=== 随筆・その他 ===
薬効判定の難しさ
プラセボ効果を考える(その3)
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前回はうつや不安等の自覚症状を頼りにした薬効判定の難しさについて触れた。血圧のように客観的な数字として測定できるものなら正確に判定できるだろうと思われそうであるが,これがまた結構難しいことについて,これも私の経験をもとに考えてみたい。
これもずいぶん昔のことであるが,新しい降圧薬の全国規模の2相試験,3相試験によく参加した。血圧なら測定した値を記入すればいいのだから,抗不安薬や抗うつ薬よりは簡単だろうとお思いだろうが,これはこれで大変である。観察期が終わって比較期に入ったとなると,この患者は実薬,偽薬のどちらだろうかと気になる。血圧を測定してみると,観察期よりもかなり下がっている患者,変らない患者,かえって上がっている患者等,種々である。上がっていると,「あれおかしいな」ということになり,ついもう一回血圧測定をということになる。そうすると一回目の測定値とはかなり違った値になる。そうしてどちらを記入すべきか迷うという次第である。時代が下がるにしたがって,血圧測定は「5分間の安静の後に一回のみ行うこと」とか,「3回測定して平均値」,あるいは「3回目の値を記入すること」等と血圧測定条件が厳密になり,観察者の恣意を最小限にするための配慮がなされるようになった。しかし,初めのころは本来客観的であるべき血圧値でも自分勝手な思惑が影響していたように思う。
現在の治験ではどうなっているか知らないが,当時は降圧薬の治験でも頭痛,肩こり,めまい等の自覚症状のチェック表がついており,本来は副作用と考えてもいい症状が,最終的な報告書では,自覚症状著明改善何%,中等度改善何%,と結論付けてあったりした。当時高血圧症の自覚症状として教科書等に記載されていたこれらの症状は,どちらかといえば低血圧者の症状と思えるものばかりであったのに,である。
本来,客観的に測定できるはずの血圧を対象にしても,厳密な比較試験を行うと降圧効果はいわゆるプラセボ効果に隠れてしまうので,かなり大きい規模の治験を行わないと偽薬との間に統計学的に有意な差を出すことが出来ないようである。その証拠に米国などにおける降圧薬の臨床試験の論文を読むと,降圧の程度はごくわずかで,例えば,収縮期血圧5mmHg,拡張期血圧2mmHgなどといった程度である。我々が通常の臨床で経験する効果と比較すると,「この程度の降圧で本当に血圧を下げる薬といえるのか」と疑問を呈したくなるほど僅少である。臨床の患者で経験する降圧効果はとてもこんなものではないと思われるかもしれないが,このかなり大きな降圧効果は,プラセボ効果,医師への信頼,高血圧といわれたことに対して減塩,運動等の生活習慣の是正等に励んだ結果等による効果が大きく,実際の降圧薬の効果はごくわずかなのかもしれない。
片方で厳しい臨床試験による検討が必須だということも真理であるが,何によるものであれ,血圧が下がれば合併症の減少につながるわけで,プラセボ効果,医師・患者間の信頼関係,その他もろもろを加えたものが医療の効果だと考えれば,薬の効果はごくわずかであってもそれでいいのかもしれない。

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