=== 新春随筆 ===

鹿児島文化の創造



東区・紫南支部
(今村病院分院)
        
          中島  晢
 最近感激と同時に鹿児島県民を再発見した出来事がある。それは東京ならいざ知らず(別に東京に住んでいる人々が全員知的に優れているとは思いませんが),鹿児島でもアメリカのハーバード大学教授で社会政治哲学者のマイケル・J・サンデル教授の『Justice』(日本では『これからの「正義」の話をしよう』との題名となっている)とピーター・F・ドラッカーの『マネジメント』という著書が週間ベストセラーになっていることである。ドラッカーの著書は経済至上主義を主旨とし,その目的のためのマネジメントが内容であるが,週間ベストセラーになったのはどうやらドラッカーの本を借用した高校野球の女子マネージャーの活躍に関する著作の影響のようである。サンデル教授の講義録をまとめた本が東京だけではなく当地鹿児島でもベストセラーの仲間入りをしたことに興奮した。Peter・Ferdinand・Drucker(ピーター・ファーディナンド・ドラッカー)(1909〜2005)はオーストリア,ウィーン生まれの経営学者で社会学者である。一方,Michael・J・Sandel(マイケル・ジェイ・サンデル)教授(1953〜)はミネソタ州,ミネアポリス生まれである。サンデル教授は共同体主義の代表的論者であり道徳や正義を強調する点に特徴がある。講義では代理出産,同性愛結婚,人権,少数民族出身者の優先入学の制度,人種差別,学園紛争等を政治哲学的な理論に基づいて,いわゆるソクラテス方式(debate〔ディベート〕…相手が発言している間は反論しない。それに反しdiscussion〔ディスカッション〕は自由な討論)で「君ならどうするか。何が正しいのか,その理由は?マイケル・ジャクソンやビル・ゲイツはその働きで多くの人に仕事を与え社会に貢献しているのに,何故さらに多くの税金を払わねばならぬのか。」等々学生を指名してdebateされている。日常起っている事件や事象を政治哲学的な見地から分析していて聞いていると結構面白い。講義の中ではカント,アリストテレス,ソクラテス,ニーチェその他近代の名前も聞いたことのない哲学者の名前が頻繁に出てくる。深夜のNHKBSで放映されていたので多くの県民が視聴されたことと思う。篤姫ブームの場合もテレビ放映の人気につられて20年余前のベストセラーが鹿児島でも随分売れたと著者の宮尾登美子氏がある雑誌で書いていた (いくらか皮肉まじりに)が,今回は本の内容が内容だけに鹿児島にも読書文化が根づいたようで嬉しい。従って,この機会に鹿児島にも読書文化が続いて行くことを期待しています。現在は携帯電話,E-mail,iPad等の普及により若い人の読書率が低下し,じっくり味わいながら読書をする習慣が少なくなり,強迫観念にかられていると思える程携帯電話依存症となり名作といわれる著作から兄弟姉妹愛,家族愛,人情,友人愛等の社会性,人間愛を学ぶ機会が少なくなっているようなので,読書運動週間などを設けて鹿児島を読書文化先進県になるよう全県規模でキャンペーンをして新幹線の全線開通に備えてはどうだろうか。日本の人口の減少に平行して鹿児島の人口も減る傾向にあるので,県民全員が知恵を出しあって行かないと他県に全ての面でおくれをとり県勢が低下するであろう。日本の人口は2050年には1億人を割りこむと推定されている。昭和30年代後半まで鹿児島県は200万人という数字が新聞で報じられていたが,今やその数字は170万人を割りそうだとのことで県勢を維持するには多くの人々 (国内,国外を問わず)に来てもらう,いわゆる集客力のある魅力ある県作りが絶対に必要である。私見としては,ある種の工場や産業の誘致よりも種々の分野の文化県作りが良いのではないかと思う。考えつくままに列記すると国内で豊富な温泉を前面に出した温泉,地熱エネルギー文化県構想,活火山の桜島を売り出し・PRの強化,ついで観測体制も京大から鹿大に,長い海岸線を利用した海洋文化,おはら節やハンヤ節等の民謡をもっと全国的に認知させる(津軽民謡と同様),特徴的な鹿児島弁の普及をはかる方言文化(関西弁,東北弁に準ずる),その他ロケット基地,火山灰,シラス,離島を利用した島嶼学教育,姶良カルデラ,みやまコンセール,菱刈の金鉱山,出水のツル,焼酎,子育て環境,瀬戸内海や雲仙と共に国立公園第一号に指定された霧島国立公園,食,農業産物,畜産,温暖な気候と人情の豊かさの住文化(都会や他県からの鹿児島への移住の促進),環境先進文化県としてのPR,明治維新を成し遂げ近代日本の磯を築いた偉人達の生まれた歴史的な観光地(山口県,萩市の松下村塾は吉田松陰一人でその価値を支えている)とする。