生中継の欧州サッカーが,ハーフタイムに入った。テレビの前でも試合中の緊張感を解き,何とはなしに画面を眺めていると,ビールのCMが流れた。すでに深夜だが,後半はビールとともに観戦するのがよさそうだ。寝転がっていたベッドから起き上がり,冷蔵庫に向かう途中,そういえば今まで飲んだビールの中で,至福の1杯といえばどれだろう,との思いが唐突に浮かんだ。
すぐに,この4月,マカオで飲んだハイネケンの生が素晴らしくおいしかったことを思い出した。画面の緑のシンボルカラーから連想したのかもしれない。あれが1番かなと思う一方,待て待て,ビールを飲み始めて30年,大量に飲んできたなかに別の1番候補があるのではないかと記憶を探り始めた。
一般的にビールがおいしいと言えば,汗をかいたあとではないか。スポーツのあと,散歩のあと,軽作業のあと,風呂や温泉,サウナのあと…。缶ビールを手に戻ったベッドの上で,いろいろな場面を思い浮かべた。
それらはいつもおいしく,甲乙つけがたいように思った。ならば,これを組み合わせれば最強になるのではないか。例えば,テニスをして,のどの渇きを我慢しつつわざわざ銭湯に出かけ,サウナまで入る。自虐的にいじめ抜いたあと…。確かにおいしかった。
だが,果たして人生で1番か。同じような経験がありすぎ,ひとつに絞れないことも気になる。たっぷり汗をかいたあとのビールは本当にうまい,しかし人生1番は別の機会に譲る。そう結論づけた。
では,特別な時の1杯はどうか。気の合う友人らとの飲み会,おいしいレストランでの食事,初めてのデート…。しかし,これらの時はビールを味わうことより,ほかのことに気を取られていたはずだ。特別なときの1杯,これも1番ではない。
旅行先はどうだろう。初めて札幌のビール園で飲んだものは抜群だった。ジンギスカンとの相性も最高で,次々とジョッキを干した。だが,1番かというと,迷う。1度に飲んだ量としては人生最上位のひとつに入るのは間違いない。だが,一口一口味わうごとに満足できたのか。途端に自信がなくなった。
気がつくと,サッカーは後半が始まっていた。「人生で1番のビール決定戦」は延長に突入することに決め,再び画面に集中した。
さて,延長戦である。酔狂だと分かってはいたが,1番が決まればさらに工夫し,もっとおいしい1杯が飲めるのではないか,といういやしい思いにとらわれたのだ。
選考は「マカオのハイネケン」と比較する方式にした。マカオを超えれば,それが1位に躍り出る,との発想である。
真っ先に浮かんだのは暑いアジアで飲んだ,その土地で親しまれているビールである。タイのシンハ,シンガポールのタイガー,フィリピンや香港で飲んだサンミゲル,中国各地を席捲する青島,マカオのポルトガルビール。いずれ劣らずおいしかった。
国内各地でもいろいろ飲んだが,地ビールを含めて特別な思いを抱いたものはない。世界にはもっとおいしいビールがあるのだろうが,旅行したのは残念ながらアジアを除くとアメリカに1回だけで,ここは値段の安さしか印象に残っていない。ヨーロッパや南米,アフリカなどは行ったことがない。となると自分にとっての1番はアジアにあるはずだ。
アジアナンバーワンを自問すると,これが難しい。飲んだ場所,レストラン,状況などを具体的に思い出そうとしても,どれもおいしかったというあいまいな記憶があるだけ。時間が経ちすぎたのか,4月のマカオのハイネケンを上回るインパクトがないのだ。
印象の強烈さだけからいうと,30歳代のとき,インドで飲んだビールが1番だ。
確か,タージマハルで有名な街,アグラだったと思う。長距離の夜行列車で街に着き,昼ごろチェックインした安宿で,部屋に案内してくれた少年がビールは要らないかと聞いてきた。値段は宿泊したシングルルーム1泊分の半額,500円ぐらいだったと思う。
当時,列車やバスを乗り継ぎ,安い宿に泊まりながらインドを旅する者にとって,ビールはほとんど縁がなかった。高級ホテルなどでは簡単に飲めたが,利用する宿代,食事代からするとべらぼうに高い。少なくとも私は,そこまでしてビールを飲む気はなかった。
少年が提示した額も,かなり高いと感じたことを覚えている。だが,支払えない額ではない。何よりインドは暑く,乾燥していた。新しい街に着いた安堵感もあった。ビールの誘惑に逆らうことはできなかった。
部屋を出て20分ぐらいたっただろうか,少年が小走りで帰ってきた。温かくならないよう何重にも包んでくれていた布を外すと,フラミンゴのラベルが張られた瓶が出てきた。少年に礼を言い,チップを渡し,彼が部屋を出ていくのを待ちかね,口に含んだ。
結論から書くと,あまりおいしくなかった,ように思う。まずい,とさえ感じたかもしれない。生ぬるく,やや気が抜けていたのだ。期待に遠く及ばない味ではあったが,渇きが上回り,すぐに飲み干した。少年を呼び,もう1本頼もうかと考えた。しかし,ビールの価格と,少年やインドの普通の人々の暮らしとの大きな隔たりを思い,追加することはできなかった。
結局,第1回「私の至福の1杯」の栄誉はマカオのハイネケンに授けることにした。「私の1杯」だから,もちろん独断である。しかし,かなり自信はある。では,この1杯はどこで,どのような状況で飲んだのか。
マカオにはハイネケンの生を置く店は多い。そのなかで,輝く1杯はグランドリズボアのカジノの中に設けられたバーにある。最初に訪れたのは午前0時ごろ。カジノのさいころゲームで,免税店でネクタイを1本買えるぐらい勝った後,しばし休憩したのだ。
ハイネケンはよく冷やされた高さ30センチほどのグラスにたっぷり注がれ,長身の中国系美女によって運ばれてきた。まず圧倒的な量に驚いたが,飲み始めるとすいすい入っていく。一緒に行った妻は「ビール小」を頼んだ。こちらは青島。これもおいしいが,ハイネケンには及ばなかった。
結局,このバーには2晩,計3回訪れ,常にハイネケンの生を飲んだ。3回とも変わらず,格別の味だった。今回のマカオ滞在中,カジノの勝負は浮き沈みを繰り返したのだが,バーに立ち寄ったときはいずれも幸運にも少額勝っていたとき。この気分のよさも,味の決め手のひとつだったのかもしれない。
さて,今後,どれぐらいビールを飲むのだろう。マカオのハイネケンを超える味に早く出合いたいし,アグラを上回る思い出もつくりたい。ただし,ビールはいつ,どこで飲んでもほぼ満足できる,私にとって特別な飲み物。一口含むたび,これが至福の1杯かもしれないと思ってしまう機会が数多くあるのだ。

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