緑陰随筆特集
猫 に 小 判 か ?
(新しいオーディオシステムに寄せて) |
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1953年の10月、RCA Victorは初めてのステレオ録音の実験を、ニューヨーク市のマンハッタンセンターで行った。翌1954年の2月、RCAはステレオ録音の器械をボストン・シンフォニーホールに持ち込み、ライブ・ステレオ録音を実施したが、その時ボストン交響楽団を指揮したのはシャルル・ミュンシュ、曲はベルリオーズの「ファウストの劫罰」であったという。之が、今日オーディオの常識になっているステレオ録音・音源の始まりである(RCA/BMG、SACDのライナーノートから引用)、(ステレオ録音はそれ以前にも試みられてはいたが、実用にはならなかったようだ)。
ミュンシュ指揮・ボストン交響楽団との協演で、ヤッシャ・ハイフェッツが弾いた、ベートーベンとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を収めたSACD(欧州版)を持っているが、特にベートーベンのヴァイオリン協奏曲・第2楽章は何度聴いても涙が出てくる名演奏である。これは1955年、即ちRCAがステレオ録音のテストを始めた翌々年、ボストン・シンフォニーホールでライブ録音されたもので、2トラックの磁気テープに録音されたものを当初は磁気テープ及びLPレコードとして売り出されたものであるが、最近そのマスターテープの音源をDSDという方式で忠実にデジタル化し、50年以上前の演奏が素晴らしいSACDとして蘇った。
RCA Victorのステレオ再生は、当初磁気テープ・プレーヤーが民生用に開発され、その後ステレオLP及びステレオレコード・プレイヤー発売へと発展して行った。1959年、私がニューヨークに移ったとき、レコード店ではRCAがLIVING STEREOと大きな宣伝でステレオLPを売り出していたが未だ数は少なく、モノラルLPの方が多かった。
小学生の頃は、手回しのゼンマイ式蓄音機であったが、中学後期・七高(旧制高校)の頃は電気蓄音機となり、父は新しいもの好きだったので、拙宅にはコンソール型の立派な電蓄があった。故・西満正君(鹿大一外科教授→癌研院長)は七高時代度々拙宅を訪れ、一緒にレコード(勿論、未だモノラルのSP)を聴いた。第一外国語がドイツ語の理乙生だったので、“わが恋の終わらざるが如く、この曲も又終わらざるべし”というロマンチックなドイツ映画「題名:未完成交響曲」の影響もあって、シューベルトの「未完成交響曲」は繰り返し聴いた。
その後、1982年10月、SONY(PHILIPSと共同開発)がCDを発表し、録音時間が長いのと、取り扱いの利便さからCDは急速に普及し、1986年にはCDの発売枚数がLPを追い越し、1990年にはLPの生産は中止された。然し、最近は一向に減らないLP愛好者の為、古いレコードの再生産が始まっているという。音は連続した空気の波(アナログ)であるが、このアナログの波を細かく切り出して(サンプリングという)デジタル化しているのがCDで、CDのサンプリング周波数は1秒44.1kHzである。サンプリング周波数が多いほど原音に近くなり、それを量子化する時の量子化数が大きいほどデジタル化した非連続的な刻みが滑らかになる理屈である(音楽用CDでは16ビットを使っている)。
更に、SONYとPHILIPSはDSD録音技術(ビット数の増加で量子化ノイズを発生させる問題があって、音楽データを高速サンプリングで1ビット化したデジタル情報を記録して伝送する方式)を使って、サンプリング周波数がCD:44.1kHzの64倍=2.8224MHz/1ビットというSACDを開発し、1955年5月に発売を始めた。世界各国のオーディオメーカーがプレーヤー、アンプ、スピーカーに工夫を凝らし、殆ど原音通りの録音を行っているCD・SACDを、最高の音質で再生する努力をしている。
