我々は健康な状態は勿論、たとえ病弱や障害を有する状態にあっても生きていてこそ人間としての意義がある。昨年の厚生労働省老健局の報告によると日本は世界有数の長寿国で男性79歳、女性87歳の平均寿命を誇り、百歳を越える人が3万6千276名との事である。この点に関してはこれまでの日本政府の医療、福祉政策は評価できる。一方現在アメリカではオバマ大統領が選挙の際の公約とした医療改革の実現のためクリントン国務長官および関係スタッフと共に上下両議会、民主、共和両党議員を相手に必死になって努力しているがこれは15年前にクリントン大統領が任期中に立案し、議会の通過を試みたが失敗しており、今回もそう簡単に成功しそうにない。一応民主党議員の大半と共和党の一部の支持は得られそうであるが基本的な点で妥協点を見出す事ができず我が国のように国民皆保険の法案は成立困難となっている。オバマ大統領は健康保険制度のエキスパートであるダシュル議員をオバマ政権の厚生省長官に指名したがダシュル氏は就任を辞退した。アメリカ政府の政策は伝統的に一律に国民の面倒をみる事を社会主義的なやり方だとして忌避する事が多く、特に共和党にその傾向がつよい。アメリカにおける医療保険制度の問題の改革には今日まで60年間もの長い間の紆余曲折があり、企業の負担金、その従業員の満足度、政府や民間保険会社の負担金、国家予算に占める割合や税金の問題、その他で頓挫している。今回の医療改革はアメリカ経済の17パーセントに影響し全国民に、良かれ悪しかれ利害関係があるとの事なので、世界一のGDP(国内総生産)を誇る国だけに一筋縄ではいかない事はよく理解できる。オバマ政権はいかなる困難がともなおうとも大統領選挙の際の公約であるので是非全国民を何らかの形でカバーする制度を実現せねばならないと意気込んでいるが今のところ前途多難の様相である。しかしホワイトハウスはたとえ失敗しても困る事はないと判断しているようで、というのはこの医療改革はクリントン大統領も失敗した遺物であり、今回も失敗したら議会も重大な政治的責任を負うという結果になるからである。議員もこのような問題に反対すると自らの選挙にマイナスに作用するからであろう。アメリカでは一般的に主として民間企業である健康保険業務に政府は伝統的に干渉しないが今回は上院の民主党健康保険委員会が全国民をカバーする何らかの組織を既存の保険会社に対抗して雇用主と政府の共同出資で設立する案を提出しており…日本の制度を真似又は参考?…8月の議会の夏季休会に入る前に下院でも審議できるよう努力しているが、一方上院の財務委員会でも別の案を準備しているようである。勿論現在も政府による在郷軍人保険、メディケア(高齢者及び身障者医療保険)、そしてメディケイド(生活保護者保険制度)があり国民の半数近くはこの保険でカバーされているとの事である。オバマ政権がこの保険制度のために予定している本年度の支出予定額は10年間に約1.2兆ドル、残りは雇用者の出資になるが最大の難関は個人が負担する額で大企業と小企業の労働者(被雇用者)も意見の対立でオバマ政権の新しい保険制度の最大の有力推進後援者である民主党重鎮のエドワード・ケネディー上院議員も手を焼いている。この際いっその事旧ソビエート連邦と同じく健康保険金を病気になる、ならないにかかわらず平等に年間きまった額を分配(レイショニング:Raitioning)してはどうかと主張する評論家も現われた。アメリカの医師会(本来共和党の支持団体)もこの額では国家の支出が認められてもなお3千600万人はその恩恵を受けないというのがその主張である。ここまでくるとアメリカの医療政策もどうやら日本国民が現在やっと誤りに気付いている「最初にお金ありき」の政策に陥っているようである。英国でも心臓手術後の生存率に経済的弱者は死亡率のリスクが高いというエビデンスが発表され、人間の生命がお金に左右されている事が問題になっている。その一方で国民総幸福論(Gross
National Happiness)という考え方がある。医療、教育等全てを含めてブータンという小王国の政治形態であるが政策現場に複雑に絡まる現実を充分に理解した政治家による国民の幸福を第一にした国づくりの方法で、前国王ワンチュクのリーダーシップによるがある意味で感心させられる。お金が物を言う医療はおとなりの中国でもその格差が顕著のようで我が国の医療、福祉政策の立案の際の教訓とすべきである。ここまで延々と他国の医療政策を考えてきたのも、我が国の世界に誇るべき医療、福祉、介護保険制度を決して破壊してはならないと感じるからである。最初に記したように人間はどんな状態にあれ生きていてこそ意義がある。それには医療制度等の崩壊は国民全体で考え、防ぐ必要がある。少子高齢化の波で今後高齢者医療、介護費用の高騰はさける事はできない。2055年には65歳以上の人口は41パーセントになると推計されているが、ものは考えようで老若男女が互いに助け合って、体力、知力、各自の能力に応じて、年齢の壁をこえて生活する社会の構成は可能である。何ら懸念する必要は無いのである。体力、智力によって18歳の校長先生、80歳の新幹線運転士、85歳の看護師が居ても良いのである。先入観を吹きとばした発想で新しい社会が実現するであろう。さし当たって世界的に最も優れている我が国の現在の医療、福祉、介護保険制度の崩壊を回避し、医療の質を低下させないように医療人のみでなく全国民が関心をもって努力する必要がある。一旦崩壊した制度を元に戻すには多大なエネルギーを要する事は諸外国の例を見てもわかる。転ばぬ先の杖の発想が必要であろう。

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