日本に心エコーが入ってきたのは1970年代以後ではないかと思います。私は1979年に医師になり,鹿児島で内科医としての活動を始め,1982年頃から心エコーにかかわり始めました。以後心エコーを通じ多くの先輩,後輩の皆様と交流を持ち,お世話になって参りました。
様々な方向からの心臓の断面の動きを捉える断層心エコー法は聴診と胸部レントゲン,心電図で主になされていた心疾患の診断法を革命的に変えたように思います。弁膜症,心筋症,虚血性心疾患,心嚢液貯留,心臓腫瘍などの各種心疾患の診断面における心エコーの貢献は計りしれません。東京オリンピックが開催され,東京と大阪の間に新幹線が開通した1964年には断層心エコーはありませんでした。東洋の魔女と称された日本のバレーボールが金メダルを取り,裸足のアベベに見とれていた時代に心疾患の診断に取り組まれた先輩のご苦労はいかばかりだっただろうかと思います。
最近はCT, MRIの発達も凄まじく,特定の領域における診断の精度の面では心エコーは負けるかも知れません。しかし,簡便で副作用のないことが心エコーの最大の武器です。いつでもどこでも何回でも心エコーの検査はできます。最近の心エコー装置の発達は凄まじいです。三次元の心エコー画像をリアルタイムに作成できる大型の装置が開発されるかと思うと,白衣のポケットに入る手の平サイズの心エコー装置も市販されるようになってきました。アフリカのモザンビークで,携帯型の心エコーを学童検診に用いてリウマチ性心臓病の早期診断を試みた仕事もあります(Marijon E et al. Circulation 2009; 120; 663-668)。診察室で聴診器,血圧計と同様に手軽に心エコーが出来る時代になってきました。往診の際にも役に立ちそうです。検診や人間ドックにも利用されるかもしれません。ただし,保険診療における診療点数がどうなるかは不明です。
心エコーで私が物足りないこと,それは心エコーをしても患者さんがよくならないことです。しかし,心臓手術やカテーテル治療を行う際の症例選択や治療の際のモニターとしての心エコーの貢献は大です。心臓手術も弁膜症に対しては従来の弁置換術から自分の弁を温存する弁形成術が行われるようになって来ました。どのような形態の弁が形成術の適応になるのか等の術前評価には心エコーが必須です。心臓手術の最中でも,手術がうまくいっているかどうかの判定も食道に心エコーを留置することにより,手術のモニターとして使用することもできます。最近はカテーテルによる心疾患の治療も進んできました。心房中隔欠損症や僧帽弁逆流に対するDeviceによる治療などの際にも手術手技の適応や術中のモニターとして心エコーが必要です。心不全治療における内科的薬物療法の効果判定等の際にも心エコーは有用です。また最近は心疾患患者の予後の推定においても心エコー指標がよく用いられます。
以上のように,循環器診療における心エコーの貢献は素晴らしいです。このため,心エコー機器の普及も進み,鹿児島においても多くの病院に心エコー装置が配備されています。これに伴い,医師が行っていた心エコー検査は検査技師にお願いするようになってきました。検査技師は毎日心エコー検査をするので検査技術が急速に進歩します。最近の機器は機械の調節次第で画像の出方も異なり,しかも調節の仕方は機器毎に異なり,Digitalなので,毎日検査をしないと機器の使い方を忘れてしまいます。心エコーを専門にし,一時期は冗談交じりにも心エコーの名人と言われた私がうまく出せない冠動脈の血流なども,技師はいとも簡単に検査することができるようになります。これは機械のせいではなく,もちろん私の努力が足りないからです。しかし,私は技師を信頼し,検査はお願いするのが良いと思っています。このように心エコー検査技術の点では医師よりも技師のほうが上になってきました。
一方,心エコー検査を技師の仕事として任せきりにしてはなりません。検査技師は医師の指示で検査をするのであり,検査報告書にサインし最終的に責任を持つのは医師です。医師と技師はチーム医療として超音波検査を担っています。医師は超音波医学の発展のために,新しい循環器治療などが始まったときなどには超音波がどのように貢献できるのかについて研究する必要があります。循環器医療が進歩する限り,超音波医学も進歩できると思います。超音波医学は進歩しますので,医師は検査を依頼する技師に教育をする必要があります。最近は超音波関係の学会でも教育企画が多くなり,医師と技師は一緒に活動するようになってきました。また技師独自でも技師の研究会を組織し,研究・教育活動を行っていますし,鹿児島においても例外ではありません。検査技師の数は多く,そのレベルも初心者からベテランまで様々です。心エコー検査は検査する人の熱意と検査技術に依存する面があります。どこの病院で検査を受けても同じ検査ができるように,技師のMotivationを高める教育は大切です。
最近,長年超音波検査にかかわっているベテランの検査技師と話をすることがあります。彼らの悩みは超音波検査で判断に迷う所見があった時に相談できる医師がいないことだそうです。技師に検査をお願いする分,医師はその専門性を高め,技師を的確に指導する必要があります。超音波関係の学会では技師数は増加していますが,医師の数は横ばいか少しずつ減少しています。心エコーに興味を示す循環器内科医の数はなぜ減っているのでしょうか?私は以下の3点を理由として考えています。
1)虚血性心疾患などに対するカテーテルインターベンションや不整脈に対するカテーテルアブレーションなどは治療法であり,患者さんに対してすぐに治療効果がでるので魅力的です。医師の満足度も高いのではないかと思います。
2)医師に成り立ての研修医の心エコーに関する知識・技術は検査技師よりも低いことが予想されます。このため,医学生や研修医に対する心エコー教育をしっかり行わないと,技師のレベルを越える前にエコーの勉強を諦めてしまう恐れがあります。
3)日本の心エコーの検査料は安く,アメリカの約7〜8分の1程度だと聞きます。しかも包括医療の時代になり心エコーの検査料は診療報酬に包括されるようになりました。入院患者には心エコーを行っても行わなくても診療報酬は同じです。医療の中における心エコーの地位は単なる普通の検査として捉えられており,心エコーの貢献がいかに素晴らしくてもこれでは若手医師のmotivationが下がります。医学生,研修医の皆様にも循環器診療における心エコーの重要性を十分に教育し,診療の場における「ただの検査ではない心エコー」の地位を高める必要があるのではないかと思います。
私は「心エコーは循環器診療における羅針盤」だと思います。内科的・外科的循環器診療の進歩により患者さんの予後は改善し,長生きするようになったと思います。心臓手術やカテーテルインターベンションを受けた後,患者は何年も生きます。患者の最初の診断の時から行われてきた今までの診療,患者のQOL(生活の質),予後を評価し,心機能の変化をずっと見守り続けるのは心エコーから得られる情報だと思います。今後も私自身は自分の診療の羅針盤として心エコーを頼りにしたいと思っています。またこれからも心エコーの教育・研究に関して微力ではありますが関わって行きたいと思います。

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