=== 新春随筆 ===

バ カ ガ イ を バ カ に す る な

エフエム鹿児島社長

     大囿 純也
 昨年の秋、新聞にけしからん記事が出た。例年になくこの年、奄美大島では「シママツタケ」が豊作です、という話題。
 このシママツタケ、県の森林技術総合センターによると正確には「ニセマツタケ」あるいは「バカマツタケ」というのだそうで、けしからんのはこの名称のことである。島ではマツタケと同格の扱いをしているのに、ニセ、バカとはなにごとか。
 植物のこうした差別的な名称は身近にたくさんある。城山の散歩道にはバクチノキというのがある。皮がはがれやすいのが特徴、というわけで、博徒が守り神としているところもあるらしい。ショウベンノキは、切り口から樹液が噴き出すところからこの名がついた。草花の類いにはオオイヌノフグリ、ヘクソカズラ、クサレダマ等々。もっとも、クサレダマは“腐れ玉”ではなくて“草連玉”という説もある。
 可憐な純白の花を咲かせ、愛好者も多いのにドクダミとはひどい。ママコノシリヌグイにいたっては言語道断であるが、昔は紙が高価で、庶民はかわりに植物の葉で用を足していたという史実を知らないと、この名称の残酷さはわからない。
 ウメモドキ、サクラソウモドキなどと“モドキ”を冠したものも多いが、これもニセマツタケ同様、本ものに似せたまがいもの、ときめつけている。松茸まつたけや梅や桜はそんなに偉いのか。いったいどっちがモドキだ、といいたくなる。命名した人々の思い上がりと偏見・傲慢を象徴している。
 差別的な名称は植物に限らない。すぐ思い浮かぶのがアホウドリである。孤島に育ったため人間の怖さを知らず簡単に捕まる。大量に捕獲され羽根布団になって今や絶滅寸前にある。最近「名誉を回復させよう」という声がある。白い羽を広げてゆうゆうと飛ぶさまはアホウどころかまさに海の王者というべく「オキノタユウ」(沖の太夫)がよかろうと具体的な提案もあったらしい。しかし、鳥類目録には「ミズナギドリ目アホウドリ科」と分類されているそうだから、改名は簡単にはゆかないだろう。
 ナマケモノもかわいそうですね。むしろ現代のせかせか世代が見習うべき、スローライフ・省エネ的生きかたのモデルではないか。
 魚類には差別的な呼び名がもっと多くなる。メクラウナギ、イザリウオ、オシザメ、ハゲイワシ、バカジャコ・・・等々。シタヒラメといえばフランス料理では一級の素材だが、なんとこれをクツゾコ(靴底)と呼ぶところがあるらしい。岡山ではゲタだそうである。
 魚介類にはバカのついたのが多い。鹿児島では特にそうだ。しかし差別というより親しみをこめた響きもある。バカイカ(スルメイカ)、バカイオ(カワハギ)、バカエバ(コバンアジ)等々。バカゲは共通語でもバカガイ。口を半開きにべろんと舌を出しているところがバカに見えるらしい。
 ソラマメをバカマメと呼ぶのもこれと似ている。成熟するまで豆が(ぽかんと)空を見上げているところからついたというが、余計なおせわである。鹿児島ではなんでもバカよばわりしたがる。結び目が十文字になる結び方をバカムスッ(馬鹿結び)というが、その由来はわからない。
 ところで、先日、与次郎のスーパーで売り札に「おじさん」という魚が出ていてびっくりした。売り場の人に聞いたらタイの仲間でそれほど珍しい魚ではないらしい。刺身やてんぷらにするとおいしいそうだ。暇にまかせて調べてみたら、明治の初めごろ、小笠原・父島に住んでいた王治(おうじ)一貴という医師にちなんでつけられた、とある。口元にあごひげみたいな突起が2本ついていて、その風貌から名づけられたらしい。もっとも、鹿児島あたりでも獲れるのなら鹿児島の呼び名が別にあるはずである。
 「オジサン」がいるなら「おばさん」もいるのではないか、ついでに調べてみた。オバサンはいなかったが、かわりに「ババア」がいた。正式にはタナカゲンゲといい、鳥取以北の深海に棲(す)み、冬のズワイガニ漁のときに網にかかることが多い。
 顔にたくさんのしわがあって深海魚特有のこわい風貌ながら、白身でくせがなく、鍋ものに最適。地元の岩美町の名物料理、とある。こんなありがたい魚をババア呼ばわりしては罰があたるというわけで、この一帯では敬意をこめてババチャンと呼ぶそうである。
(以上)




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