緑陰随筆特集

釣りと仕事とコミュニケーションと
鹿児島医療技術専門学校
言語聴覚療法学科      松尾 康弘

 エギング、アジング、メバリング、サーベリング……。みなさんは何を想像されるであろうか。英語か?と思われる方もいらっしゃるかもしれない。これは、釣り、特にルアー(疑似餌)を使った釣り方の表現である。エギングとは鹿児島が発祥といわれているミズイカ(アオリイカ)を釣るために作られた「餌木」を使った釣りのことである。エギングとは餌木にingをつけたいわゆる造語なのである。アジングは鯵をルアーで釣る釣り方を指す。メバリングはメバル、サーベリングは太刀魚(サーベルフィッシュ)である。このような単語は最近釣りの中でよく用いられるようになってきている。
 普段私は言語聴覚士の育成を仕事とし教壇に立ち、休日となるとミズイカやアジを求めに波止場に立っている。特にエギングは興味深い。何が興味深いかというと、イカの生態系が学べるからである。ミズイカはジンドウイカ科のイカ類で、温帯から熱帯の沿岸に広範に分布し、透き通った美しい体色を呈している。生態系的特性をみると、外骨格をもたない脆弱な体形であるが、発達した神経系およびヒトの目と類似するカメラ眼という高度な情報処理基盤を有している。特に、神経系は脳として中枢化されており、そのサイズは無脊椎動物の中でもかなり大きい。このような発達した知性基盤を反映するように、ミズイカには高次脳機能といえるいくつかの記憶・学習脳を有しているといわれている。その代表的な能力とはコミュニケーション能力である。どのようにコミュニケーションを図っているかというと、ボディーパターンと呼ばれる体色変化、体形変化を基本としている。捕食態勢になった時、繁殖時の求愛や威嚇する時など、透き通った美しい体色から、一気に黒っぽくなるのである。これは神経支配を受けた細胞である色素胞の働きであるといわれている。また、ミズイカは一般に群れを形成しており、その群れの見張り役個体と思われるミズイカが存在するなど、群れにおける個々体の配置に防衛的側面がみられ、かなりの程度に組織化された集団であることがいわれている。
 これらの特性を考えながら釣り上げることに、エギングの面白さがある。たとえば、日中に海へ行き、餌木を投げたとする。餌木を泳がせているとミズイカは群れを成しているため、数匹が餌木に集まってくる。その中で体色が黒っぽいミズイカ(捕食や威嚇の態勢になっている)を狙うと思いのほかすぐに釣り上げることができる。また、非常に優れた眼をもっているため、さまざまな色の餌木を用い、場所や天候に合わせて使っていくことも釣果につながる。私はこのエギングにおいて,「釣り」という表現の他に、釣り人とミズイカとの「コミュニケーション」を図っているように感じてならない。釣り人は餌木の大きさや色を変え、ミズイカへコミュニケーションを図る。ミズイカはことばを発せない分、自分の今の状態を体色や動きで表現しコミュニケーションを図っているように感じる。まるでミズイカと対話をしている様な感じさえある。少なからずコミュニケーションの相手であるミズイカの状態を把握し、それに合った対応をすることにより、コミュニケーションが成立し、それが釣果につながっている様に感じる。
 私は言語聴覚士である。ことばや聞こえなどに障害をもたれた方へリハビリテーションを行い、より良いコミュニケーション生活を送ってもらえるように援助しなくてはならない。ことばの障害があると、ことばへの治療だけに固執してしまいがちであるが、コミュニケーションとはことばだけでなく、表情や身振り、その場の雰囲気などさまざまな要素を含んでいる。言語聴覚士の一つの資質として、ことば+αをいかに感じ取れるかが、患者様を支援するための基礎となると考える。
 平日は仕事に追われているばかりであるが、休日はミズイカとコミュニケーションを図ることにより、忘れていた何かを思い出させてくれているように感じる。この原稿を書く機会を頂き、趣味もどこか仕事につながっているのだなと感じさせられた。




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