随筆・その他

リレー随筆

ワイン知ったかぶり

中央区・甲東支部
(リバーサイドふくだクリニック)
              福田 稔朗
 開業以来の飲み友達であり,音楽,空手と多彩な趣味,特技の持ち主である新牧先生のあとを受けて,自分の趣味について語るのはおこがましいと思いながら,思いつくままに筆を取ってみます。日頃から口が重く,あまり面白いことも言えないし,筆不精でもありますが,酒の場での座談では,アルコールの血中濃度が増すにつれ,饒舌になるたちです。まあ,一杯付き合う位の感じでこの随筆をお読み下さい。
 さて自分の趣味といっても,他人に誇れる域に達することは何もなく,平々凡々と日々暮らしているのですが,ただ子供の頃からの活字中毒者で,歴史関連の小説,著作は洋の東西,時代を問わず,読み漁る感じです。読書傾向はというと,歴史物以外では特別な傾向はなく実用書から小説まで幅広くと言えば聞こえはいいのですが,ただあてどなく漫然と読み漁っています。しいて特徴はというと,自分が好きな作者だと著作,関連の出版物は残らず読むことでしょうか。本屋や図書館で好きな作家の著作やその評論を目にして,読んだことがないと,思わず買わずにはおられません。最近では認知症が進んだせいか,以前読んだ本をまた買ったりして,途中でこれは読んだがなあということもしばしばあります。私自身のものの考え方や生き方も,その外の趣味もすべて本から生まれているようです。その中でも開高 健氏の作品から受けた影響は大きいと思われます。彼の“オーパ”や“私の釣魚大全”から,釣りの趣味は始まったし,美食や食べ歩きの趣味も,美術鑑賞そしてワインも彼から教わった気がします。ワインが趣味というと,私など足元にも及ばないワイン通が同業者の中には沢山いらっしゃるとの噂をお聞きして,雑文とはいえワインについて話す資格がないことは十分承知しておりますが,酒の席の座興として少々カタラセテ頂きます。
 開高 健氏の作品“ロマネ・コンティ・1935年”のロマネ・コンティには及ばずとも,大分昔の開高のエッセイの中に辛口の酒として日本の菊正宗とともに,ブルゴーニュのプイィ・フュイッセが挙げられています。もちろんブルゴーニュの白といえばモンラッシェやシャブリが高価で有名ですが,それらのグラン・クリュ(特級畑)に比べるとプイィ・フュイッセはお得な印象です。と偉そうに言っても,そのグラン・クリュを飲む機会に,やっと最近になって巡り合えた程度ですが。プイィ・フュイッセの作られるマコネー地区はブルゴーニュの中では大分南の方で,ボージョレ・ヌーボーで有名なボージョレ地区のすぐ北にあり,ブルゴーニュの花形地区であるコート・ド・ニュイやコート・ド・ボーヌからすると少し外れに位置し,グラン・クリュもプルミエ・クリュ(一級畑)もありません。AOC(原産地呼称統制)としてはマコネー地区の中のプイィ村など5村からとれるシャルドネ種で作られる白ワインです。プイィ・フュイッセは洋ナシなどの果実の豊かな香りがして,飲み口は北のシャブリほどのミネラル感に富む切れ味はありませんが,端麗ながら柔らかなコクがあり,べたついた甘みもなく和食にもあうと思います。値段は醸造元,ドメーヌによって,3〜4千円から1万円位で,そのポテンシャルにしたら十分おつりが来ます。
 開高 健氏からの影響で,ワインを含めて様々なアルコール類に浸って,自分なりに好きな酒の世界をとぼとぼ歩いておりました。丁度その頃,特にワインに覚醒させられたのは,田崎真也氏の講演でした。それは,ワインやシャンパンの世界が身近にあり,金持ちや一部の趣味人だけのものではなく,感性を磨けば,自分なりの美味しいワインを見つけられ楽しむことができるという内容で,特に高価でなくとも美味しいワインがあるというところに最も共感しました。その講演とともに,更にワイン熱に火をつけたのは,コミックの“神の雫”でした。ここではその粗筋は省かせて頂きますが,夥しい数のワインの話がでてきて,どれもがどんな香りだろうか,どんな飲み口なのだろうか興味津々で,ワインの世界にドップリ浸るきっかけになりました。次はこのコミックに出てくる数多くのワインの中で,実際に味わえるワインはないかということで,昔のホテル・ザビエルにあったワインショップで色々物色が始まりました。そこでは,“神の雫”に出ているワインとの触れ込みで宣伝しており,ミーハーながらそれを買い求めたり,また同じ頃ワイン雑誌で薦められていたチリのワインを色々味わってみました。ヨーロッパでは,19世紀後半にブドウの害虫フィロセキアのためにワイン産業は壊滅的被害を受けましたが,唯一フィロセキア禍を免れたワイン産出国としてチリは有名で,そのワインは高品質で,その割にはお求め易いとされております。1万円以上して,チリワインにしては高いなあと感じながら思い切って買ったモンテス・アルファMを自分の誕生日に開けて,その深い味わいの虜になり,いまだにワインショップで見かけるとつい買い求めてしまいます。
