=== 随筆・その他 ===
『先生は、ヤブ……』 |
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南区・谷山支部
(東開内科クリニック) 植松 俊昭
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昨年12月のことである。ひとりの高齢のご婦人が当クリニックに入院された。免疫不全を伴なう基礎疾患に加え、肺炎を併発され、病態はよろしくない。息子さんの妻が付き添い、かいがいしく看病された。
残念なことに治療及ばず、本年1月1日に他界された。安らかな最期であった。
臨終を告げたあと、ややあって、ご家族に病状経過をご説明した。その時長男とおぼしき人が、当方に向って、やおら、「先生は、ヤブ…」、「先生は、ヤブ……」と何度も言われる。「ほら来たっ」と思った。しかしながら喉頭をわずらっておられるらしく、語尾がはっきりと聴きとれない。
内科医として力量不足であることは、もとより本人が一番承知している。このような転帰に至ったことで、藪医者呼ばわりされてもいたし方ない。それにつけても、よくあることとはいえ、よりにもよって元旦早々からとは。「やれやれ、まいったな」と天を仰いで、肚をくくった。
しかし、それにしては彼の表情が穏やかで、不満のクレームのそれとは、ちょっと違う。「はて?」と当惑していたら、そばにいらした奥さんが、その意を解して説明された。「主人は『先生は、藪閑人さんですよね?』と言っております。鹿児島市医報での先生の随筆の読者です」とのこと。それで合点がいった。
かねてより本医報に、無聊の徒然に託かこつけて、気の赴くまま「藪閑人」のペンネームで、書評『藪も歩けば書に当る』と題して、益体やくたいもない駄文を書きつらねており、それを読んで下さっていたのである。
しかし、市医師会関係者以外の人が、何の故あってと問い返したら、何と奇遇なことに本医報の印刷をお願いしている会社の人であった。場違いながら即、初見、新春の挨拶を交す仕儀とあいなった。
門松は冥途の旅の 一里塚
めでたくもあり めでたくもなし
(一休宗純)

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