随筆・その他

リレー随筆

「世襲・後継・継承?の性教育」

中央区・中央支部
(産科婦人科柿木病院)  柿木 博成

 7月の暑い日、自院で診療している所に同業のN先生より「リレー随筆」の御依頼の電話を頂いた。聞けばここ数回は産婦人科会員の中でのリレーが進行中との事、そうなると産科医療の忙しさも断る理由にはならず、又、産院開業・後継ぎという同じ境遇のN先生のお願いも無下にはできず「わかりました!」と受けてしまった。本日は8月9日日曜日、外は晴天、締切は明日、本当に後悔している。趣味の事でもと思ったが野球、ゴルフは諸先生方が既に色々と書いておられた様だし、皆既日食・原爆の日・8・6水害等々時節の話題も詳しくない。衆議院解散・大原麗子さんの追悼・のりピー逮捕の感想??……困った。胎児仮死ならぬオヤジ仮死の状態。とにかく書きますのでお許し下さい。
 東京への国内留学を終え、後継ぎとして自院(父の元)へもどり副院長に就任したのが2001年4月。同時に近所の高校の産婦人科協力医にも就任(本人に何の断りもなく)させられていた。その事を知ったのは冬のある日の午後、その高校の養護の先生?より電話がかかってきて「性教育講演会をして欲しい」との事。にわかにそのような事を言われても経験もないので困りますと抵抗したが、「例年、産婦人科協力医にして頂いていますので」との申し出に、では例年通り協力医にと遠慮したところ、「それはあなたです」との事、しぶしぶ了承した。今回の随筆といい、大体頼まれ事はいつもこの調子、嗚呼。ここで堅実な医師なら資料を手に入れ下調べをして準備を進めるのであろうが、そこはその日暮らしの私。たまの先方からの打ち合わせの連絡に気持ちが急かされながらも日常の忙しさにグズグズとまともに準備にとっかかる事のないまま当日の朝の高校からの「本日はお願いします」の電話を迎えてしまったのであった。南無三、まるで“夏休みの友”にまったく手を付けていない8月31日の小学生の状態。とにかく午前中の診療の合間に必死になって大凡を立て不安な気持ち満開で高校の体育館へ入った。
 さて目の前には700人の男女高校生諸君。意味もなく長々と自己紹介で時間を稼いだあと、意を決して以下のような話を開始した。
 人は皆、両親からの天文学的確率から選ばれた配偶子の結合で生じた受精卵より始まり、真核生物が21億年の進化を経たように子宮内で発生発育し、38週で約3kgの人となって誕生する“世界に一つだけの花”であるということ。〔おっ、なかなか講演っぽいぞ!〕 そのような尊い命を生み出す生殖行為は、むやみやたらと行うことではなく、例えば空を飛び交う鳥達が交尾の前にオス・メス協同でするように、事前に巣作りがあってこそ行うべきものであるとういうこと。そして我々、現代社会に生きる日本人の巣作りとは、社会的・経済的に出産・育児が迎えられる状況を作りあげること(教育を終え、仕事を持ち、結婚する?等)であるということ。その状況が整うまでは生殖する(妊娠する)為の性行為とコミュニケーションの為の性行為は使いわけが必要であること。〔いい調子!〕
 それから性感染症について、特に疫学的に恐い「本人が感染した自覚の持ちづらい」性病であるクラミジア感染症(自覚症状がない、軽い)・子宮頸癌(HPV 〔ヒトパピローマウイルス〕 感染によって深々と発症する)・HIV(潜伏期間がやたら長い)について説明をして、むやみやたらと粘膜接触のパートナー数を増やすことの危険を説明した。そして避妊の為にも性感染症から大切な自分の将来を守る為にもコンドームの着用が効果的であることを啓発した。〔熱い〕
 最後に、女性のライフサイクルとして妊娠・出産等のイベントはなるべく35歳以前に計画する方が医学的に好ましいというお話もした。この件は後日、同校の職員より高齢女性職員への配慮が欲しいとも言われたが 〔倖田來未さんの心境?〕、性教育の対象はあくまでも15・16歳の男女学生であるという事で、御了承頂いた。なぜなら日常の診療の中で、「妊娠するな。」という教育はあったが「いつまでには妊娠したほうがいい」という教えを受ける機会のなかった女性の不遇に出会う事が少なくなく、その事への自分なりの信念という事である。〔キッパリ!〕
 以上、話し始めると、繁華街近傍開業医の日頃の母体保護法指定医としての苦悩などもエネルギーとなったらしく、あっという間の1時間であった。〔火事場のなんとやらです〕
 後日、高校側から生徒諸君の感想文や担当職員の方のまとめ・報告を頂いた。少しマニュアルから外れた内容もありはしたが、受けた側からの反応はおおむね良好でヤレヤレと胸を撫で下ろす事ができたのであった。次回以降の事も考えて、そのマニュアル等と今回の報告書をまとめて自身の「性教育マニュアル」を作成した。そういう作業をしながら嬉しそうにニコニコさえしている私の姿を見て、母と姉が「かえるの子はかえるだね」とひやかした。思えば、当県の性教育マニュアルの草分けは我が父親であった。後継のつもりはないのだけれど……。〔『実のないはなし』(柿木成也著)は継いでしまっているようです。〕
 上手く“落ち”ませんでしたが、要するに私もaround50(アラフィフ?)となり、素の状態で若い衆に説教をたれるオヤジになってしまったということなのでしょう。
 以上、つたない文章で申し訳ありませんでした。
 さて、このリレー随筆のバトン、次は誰にお渡ししようかなぁ? おわり。
名実ともに“オヤジ”です。





追記:来たる10月9〜11日に鹿児島市にて開催されます第36回日本産婦人科医会学術集会・鹿児島大会の盛会をお祈り致しております。また開会準備に際しまして県産婦人科医会会長の父をバックアップ下さっておられる関係先生方・医師会職員の皆様方に誌面をお借りいたしまして感謝申し上げますとともに、残りあとひと月の期間引き続き宜しくお願いを申し上げます。

次回は、日高病院の安藤五三生先生のご執筆です。 (編集委員会)




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