昨年の晩秋に会津若松出身の友人が彼地の名物「身不知柿(ミシラズガキ)」を送ってくれた。早速箱に飛びついて開けようとしたところ,表面に「これは渋柿ですから指定の開函日まで絶対に開けないでください」と印字してあった。まるでご馳走を前にしてお預けを食った犬と同じだ。1週間の開函日を待った。当日が来たけれど,今度は渋が気になって後2日足しておそるおそる開けてみた。
富有柿なみの粒がぎっしり並んでいた。触ってみるとまだ硬い。渋いかも知れないと思って食べる気がしなかった。
入っていた能書きを読むと,渋が残っている場合には焼酎を噴霧して2〜3日置くとよいとのこと。早速それに従って2〜3日待つことにした。
ようやく試食の段階に入った。その旨いこと,思わず一気に1個食べてしまった。
それからは毎日豪遊であった。
身不知柿を嗜んでいるうちに幼い頃を思い出した。柿の渋みを除く作業をアオスといった。方言辞典によると「淡ス」の転訛だという。
お祖母ちゃんや農家でやっていたのは,田の畦に生えている2〜3種の草を摘んで来て大きな釜で茹で,その茹で汁にヘタ(蔕)を浸して大きな壷にしまっておくものだった。草の名は流石に長年月の間に失念してしまった。
父は注射器で1個1個のヘタの下にアルコールを注射して2〜3夜壷に蓄えていた。
アオシて渋がなくなると「アオシガキ」である。アオサないで天然に渋のないのが「コネガッ」である。方言辞典によれば「御所柿」の転義・転訛だという。富有柿に勝るものはなくて一般にはアオシガキを重宝していた。
身不知柿は身の程知らずたわわになるのだという。アオシの方法は焼酎である。我々が幼い頃食した品種と若干異なる。
挑発された幼い日々の思い出に,晩秋の碧空に残照を受けルビーのように燦然と輝く熟し柿があった。枝の先端にあるがゆえに摘み残されて樹上で完全に熟しきった最高の逸品である。
これを手に入れるには命がけであった。先端に行くほど柿の枝は折れやすく,下手すると命を落としかねない。これを避けるには竹竿の先に小さな木の俣をつけ,うまく小枝を絡めてねじ切るのだ。うまくいけば最高の味覚を手にするが,下手するとポチャッと地面に落ちて鉢割れして口あんぐり,最高の味覚は夢に終わってしまう。
こんな出来事もすでに遠い日のこととなってしまった。

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