまでの現在のスケジュールを披露したいと思います。依頼原稿の締切日は毎月10日を原則としており,翌月の1日に医報編集委員会を開催,2日校了,3日印刷,4日納品,5日発送作業,6日発送となります。当月の編集後記担当者は,締切日以降原稿が集まった時点でゲラ刷りを手渡され編集後記の作成に着手しますが,主要な原稿が遅れて手元にないと編集後記が書けないため,担当者は首を長くして原稿の到着を待つわけです。編集後記が完成したところで,医報編集委員会開催の4〜5日前にゲラ刷りが各編集委員に配布され,前述の如く1日に持ち寄り,全体の校正を仕上げ発送となります。とはいえ,現在はインターネットが構築され原稿や写真のやり取りもメールで行えるし,原稿作成もパソコンで行うので編集もスムースです。インターネットやパソコンのなかった頃の歴代編集委員の方々はさぞかしご苦労されたことと思います。
今後の医報の未来像として,世間ではITの進歩によるペーパーレス化がいわれており,このネット社会においては電子書籍等も出現しておりますが,しかし,私としてはあのシンプルな桜島のデザインの医報を手にするたびに,時は進んでもやはり現行の誌面での発行と一部ホームページへの掲載という形態がいいなと感じています。
医報は現在の鹿児島市医師会の状況・情報を的確に会員の皆様にお伝えする媒体であり,その役割は過去・現在・未来においても何ら変わることはありません。現在,その役に微力ながら関与できたことに感謝しつつ,それぞれの時代のニーズに即応してきた脈々と繋がる医報の歴史を絶やすことなく,次世代へバトンタッチして行きたいと思います。

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