 理想的な土壌で,十分な日照がある南向きの傾斜地で,人工的な肥料や除草剤を使わず樹の手入れに人手をうんとかけ,最適な樹齢のブドウの樹で摘果により枝毎のブドウの房を制限して,収穫は人の手で,しかも房選りどころか粒選りで,一般的な収量の数分の1に収穫を抑え,醗酵,熟成に長期間かければ,素敵なワインが出来上がることでしょう。土地の性質に合い,十分な日差しを浴びて,自然に熟したブドウを使って小手先の技術なしに,シンプルな作り方で作られるぶどう酒も美味しいことでしょう。前者の典型がボルドーの格付けグランヴァンやブルゴーニュのDRC,後者が南半球のワイン群となるかと思います。フランスを例にすると,元々テーブルワインの産地であったラングドックなどの地中海沿岸部では,ボルドーあたりで苦労して作っている種類のぶどうが暖かい気候と豊富な日照のもとで豊穣に実ります。それをもとに,ボルドーで実績を挙げたコンサルタント達が最新の醸造技術を駆使して,グランヴァンに匹敵する薫り高い芳醇なぶどう酒を作り出しつつあります。ボルドーでのワイン格付けも1855年からほぼ固定しており,良いワインとは何かとなると,格付けだけでは決まらず,なかなか難しい問題です。良心的な作り手が,あまり利益に拘らなければ,安く美味しいワインに有りつける訳ですが,良心的に作ると量が少なくなり,良くて少ないとなると最初は安く流通しても,需要が高まって自然と高価なワインとなっていくように,なかなかうまくは行きません。ワイン畑や醸造施設などへの投下資本と労賃に十分見合う適正な価格で,美味しいワインが飲めればこれに越したことはないのですが,昔の名前で出ています式の格付け上位ワインは願い下げにしたいのですが,名前に酔ってしまうミーハーな似非薀蓄もワインの楽しみのひとつでもあります。
 飲み屋で薀蓄を法螺吹くせいか,イタ飯屋やフレンチの食事の際,時にワインの選定を頼まれますが,ナンチャッテソムリエの身としては,美味しいワインって何だろうかと,その際いつも考えさせられます。もちろん料理とのマリアージュが一番大切ですが,それだけではない奥の深さがワインにはあります。それは,香りであったり,味であったり,ワインにまつわる薀蓄話であったり,個人的な思いや記憶も重要な要素だと思います。そうそう,あの晩,彼と,彼女と飲んだのはあのワインだとか,思い出を引き出すよすがとしてのワインでもあったりします。実際にワインを注文する時にどうしても困ってしまうのは,そのお値段です。有名なワイン,評判のワインが高いのは,やはり資本主義世界に暮らしていれば,需要と供給の関係で避けがたい現実ではあります。ちなみに,レストラン,居酒屋など外食でのワインの値段はその店の納入価格の約2倍から3倍で,ニガケ,サンガケと俗称されており,例えば小売で3千円のワインをフレンチの店で飲むと大体1万円前後となり,6〜7千円位だと良心的となります。小売価格数万円以上のワインとなると,遠慮して2,3倍ではなく数割増ししかとらないところや,しっかりニガケ,サンガケのところもあります。テレビ番組で,前述のロマネ・コンティを5万円分サーブしてもらったところ,グラス10分の1の約30ccしかなかったそうです。では,一本750mlで一体幾らになるかというと,サービス料込みで100万円を超えてしまいます。それもそのはずで,一番安く買えるネットショップでは,ヴィンテージにもよりますが,一番安い年で50〜60万,当たり年では150万前後です。ちなみに開高氏は自宅近くの行きつけのジンギスカン屋で,焼いた羊肉を肴に持込のロマネ・コンティを店のビールグラスで飲んでいたとのこと,うらやましいというかワインのあり方の本質にせまる逸話で感動させられました。
 食事とワインは切っても切れない関係にあり,個人の趣味と言ってしまえばそれまでですが,白ワインに限っていえば,例えば前にふれたプイィ・フュイッセは,お鮨,天麩羅などの和食にピッタリ。洋食でも魚介類,特に生ガキなどがお奨めではないでしょうか。話をひっくり返すようで恐縮ですが,白ワインついでに好みをいうと,白身魚のお刺身とか握りでは,ヴァル・ド・ロワールのソーヴィニョン・ブラン種のサンセールとかプイィ・フュメがレモンの爽やかな香りがして飲み口もさっぱりで今は好きです。それに,アルザスのリースリング,ゲヴェルツトラミネールもドイツ産のそれらに比べて,フランス流のエスプリが効いてお茶目な感じで好きですし,コート・デュ・ローヌのヴィオニエ種のシャトー・グリエやコンドリューも辛口のふっくらとした酸味の白ですが,その特徴的なアンズやモモの香りが堪りません。白身のお魚,鱸とか平目などのムニエル,フリッターなんかにはとても合いそうです。生ガキだったら,やっぱりシャンパンですよね。二次醗酵を瓶内で行うシャンパンはピンキリですが,やはり大分お高いので,同じ瓶内醗酵を行うスペインのカヴァが価格的にお手軽でいいですね。瓶内醗酵ならドイツのゼクトだって,イタリアのスプモンテもありますよと声がかかりそうです。そういえばフランスのクレマンも瓶内醗酵があります。白ワインでこれですから,赤となると食事との相性はいろいろあって,皆の嗜好を一致させるなど神業です。
 最近,クリニックに素人向けのワインセラーを買い込みました。ネットショップで購入したワインをストックして,持ち込み許可の店へお気に入りの一本を抱えて,ふらりと食事に出かけるのが今の楽しみです。ただ,生まれながらの貧乏性から薀蓄絡みの安いワインばかり集めるせいで,ワイン通が中身を見て,わざわざセラーでストックする必要はないと揶揄されてしまいました。
 ワインは高くて美味しいのは当たり前で,安くても美味しいワインに巡り合い,その味覚,香り,薀蓄を共々味わい尽くすことが私なりのワインの道と信じて邁進するのみです。でも,格付けやパーカースコアが高い有名でそしてうんと高価なワインも,時々は味わいたいのがもちろん本音です。
 


次回は,高見馬場山口クリニックの山口芳史先生のご執筆です。(編集委員会)




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