然し、多くのレコード愛好者はこのCDの再生音に馴染めず、未だに耳に柔らかいLPの音を楽しんでいる。理論的にCDは人の耳に感じない20kHz以上が欠落しているそうだが、ピックアップは20kHz以上も拾っているので音感が良いのだと言う人もいる。然しレコードはカッティング時に高域を高める操作をしている為の歪み、再生回数が増えると音溝の摩耗により高域が減衰する事、ピックアップで拾っている微弱な電流を大きく増幅する為のノイズもある筈であるが、それでもLPの方が人の耳に心地よく聴こえるのは、優秀なピックアップでうまく脚色されているからだろうと、私は思っていた。
CDが世に出て今年で25年になるが、オーディオに新しい変革が起こっている。英国・スコットランドのオーディオメーカーが取り組んでいるのが、DS(Digital Streaming)という方式で、ネットワークを通じて音楽を再生する、所謂、ネットワークオーディオの類である(現在既にインターネットでの音楽配信を楽しんでいるi-Podがある)。
このメーカーにはCD12という世界最高峰の音質と言われたCDプレーヤーがあって、音楽評論家の黒田恭一さんが、このプレーヤーの音を聴けば、デジタル録音の音に嫌悪感を持っているLP愛好家も黙ってしまうだろうと絶賛していた。所が、SACDやDVD等色々なフォーマットが出てきて、CDオンリーのプレーヤーは引退せざるを得なかった。この器械の後継機で、殆どのフォーマットに対応したUNIDISK 1.1を私も使っているが、満足はしていない。
Digital Streamingは特許ではないので、今後各メーカーが開発するだろうと言われるが、後発のメーカーが絶対に追いつけない、又嘗ての名機CD12に勝るものを作りたいとの願望と努力で出来上がったのが、ハイエンド機・KLIMAX DSで、それで得た最高の技術を低価格の製品に応用して200万円安い中上位級機種を出し、更に、DSをもっと簡易に楽しめるように、パワーアンプも搭載してスピーカーにつなげば直ぐ音になるという普及機を中上位級機の半分以下の値段で出している。
DSシリーズはCD・SACDの音源になっているスタジオ・マスター(現在最高24ビット/96kHz:こちらはPCM形式)をロスレス圧縮でダウンロードしてHDDに保存したものを取り込むが、手持ちのCD・SACD(その中のCD音源)もパソコンなどのCDドライブからHDDに取り込んで(リッピングという)音源にする。マスター音源からディスクにスタンプしてCDを作る時に10%以上のロスや歪みが起こるらしいが、リッピングでは99.9%忠実に拾えるという。
先日福岡のオーディオ屋さんとメーカー東京支社の営業部長さんがハイエンド機と中上位機種をデモに持って来た。小生のCDプレーヤーと3台で、手持ちのCDをリッピングしたもの、スタジオ・マスターをダウンロードしたものとで聴き比べた。確かにDSの音は安心して聴けるし、例えば、ピアノの弦の余韻が今までとは比較にならない位長く残り、又、DSの音は何時までも聴いていたいように、耳に心地良さを与えていた。CDのリッピングをDSで聴いた多くの人が、CDの中にこんな良い音が入っていたのかと認識を改めている。
CD12とKLIMAX DSは共にアルミの塊を削り出し三つのコンポーネントに分け、お互いの干渉が無い様にして、完全なシールディングをしているので、12〜10kgと体積の割に重く出来ている。DSの場合CDドライブ即ち駆動部分が無いので、それ程厳密なシールディングは要らないのではとコメントしている評論家もいる。ハイエンド機と中上位機とを聴き比べて、金銭的感覚から言えば200万円程の違いは無いのではとも思えた。然し、KLIMAX DSには他の機種が絶対に追いつけない、金額に換算出来ない、開発者の技術の粋が込められているように思う。
所で、“あなたの耳はその違いが聴き分けられるの?”と問われる。若い時、猟銃の音で耳を傷め、学生時代、病気でストレプトマイシンを使い第[脳神経(内耳神経)が傷んでおり、更に年齢による内耳の老化によって、4000サイクル以上の高い音は聴こえ難くなっている。唯、高域での聴覚の衰えはあっても、音楽に対する感性は、限られた音域の聴感覚の中で、大脳の感受性が高まっているのではと、脳生理学的?に勝手な解釈をしている。
「猫に小判」かどうか? KLIMAX DSが入荷するまでの課題である。

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