=== 随筆・その他 ===

薬品とそのネーミング


南区・谷山支部
(東開内科クリニック) 植松 俊昭
 我々医師が普段処方する薬剤名にオヤジギャグ的な何とも奇妙奇天烈ヘンテコなものが少なくありません。例えば催眠・鎮静薬「ネルボン(第一三共)」。その芸のなさに言語感覚を疑いながら処方箋を書く毎日です。
 暇な診療の徒然にたまには勉強もと,新刊本『語源で学ぶメディカル・イングリッシュ550』(平井美津子著 南雲堂)の頁をめくっていたらありました,「眠りの神ヒュプノス」っていうコラムが。それによると,ギリシャ神話の風の神アイオロスの娘アルキュオネ(Alcyone)は,夫が旅に出て帰らぬ人となったことを知らず無事を祈り続けていた。これをかわいそうに思った眠りの神ヒュプノス(Hypnos)は,息子で夢の神のモルペウス(Morpheus)に命じ,夢の中で夫の死を告げさせた。夫の死を知った彼女は嘆き悲しみ海に身を投げた。愛し合う二人の悲劇を哀れに思った海の神ゼウス(ポセイドンの間違い?)は,二人の亡骸を二羽のカワセミ(halcyon)に変えて再会させ再び仲良く暮らせるようにした。ちなみにhalcyonはAlcyoneを語源とし,「カワセミ」,「冬至の頃,波風を鎮めるとされる伝説上の鳥」を意味するとのこと。
 さあここまで来て諸兄姉は,睡眠導入剤ハルシオン(Halcionファイザー)がhalcyonにちなんで命名されたのをご賢察頂けましたでしょう。何ともエレガントでロマンチックでチャーミングなネーミングではありませんか。先日当院担当のファイザーのMRに訊いてみたら,「なんか鳥にちなんだものとはきいてはいたが,そこまでは知らなかった」とのこと。
 さらに言えば,1804年ドイツの薬剤師ゼルテュルナーがアヘンアルカロイドから純粋な結晶を単離,これが強力な睡眠作用を持ち,夢のように痛みを取り除いてくれることから,彼は前出のギリシャの夢の神Morpheus(モルペウス)にちなんでmorphine(モルヒネ)と命名した由。
 勉強になりました。平井美津子さんの学恩に感謝します。どうもありがとうございました。
 ついでながら,上掲書は好著です。語学にご興味のある方も,そうでない方も,ご一読あれ。2,400円+税と値も手頃です。

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