若き外科医へ贈ることば
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 腫瘍学講座 消化器・乳腺甲状腺外科学 教授 夏越 祥次 |
最近，「外科医へ贈ることば －古今の金言・苦言1142－」（Mooshe Schein著，古瀬 彰訳，南江堂）が出版された。多くの格言が掲載されている。内容は74章に分けられ，一般的心構え，教育，研究，手術，各疾患に関するものなど多彩である。時代的・歴史的背景があり，今日にはそぐわないものも多々あるが，現代，未来にも通じるものがあり，現役の外科医，そしてこれからの若手外科医に必要な事項をいくつか抜粋して私なりの解釈を考えてみた。
一般的概念の項：「外科医の楽しみ：①患者を良くする楽しみ，②新知見を発見する楽しみ，③教育する楽しみ，④手を創造的に動かす楽しみ」（Frank C Spencer）がある。「仕事＝ストレス」とならないように楽しみが必要である。これは外科医が充実した一生を過ごすための楽しみを端的に表現していると思う。
医療ミスと法律の項：「医療が進歩した結果，医師の診断や治療に防御的要素が入り込んできている。医師に対する経済的あるいは情緒的な悪影響に起因する防御的医療は，社会の副産物であって，根絶しなければならない。」（Seymour I Schwartz）外科医は病気を治そうと懸命に頑張っているが，防御医療をせざるを得ない場面が増えている。医療訴訟も含め社会全体で考えていかなければならない。
患者の項：「結局治らなかった患者は絶対に治ると言った医師の言葉を絶対に許さないし，幸運にも治った患者は治らないと言った医師の言葉をいつまでも覚えている。」（George T Pack）多少皮肉めいてはいると思うが，手術でメスを入れる限りは何らかの障害が出ることは予測される。最近のmonster patientの問題もあるが，しっかりとしたinformed consentは今後も重要である。
感情の項：「手術が上手くいった時の外科医の穏やかな気持ち，それは安心と自信に満ちた快さである。」（Francis D Moor）おそらく多くの外科医が体感している感情である。術後にこのような気持ちになるように，綿密な術前検討と手術のイメージングが必要である。また，若い外科医にこのような気持ちになれることの素晴らしさを伝えていく必要があると思う。
教育の項：「若い外科医にとってもっとも悪いのは，フェローが終わるとすぐに非常に多忙な臨床例をこなすポストについてしまい，本を読んだり学会に出席する時間や考えたり論文を書いたりする時間がなく，最悪の場合には批判したり質問したりしてくれる友人もいなくなることである。」（William Heneage Ogilvie）現在の研修医制度に釘を刺す言葉である。もちろん症例を経験することは重要であるが，その後は学会や論文を通じてしっかりした見識と洞察力を深めていくことが重要である。自分が発表したことに対する様々な意見を聞くことにより，臨床家として一段と成長できると思われる。
外科医と年齢の項：「若い人に囲まれて病院内を動くたびに，若者は私に彼らの夢を与えてくれ，私は若者に自分の知識を与えている。この交換では，私の方が得をしている。」（William J Mayo）この言葉の裏を返せば，新入医局員の減少はわれわれ現役医師の活性低下に繋がるということである。われわれは若い人にも教えられることが多いことを認識して，共に伸びていくことが大事である。そのためには昔ながらの頭ごなしの教育ではなく，良好なコミュニケーションの構築が必要と思われる。
研究の項：「技術的な問題に加えて，生理学と外科学の知識を結合させることのできる人間が理想的な外科学の研究者となる。」（Theodor Billroth）これは1800年代に胃癌の切除術に初めて成功した有名なBillrothの言葉である。現在では生理学に加え，腫瘍学，病理学，生化学，さらに遺伝子学，分子生物学など多様であるが，基礎医学に基づいた外科治療は今後の若い人が大きく育つために，是非習得して欲しいものである。
死の項：「すべての外科医は心の中に小さな教会をもっている。時々その教会を訪れては，失敗の原因について苦い反省をこめて祈りを捧げている。」（Rene Leriche）大手術を行う前，術中に予期しない偶発症に出会ったとき，重篤な術後合併症を起こした時など，多くの外科医が祈るような気持ちを経験するものである。いつも敬虔な気持ちをもつことは，外科医として忘れてはならない。
診断の項：「外科医は最高の診断医でなければならない。試験開腹が多いということは誤診が多いということでもある。」（J Chalmers Da Costa）開腹してみればわかる，と軽々しく言う外科医も時にいるが，それを戒める言葉である。理学的所見，各種画像診断を駆使して必死で診断をつけて，手術に臨むのが患者さんに失礼のない治療である。若い人にこの習慣をつけることは是非必要である。
生活の質の項：「外科医は伝統的な3要素，手術死亡率，手術合併症，長期予後の向上を目指すだけでは不十分である。生活の質に目を向けなければならない。」（Michael Trede）QOLの保持は重要事項である。「外科医の満足＝患者さんの満足」でない場合も多い。術式や術後管理など様々な観点から検討することが重要である。
偉人・偉大さの項：「外科医の評価を行う際には，頭脳，心，腕を考慮しなければならない。腕の偉大さは技量が保たれている間だけのことであり，死亡後や引退後には数カ月で忘れられてしまう。頭脳の偉大さは生存中はしっかりと認められ，死後もすぐには忘れられない。心の偉大さは患者や弟子に個人的な影響を与え，彼らの中に世代を超えて生き続ける。頭脳の偉大さと心の偉大さが一緒になれば，その名は永久に残る。」（William Heneage Ogilvie）外科医としてそれぞれが経験する足跡を後輩に伝えることができれば幸せなことである。そのためには自らが研鑚する必要がある。多くの外科医がこのような気持ちをもてば，若い人もきっと理解してくれるのではないかと期待する。
いくつかの名言を紹介させていただいた。上述した考えを若い人に上手く伝えていくのが先輩外科医として責務と思われる。私自身は「外科医は侍であれ，職人であれ，坊主であれ」と思っている。メスをもつ外科医は日々の精進で研ぎ澄まされた侍の心をもつ必要がある。日々の学習，訓練で自らの技に磨きをかける職人であり，そこから独自の新しい発想を考えていく柔軟性も大事である。外科医は慈悲の精神をもって，患者さん，家族，同僚などに接する広い優しい心が必要である。なかなか完璧にはできないが，一歩一歩邁進していくことを心がけることが大事だと思っている。このような考えを現代の若者に強要するのではなく，コミュニケーションを上手くとりながら伝えていければと思っている。
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