鳥取県の砂丘,ゲゲゲの妖怪(境港市)など実に宣伝がうまいと思うが,鹿児島県にも他県の人々を引きつけるものがたくさんある。最近あらゆる抗菌薬に対して強い耐性を示すNDM(New Dehli metallo-β-lactamase〔ニュー デリー メタロベーターラクタマーゼ〕)-1(ワン)を発現する細菌も増えていると報告されている (Timothy・R・Walsh〔ティモシー・アール・ウォルシュ〕教授。英国カーディフ大学による)ので,NDM-1遺伝子の菌株の研究も鹿児島(指宿のS科学研究所)で可能であろう。是非この研究のメッカとなって鹿児島の名を全世界に知らせてもらいたいと思う。同時に韓国より10年おくれているといわれる薬剤の国際共同治験も必要である。韓国はいわゆるドラッグ・ラグも解消され治験の経過,その結果を外国に売って外貨獲得の国家戦略となっており,このような研究のグローバルな文化圏と協力して鹿児島がその中心となることは不可能ではないと思う。さらに女性医師を含めた鹿児島の女性は元気で,長寿で頭脳も明晰の方も多い。そのエネルギーを利用しないのは大きな損失で女性の社会進出の先進文化県としての有望性を自ら放棄しているようなものである。アメリカ海軍では最近潜水艦にも女性士官が乗艦していて,陸軍には女性の大将(Ann・E・Dunwood〔アン・イー・ダンウッディ〕将軍)がいて,その他女性の将軍クラスは他に20人,海軍提督19人,空軍には28人の将官がおり(2010年現在),さすがに訓練のきびしい海兵隊には将官クラスはいないようである。バージニア州のアーリントン国立墓地(ここにはケネディー元大統領も埋葬されている)にはイラク,アフガニスタンで戦死した女性兵士が140人以上埋葬されているとされており,鹿児島の女性も他県で「男性優位の薩摩」の風評を吹きとばし強靱な意志を有する方々が多いようですので,明治維新以後さっぱりで過去の栄光に自信過剰に陥り(?)長州に負けて最近は総理大臣も出ていない男性政治家より先に鹿児島出身の女性総理大臣が実現するかも知れません。原点に帰って志をたて,再出発のために県民が英知を結集して特徴のある文化県を目指すべきであろう。アメリカでは「どうして我々貧乏人は貧乏なのだろう」ということを探求し,その状態から脱却するための学問分野「貧乏の文化-Culture of Poverty〔カルチャー オブ ポバティー〕」があり,例えば「貧乏なのは彼等が怠け者だからか,それとも市場経済の犠牲者なのか」といったようなテーマの討論会もある。ドラッカーやサンデル教授も大いに興味を持ちそうな文化である。鹿児島は地球温暖化の基礎研究基地としても最適と考えられる(寒さと暑さの丁度中間地点であり火山噴火によるCO2等の温室効果ガスの観測に適している)。その他島嶼学(離島が多い),ロケット発射基地,姶良カルデラ等地勢学,みやまコンセール,甲子園球場のグランドには桜島の火山灰が多量使用されていることなどPRの材料はいくらでもある。これらの魅力を県の文化として国内,海外に敷衍(ふえん)すれば鹿児島の医師不足や偏在も解消され全国から若い有能な人材が集ってくるかも知れません。アメリカでは新人医師にiPadを無料で支給したら多数集ってきた例があるので,医学部卒業生のマッチングの際,iPadを支給するのも一つの方法であろう。iPadはこれからの医学の研究,教育のために必要なツールとなりえるとされている。最近の鹿児島の県民性は冒険を恐れ,明治維新の先達の広い視野で日本国を考察した先見の明を忘れこじんまりとまとまり過ぎている。物事は失敗も財産であり,そこから反省することにより前進できます。大きな産業や工場がなくても自然や知的財産は豊富にあるのですからそれを活用する勇気,大きな夢,冒険心,度胸,強い意志等のある県民の存在が現在は欠けている気がしてならない。人生は死ぬまで多くの可能性があり,その可能性の実現の時間を長く人々が保持するためによく知られている健康10訓,すなわち少肉多菜,少塩多酢,少糖多果,少食多噛,少衣多浴,少言多行,少欲多施,少憂多眠,少車多歩,少憤多笑を守って医療の市場原理に惑わされず健康を維持し,新しい年には真の生きる喜びを享受できる年にしたいものです。この際,県民が視点を変えて鹿児島県の益々の発展のために種々なアイディアによる多くの鹿児島独特の文化が根付きますよう希望をもって新年を迎えましょう。文化県鹿児島を目指してこれからが勝負です。




このサイトの文章、画像などを許可なく保存、転載する事を禁止します。
(C)Kagoshima City Medical Association 2011