随筆・その他

リレー随筆

「大切にしたいもの」

中央区・中央支部
 (日高病院)  安藤 五三生
「メディカルチェック−フィジカル編」

 その日は、折からの灰のせいで机の上はザラつき、頬杖をついて「観戦」という気分には到底なれず、医務室を飛び出しピッチサイドでまじめにボールとそれに絡む選手の行方を追うことにした。
 盆は過ぎてもまだ夏真っ盛り。その日の穏やかな東風では、ピッチの芝の香はトラックの焼けたゴムのニオイに捕捉され、薄い灰がさざ波をたてるのが精一杯である。桜島は何事も無かったかのようにほむらをグッと飲み込み、おし黙って、あたかもピッチのなりゆきを見守っているかのようである。小麦色をとっくに通り過ぎた色の肌をしたボランティアの少年たちの緩慢な動きに、少しのイラダチと、それよりちょっとだけ多い同情の念を抱きつつ自分なりにこの暑さと闘いながら、大会ドクターとしての職務をこなそうとしていた。
 私がスポーツドクターの存在を知り、興味を持ち始めたのは10年ほど前のことである。その当時はまだ、自治医大卒業医師としてへき地を転々としていた頃である。合計5回の東京での研修を、行く先々の施設から費用を出していただき、あしかけ3年、何とか2002年に 「日本体育協会公認スポーツドクター」を取得した。その後は私の「義務」が終了するまでは、ペーパードライバー同然、認定証のみが傍らに眠っていた。まさかその「紙切れ」がその後の私の人生を動かすとは、思いもかけていなかったのである。
 スポーツドクターの「特典」は、選手に近いところで試合を観ることができること。当たり前といえば当たり前。言い換えると、試合中の選手をより近いところで診ているのである。だが、近いということが必ずしもいいことばかりとは限らない。
 私は、根っからのスポーツ好きで自らもテニスやソフトボール等をするだけではなく、野球やサッカーなど、テレビやスタジアムで観戦することも好きである。テレビと生の観戦とでは、拾う音声は違うもののスタンドの応援や大歓声を感じることができる。だが、どちらも選手や監督、コーチの肉声はほとんど聞くことはできない。それはテレビ観戦に慣れたわれわれにとっては、ごく当たり前なことでなんの不満も起こらないであろう。しかし、選手に近いわれわれ(スポーツドクター)はその反対で、ベンチの声がよく聞こえてくるのである。
 この日は、天皇杯県予選の準決勝。第1試合は、九州のリーグでも健闘している社会人チームAと全国高校サッカーの常連校Bとの試合であった。社会人と高校生の違いはあっても共に鹿児島県下にあっては、ともに頂点に立つチーム。自ずと試合の行方に関心が向きそうになる、はずだったがまもなく私の関心は違う方に向くことになる。
 サッカーは、接触プレーの多いスポーツのひとつである。当然その行為およびジャッジに対する双方の受け止め方が食い違うことがたびたびある。この試合でも何度もそういう場面があったが、その都度Aの監督の野太い声でクレームが飛ぶ、罵声が飛ぶ、嘲笑が飛ぶ。Bに目を向けるとそれに圧倒されているのか、必死に自制しているのか応戦する気配は見られない。さすがは高校生の鑑。と思いきや、味方が決定的なシュートを外すとブーイング。必死になだめるのは名物コーチ。しかもベンチの選手たちを。また、終始おしいチャンスを逃した時にピッチ上の選手たちに,「ナイスプレー」と賛辞をなげかけ続けていたのもこの名物コーチであった。なんとも,「複雑な気分」である。
 JFA(日本サッカー協会)の「2005年宣言」というものがある。
 たしか、2年前別府で開催された日本臨床スポーツ医学会の市民公開講座で、日本サッカー協会専務理事の田嶋幸三氏が鼻息を荒げながら熱く語っていたのをふと思い出した。その話を聞きながら、このサッカーというスポーツに形はどうであれ関わることができることに誇りを持つとともに、心を熱くしたのを憶えている。その時の感動は今も、大会ドクターの依頼やトレセン(選手育成のための合宿)の帯同などの依頼を楽しみにしている自分の中に強く生きている。
 あの天皇杯県予選の次の週には、何年後かのJリーガーを夢見る少年たちの選考試験の帯同で熊本の宇城にいた。福島のアカデミーに続き国内2校目となるサッカーアカデミーが今年度から開校になった。中学3年間をそこで過ごし、前述の理念やビジョンに基づいた人間作り、サッカーのスキルアップを図るのである。昨年の選考試験の時も参加させていただいた。今年の子たち同様荒削りで、あいさつもままならなかった彼らは、このアカデミーでの半年足らずで、たくましく成長していた。技術もさることながら、食事のマナーやあいさつも。自ら進んで道具を運び、手が空いたら自分にできる仕事を積極的に探す。他人を思いやる心。すべてにおいて確かに彼らは成長していた。
 サッカーのすそ野は広く、タレントは次から次に輩出される。だが、真のうまさ、真の強さ、真のアスリート、スポーツマンシップとは、一体何なんだろう?JFAの高邁な理念が末端まで浸透するのには、まだまだ時間が必要そうだが、今年の日食のごとく厚い雲の切れ間から、うっすらではあるが確かな光を見つけたようなそんな気がした夏であった。
「メディカルチェック−問診編」

JFAの理念
サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、
人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する。

JFAのビジョン
サッカーの普及に努め、スポーツをより身近にすることで、
人々が幸せになれる環境を作り上げる。
サッカーの強化に努め、日本代表が世界で活躍することで、
人々に勇気と希望と感動を与える。
常にフェアプレーの精神を持ち、
国内の、さらには世界の人々と友好を深め、国際社会に貢献する。

JFAの約束2015
2015年には、世界でトップ10の組織となり、ふたつの目標を達成する。
1. サッカーを愛する仲間=サッカーファミリーが500万人になる。
2. 日本代表チームは、世界でトップ10のチームとなる。

JFAの約束2050
2050年までに、すべての人々と喜びを分かちあうために、
ふたつの目標を達成する。
1. サッカーを愛する仲間=サッカーファミリーが1000万人になる。
2. FIFAワールドカップを日本で開催し、
日本代表チームはその大会で優勝チームとなる。


次回は、高見馬場きじま内科の貴嶋宏全先生のご執筆です。(編集委員会)




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